NO.24『月夜』
場所を変えようといったレナは、ただ黙って歩く。喋りだす人間は、居なかった。
着いたのは、湖が見える、大きな公園。こんなところに来るのなら、わざわざゲームセンターで待つあわせることもなかったのだが、レナにとって瑠華は一番予定外のことだろう。
瑠華がいるから、この公園に来たのかもしれない。
「レナ」
瑠華は場の空気を気遣って喋る。だが、レナは湖の方を見たまま、何も言わない。
「あのね、あたしレナに聞きたいこといっぱいあるんだけど。闇ルートを取り仕切ってるなんて嘘だよね?レナの本当に姿は・・・あの可愛らしい、レナだよね」
別に刹那を疑っているわけではない。けれど、信じたくないんだ。瑠華はただ願う。だが、しばらく沈黙した後レナは急に笑い出す。
「・・・馬鹿な瑠華」
そうつぶやき、向きを変え、瑠華の方向を向く。
「なかなか面白かったよ、あんたといるの。私が可愛くしていれば、あんたは何も疑わないんだから。そりゃあ私はね、金持ちよ。世界的にもね。けど、あんたと比べたら私の会社はちっぽけなものよ。あんたににらまれたら潰される。そう思ったから、ふりをしたわ。可愛らしい、ふりを・・ね」
金色の髪を風になびかせ、遠いところを見て話し出すレナを瑠華は、ただ呆然と見つめる。この女は何を言っているのだろうか、と考えながら。
「あんたと仲良くなるためにはとにかく、機嫌を損ねないようにしなければと思った。でも私も分かるもの。取り巻きは、うっとうしいって。だから取り巻きはやめた。そして、対等な友達になることにしたの。あんたは私が敵だとも知らずに、一番危険な私を、傍においていたのよ」
「レナ・・・」
「馴れ馴れしく呼ばないでくれる?馬鹿な瑠華お嬢様。ほんと馬鹿よ。ずっと、ずっとだましてたのに、それにまったく気づかないで。私を一番信頼してただなんて。ほんとに・・」
それを話してるときのレナは気のせいか、少し悲しそうに、怒ったように言う。だましていたのは自分なのに?
「去年の美コンテスト。あの男に命令したのも、この私よ。精神的に・・・追い詰めるのには、これが一番いいかなって」
「っていうかさ、よく喋るね、西園寺。そんなに心につめてたことを出したかった?まるで自分を責めてるみたいだけど」
刹那が瑠華とレナの真ん中でそう叫ぶ。レナは気に触ったのか、刹那の方を見据える。
「うるさいわね。あんたさえ来なければ、こいつの会社はつぶれなくても、こいつを自殺に追い込めたのに。宮塚の一人娘がいなくなれば、もう宮塚の未来はないのに・・」
「へぇ、それが目的。そんなに、会社が大事?」
「大事で何が悪いの!」
二人がそうもめている間、瑠華は必死に頭の中で整理をしていた。
さっき、頭の中で何かが外れた。ネジ、なんて馬鹿らしいことは言わないけど、『鍵』みたいなものが、落ちたように。真実を知る力。それを、誰かが与えたように。
あぁ、そうか。
瑠華は一人、まだ見えない月を見つめて、頷く。それは、不思議な光景だったろう。刹那もレナも、話を止め、瑠華を見る。
「瑠華?どうしたんだ」
刹那が心配そうにそういうと、瑠華は首をふる。
「ううん。何もない。でも、分かったよ」
「何が」
その答えに、瑠華は答えない。
「あたしは、今まで何からも目をそらして生きてきた。それが、当たり前になっていってたから。だから、気づかなかったんだ。ううん、気づいてた。でも知らない振りしてたの。レナと別れるのがつらかったからさ。レナが、本当は可愛らしい、妖精みたいな人間じゃないって、知ってたのにね」
その答えは、まさに『予想外』。
刹那も、レナも、当の本人の瑠華でさえ知らなかった真実。
「どう・・いうことだ?」
「どうもこうも、知ってたんだ。レナが自分と同じように猫被ってたって。でも、嫌だったから。レナはこの学園の中で、唯一の存在だったし。知らない振りしてた。で、それを消去してたの自分の中で」
刹那はただ、瑠華を見た。意味の分からないと言うように。
「そんな、ことが」
そう、出来るわけが無い。瑠華は普通の人間だ。普通の人間が記憶を消せるはずが無い。だが実際瑠華は忘れていたのだ。
「さっき、思い出したの。自分の中で、何かが動いたと思って。なんとなくそう思ってたら、ふと思い出した。全部。あの時、暗い闇の中で、あまり意識がなかったときに聞こえた声。あれがレナだって知ってた。でも分からないふりしたの」
それは、孤独の呪文。自分にかけた、無意識の鎖。
暗い闇の中に一人うずくまっていた少女が、どうにか生きるために見出した不思議なもの。
「瑠華・・・・」
刹那は言葉がないような、それでも何かしゃべらなければならないといった風に瑠華に話しかける。
「ごめん、刹那。あたし分からなかったの。真実を見つけなきゃって思ったけど。自分で・・隠してたなんてね。ほんと馬鹿みたい」
申し訳なさそうに俯く瑠華を見て、レナは微かに動く。それを見た瑠華は顔を上げ、にこりと微笑む。
「ごめん、レナ。気づいてたのに、知らない振りして。あんたのこと、きちんと見て上げられなくて」
「何が・・・ごめんよ。なんで謝るのよ」
「気づいて欲しそうだったから。ごめん。ねぇ、レナ。聞いてもいい?」
悲しそうな顔をし、ため息をつく。
「何よ」
「月。レナにとって、なんなの?」
その言葉にレナはすかさず反応する。やはり、その反応の仕方は異常である。