最終話『籠の中の鳥』
「前から気になってたの」
瑠華がそういうと、レナは黙る。
「あのネックレス。渡した時あんな顔をしたのはなんで?」
どんどん攻めるように聞くと、レナはただ黙って俯く。話したくはないだろうが、それでも言ってもらわないと困るのだ。何かが。
「別に、大したことじゃないわ」
「それでもいい。それでいいから話して」
レナは少し顔を上げ、瑠華の顔を見る。瑠華はにこりと微笑んで、レナの心を強く打つ。
「・・・月は、嫌いなの。見透かされてるようで。私の汚い感情が、さらけ出されるみたいで。嫌いなのよ、嫌い・・・見ただけで吐き気がするわ。嫌なの」
段々と激しくなる口調。憎んでいるように、言葉を吐き捨てる。
「だから、あんたも嫌いよ」
その言葉に、刹那と瑠華は驚く。
「へ?」
「嫌いなのよ。所詮人間は一人なのよ。あんたなんか、居なかったらよかったのに。嫌いよ、月もあんたも」
突然だったから、傷つくとかより、大丈夫?と聞きたくなった。刹那の顔を見ると、半分苦笑いの様子だ。多分、笑うのを我慢しているのだろう。
「ちょっと、笑うとこじゃないんだけど」
レナは刹那を睨む。それがとどめとなったのか、刹那は声を出して笑い出した。
「お前、頭大丈夫?人間が所詮一人だなんて、当たり前なこと言ってんじゃねーよ。所詮一人だからこそ、誰かと一緒にいたいって思うんじゃないのか?お前だってそうだろ。瑠華と一緒にいたかったんだろ?瑠華が、好きだったんだろ?突然自分に暗示みたいなのかけるんじゃねーって」
正しい、の一言だ。刹那の言葉は何か心に残ってしまう。レナも思うところがあったらしく、少し目線をそらす。
「だって、あたしは西園寺の人間なのよ。宮塚の敵で・・・」
「敵なんて誰が言ったんだ?別に敵になんかなる必要どこにある。一緒にがんばればいいじゃん」
「でも・・それじゃあ・・私は」
「ぐちぐち言うなよ。とりあえず、瑠華に謝っとけ」
レナは刹那を半分睨みながら、ちらりと瑠華をみて、そのままつぶやく。
「ごめん・・・」
こんなに素直に謝るのも、この刹那のあっけらかんとした態度のおかげか。
結局、自分の殻に閉じこもっていた人間達が、騒いでいただけだった。今までもレナだって、怖かっただけだろう。殻の中から出るのが。進歩しないほうが、楽でいいに決まっている。
「別にいいよ。あたしも悪かったし」
苦笑いしながら瑠華がそういうと、刹那は満足そうに微笑む。その態度がなんだかおかしくて、瑠華は声を少し出して笑った。
「なんか・・・力抜けたなぁ」
刹那がそういうと、レナも少し微笑む。
「ほんと、今までのあたしなんだったのよ。悩んだし、過去に縛られてた気がしたし・・。なんかどうでもいい感じになったじゃない」
瑠華は少し不服そうにそうつぶやく。
「いいだろ、それで。気が楽だしな」
「でもあんた達って、本当に馬鹿ね」
苦笑しながらレナは瑠華と刹那を見る。
「なんでよ」
「いい人間ねって言ってるのよ。でも、変わったわね、瑠華も・・」
「あたしが?別に変わってもないと思うけど」
「私にはそう感じるだけ。初めて会った時からしたら、結構変わった」
「会うってことも、作戦の内だったんでしょ」
行き成り話はずれたが、まだまだ色々聞きたいことがあるのだ。
「まぁね。でも内面がこんなんだったとは思わなかったわよ。ただの知的なお嬢様だと思ってたから」
「それはあたしもよ。可愛いお人形さんだと信じてたもの。最初はね」
二人は顔を見合し、小さく笑った。
「さってと、一件落着って感じだな。仲直りしたんだろ」
するとレナは刹那を睨み、小さな声で物を言う。
「別に、最初から喧嘩なんてしてないわ。それに、友達だったつもりはないもの」
刹那はため息をつく。
「またそんなこと言ってさ」
「だって、会社は敵同士なんだもの。友達になんかなれないわよ。作ってはいけない。でも好きだって事は分かってる。でも、それはどうしようもないの。分かるでしょ」
悲しそうに眉を寄せて、レナは刹那と瑠華を順番に見回した。
