NO.22『灯台もと暗し1』
現実は、いつもと同じ風が吹く中で、瑠華と刹那の心に吹く風は、いつもの冷たい風ではなく、温かいようないつもとはまったく違う風が吹いていた。
それが、本当にいいことなのかは知らない。普通の一般人にはいいことだとしても、大人になると一つの会社を背負って生きなければならない、瑠華のような別クラスの人間には、駄目なことかもしれない。けれど、それでもいいと思えた。それほど、幸せなことだったから。
「瑠華。なぁ今日俺に付き合えよ」
茶髪の髪をワックスで固め、今風の服を着た刹那は、いつものように瑠華に話しかける。学園とはまったく違う雰囲気だが、それは瑠華とお互い様。その命令口調を咎めることはできない。
なんせ、この男も一つの会社を背負って生きなければいけない男。多少、いやかなり横暴で自己中なのはしょうがない。
「なんであんたに付き合わなきゃいけないの」
「って言いつつ、ちゃっかりギャルな服着てるじゃん」
それを言われたらおしまいだろう。学校も休みな土曜日の朝十時。瑠華はちゃっかり刹那に呼び出され、そしてどうせ連れまわされるだろうと予想し、ギャルみたいな服を着ていたのだ。
「うるさいわね。気のせいよ」
自分で言ってて苦しいことを感じてはいるが、それでもやめれない。ジーンズのミニパンツをはき、濃いピンクのTシャツを着て、でかいサングラスを頭に乗っけている。
もうすぐ、いやもう夏なのだ。
「そ。まぁいいけどさ」
「んで?どこに付き合うのよ。あんたこんなとこ来たことないでしょ」
待ち合わせの場所指定からおかしいとは感じていた。上の看板に書かれている文字は、『ゲームセンター』。瑠華は何回か来てはいるが、こんな大きなゲームセンターは初めてだ。
「ん・・ちょっとね。遊びながら大事な話がありまして」
深刻そうな顔をする刹那に、瑠華はため息をつきながらゲームセンターの扉を開ける。
「だったら早く行きましょ。どうせレナでしょ」
「まぁ、それもある。けど遊びたいなと思って」
小学生か・・・・。
「分かったから早く入るわよ。何円持ってきたの」
「何円なのか予想がつかないから、一応五十万」
「それ、ゲームセンターにもって行く額じゃないから」
そんなたわいも無い会話をしながら、二人は中へと入っていった。
「ひょー。おい瑠華!これすげぇな。なんか持ち上がってるぞ」
「あのね、東郷グループの御曹司。そんなことで驚かないでよ」
「まぁ、そうだがこんな安っぽい所にこんな機械があるなんて思わなかった」
こいつ、ここをスラム街だとでも思っているのだろうか。このぐらいの機械、あるに決まっている。
「名前なんていうんだ」
「ユーフォーキャッチャー」
「へぇ」
普通のゲームセンターにしては大きいこの店内を瑠華は見回し、ここがどこなのかを確かめようと看板を探す。
「さて、もう三十分経ったな。じゃ、本題に入るか。瑠華。看板を見る前に聞いてくれ」
突然そう呼び止められ、刹那の方を向く。
「ここ、だれの会社が作ったところでしょう?」
その質問に悪寒が走る。瑠華は目を見張りながら看板を探す。
そして見つけた、小さな看板。書いてある文字は、『ゲームセンターSAIONZI』。
「レナの、西園寺の・・会社?・・・それが、どうかしたの」
確かにちょっとは驚いた。それが、なんだと言うのか。別にレナの会社のゲームセンターだからと言って、やってはいけないという規約はない。
「うん。で、前の話に戻るけど、レナのこと、知りたい?」
刹那はいつものように気楽に聞く。瑠華がどう答えるかを楽しんでいるようだ。
「俺は、話しても別にいい。でも、お前は?真実を、俺の口から聞きたい?それとも本人から聞きたい?」
この質問からして、きっと刹那の口から聞いた方がダメージは少ないのだろう。傷つきたくないのなら、刹那の方から聞いた方がいいのだろう。
だが、それでいいのか?と自分に瑠華は問う。前から、何かレナのことについて聞きたくないと思うことが多かった。知りたいと思うよりも、聞かなくてもいいという感覚でいたから。
けれど今回はそうも行かないのかもしれない。この刹那の微笑をみていると感じる。一見気楽に笑っているようだが、この微笑み方は重要なことを意味していると感じる。
「あたしは、レナが好きよ」
「知ってる」
「だからと言って、真実から目をそらしたら駄目なのかしら」
「さぁね。今までそうして生きてきたんだ。重いものを背負って生きてきたんだ。もう、傷つきたくないなら別に俺も言わない。けど、真実から目をそらして行くってことは、歳をとるたびに重くなると思うけど」
最後の言葉は少し脅しが入っているとかんじたが、それは本当のことだと思うし、何もいえない。
「何があるのかは知らないけど。でも知らなきゃいけないんだったら、知るわ。その方が、いいと思うの」
「なんで?」
「なんでって。知らなきゃ・・・いけないんなら」
「知らなくてもいいんなら、別にいいのか?俺が言えることじゃないけど、これはけっこう重要な問題なんだよ。後の宮塚や、俺のとこ、西園寺のとこにも関係があることだから」
瑠華は黙る。まったくその通りだ。今までそう生きてきたから。しらないゃいけないことも、何か怯えてしまって聞けなかった。何かがあってはならないし、あったらどう対処するのかが分からないからである。
「まあ、まじ俺が言えることじゃねえよな。俺らは、同類なんだから。けど、変わらなきゃいけない時期が来たんじゃね?俺もお前も」
半分苦笑いをしながら、そういう刹那を見て、短い間の関係だが、とてもさっぱりしてきたなと瑠華は思う。
「変わったね、刹那」
「あ、それ前も言われた」
「誰に・・・」
「さぁね。、まぁ、そんなのどうでもいいじゃん」
この答え方は大方、ホステスとか夜の関係だろう。
「聞くよ。レナから」
瑠華はまっすぐ刹那を見てそう言った。
刹那が言ったとおり、『変わる時期』がきたのかも知れない。そして、今までの自分と別れるチャンスかもしれない。瑠華は軽く微笑んで、刹那とまっすぐに見詰め合った。