番外編.18『刹那の思い』
あの時、瑠華が危ない、そう思ったとき俺は焦った。もし間に合わなければ、きっと瑠華は殺されていただろうと知っていたから。
「刹那君。ねぇ、聞いてるの?」
夜の十二時。美コンの前々日。
真っ赤な真紅の薔薇のようなドレスを纏い女は、刹那の腕に抱きつく。
「何?なんかあった」
「別に何もないけど。でもさ、何もなくてもちゃんと私の言うこと聞いてよ」
こういうの、はっきり言ってうざい。しつこい女は嫌いだ。
「うざいから、そういう事、やめてくれる」
言い放つと女は黙り、手を腕から離し傍にあったコップにワインを注ぐ。
「飲む?刹那君」
「今はいい。ってか高校生に酒を勧めるなよ」
「いいじゃない。そういう人だったの?刹那君。でも、この頃変わったわね」
もう閉店した高級クラブ。女の名前は、ミキ。きっと偽名であろう。
たまにきていた刹那は、このホステスとも仲がいい。だが、特別とかそんなんじゃない。ただの、ホステスだ。
「変わった?俺が」
「えぇ、変わったわこの何週間かで。なんか、前より影が取れた感じ」
「ふ、ん。別に大して変わってないけどね。ちょっとおもしろい奴見つけただけ」
「おもしろいやつ?刹那がそんなこと言うなんて珍しい」
「ミキ」
「はいはい、すいませんね」
軽く謝れ、刹那は動きを止める。
「でも、ほんと、刹那君は『裏』がある高校生だよね。みんなそんなの知らないんじゃない?」
「さぁ。別に、どうでもいいし」
ミキは笑う。
「そういう人ね、刹那君は」
朝は小鳥のさえずりと、美しい朝日のせいで、起きるのがめんどうくさくなり、刹那は執事に伝える。
「俺、今日昼から行くから」
そういうと、執事ははい、とだけ答え、そのまま帰っていく。
こうしてベットに寝転んでいると、思い出す。昔、あの冷たい視線しか浴びなかったことを。
周りはすべて庶民。そして普通とはかなり違う刹那。その庶民と刹那を結ぶ糸は、何もなかった。だから、すべてがどうでもよかったし、友達なんか作る気もおきなかった。
だから、この学園にいると不思議な感覚がするのだ。
『楽しい』
そうも、思えてきていたのだ。
「おい、やっぱり、行く」
部屋を出ようとしている執事をまた呼び止める。
「左様ですか。わかりました。お車の用意をしておきます」
微笑みながらそういう執事をみて、何がおもしろいのかと刹那は思う。
制服に着替え、髪を整える。
「さて、行くか」
そういい、部屋を出た。
「キャーー!刹那様」
女子の甲高い声が耳につく。だが、この車を下りたらもう王子様だ。
「やっほ、おはようみなさん」
明るい笑顔でそういい、ちらりと前を見ると、やはりその場の空気にあっていない、雰囲気。丁度刹那の隣に車を止めていた瑠華が、じろりと刹那を睨む。
『アルテミス』という月の女神の異名をもつ、漆黒の髪をした女の子。刹那が唯一、例外と思える女。
「おはようございます、宮塚様」
取り巻きが彼女にたかる。
「おはよう」
そう一言だけつぶやき、少し微笑む。これも、彼女の技だ。
「おっはよう、瑠華ちゃん」
刹那はハイテンションで話しかける。
「あら、おはよう、刹那さん」
冷たい瞳でそういわれると、なんだか悲しい。だが、これは演技の途中だとあきらめる。
「一緒にいこ」
「嫌よ」
小声でも拒否される。だがあきらめずに話しかける。
「ね、行こうよ」
すると瑠華はため息をつき、こちらを向く。
「あのさ、疲れない?演技し続けてて」
この言葉を聞いたとき、刹那はとても驚いた、反面、嬉しかった。知っていたのだ、彼女は。これが、演技だということを。だが、彼女といると、本当に笑顔になっている気が、する。気がするだけかもしれない。けれど、それでも一緒にいたい。そう思える人間が、やっと出来たのだった。
これからも、俺達のような人間には敵が出現する。それが、たとえ瑠華を傷つけることであっても、俺は、しなければならない。
守りたい。そう、思っているのだから。
【番外編ー刹那の思いー終】
なんか突然でびっくりしたかもですが、なんとなく、ここらへんで入れといたらいいかな、と思っていれました。