「分かるわよ」
真剣な顔で、瑠華は頷く。
「ま、生まれるところを、間違えたって感じかな。しょうがないよ。運命なんだもの。あたし達は友達じゃない。なった覚えも無い。そうでしょ」
「ええ、そうよ。東郷と、瑠華も友達なんかじゃないんでしょう?」
「ん。あたしらは友達なんかいないしね。いなくて大丈夫だもの。だって、大切な『人』がいるから」
微笑んだその姿は、とても、美しいものだった。
友達じゃない。あなたは、『大切な人』。
この少年少女達には、友達を作ってはいけないのだ。なんせ、後に自分の命取りになるかもしれないから。だから、それよりも、大切な人。そう言うことで、確かに絆を確かめ合った。
刹那も安心したように微笑んでいる。
「私、外国へ行くわ。向こうで、事業を始めるの。だから、学園はやめるわ」
そういわれても、二人はそっか、としか言わなかった。そういう間柄でいいのだ。そうでなければいけないのだ。
「じゃあね、いい人すぎる、お二人さん。話はそれだけよ」
ハイヒールを強く鳴らしながら、レナはサングラスをかける。
何も言わず去っていくレナの後姿は、普通の人から見たらとても悲しいものだったろう。だが、悲しんではいけないのだ。
瑠華は声をかける。大声で。
「レナ!月!好きになれるといいねっ!月夜が・・美しいと思えるようになりなよっ!」
そういい、瑠華はあのネックレスを手に持つ。月の形をした、商店街で買ったネックレス。
振り返ったレナは、少し微笑んだように見えた。サングラス越しに、どんな顔をしているのかは、分からなかった。だが、わざわざサングラスをかけているレナを、瑠華は何も問わず見送った。
「いいのか、これで」
少し時間が経った後、湖を眺めていた瑠華に声をかえる。
「何が?」
「もっと、聞きたいことあったろ。もうあえねーかもしれねぇぞ」
「いいのよ」
そう、いいのだ。レナは決心したのだから。もう会わないって。
「ま、お前がいいんだったら別にいいけどよ」
刹那は軽く雰囲気を変えようと声を弾ませる。この男も、きっと会社を背負う立場になるだろう。瑠華も女ながらあの宮塚を、背負わなければならないんだ。
「それでさ、返事は?俺のこと好き?嫌い?」
また極端な質問を繰り出す男だと瑠華は呆れる。
「さぁ」
「なんだよその微妙な返事」
「もし、よ。もし好きだとしても、付き合うことなんかできない」
「なんで」
「分かってるくせに。あたしらは会社を継ぐのよ?社長になるの。付き合うことなんでできるわけないでしょ」
沈黙の時間が流れる。
刹那のことは嫌いではない。だが、付き合うという意思はまるでない。もう、会社を継ぐものとして、自覚ができているのだから。
「わかってるけどよ。まぁ、いいや。じゃあ、もっとアプローチしてやる。会社を捨ててでも俺についてくるぐらい、好きにさしてやるよ」
この男、やっぱりただのプレイボーイだったのか。それともナルシスト?
「冗談じゃない。あんたがあたしのこと好きなんだったらあんたが捨てなさいよ!」
そう瑠華が言い放つと、刹那はにやりと微笑む。
「まぁ、それは無理だけどね。合併すればいいじゃん。宮塚と東郷。はい、決まり。じゃいこーぜ瑠華」
「は?冗談じゃないっ!ちょっと刹那どこ行くのよ」
刹那は瑠華の腕をつかんで歩き出す。瑠華は相変わらず叫んでいたが、刹那はご機嫌でまるでスキップでもしそうな勢いだった。
これから、二人を待っているのは決して幸福ばかりではないだろう。だか、籠を開ける鍵は見つけた。
だが、お互いが鍵だということを気づくには、まだ、時間がかかるであろう。
籠の中にうずくまっていた鳥が、光に向かって、飛び立った。
籠を開ける鍵は、やはり・・・傍にあったのかも・・・しれない。
「月夜ー籠の中の鳥ー」終
本編はこれにて終了です。今までありがとうございました。
最後の終わり方は、まぁシンプルにしてみました。これは中編小説ですので、短く思われた方はまぁ、勘弁してください;;
では、あとがきも見てくださるとうれしいです。