柔は、剛より強いと思えた世隠渡学園
基本的には、柔がメインです
その学校、裏の賭け格闘技選手の育成を行っている、世隠渡学園。
その実態を調査すべく、較達が潜入した。
「そんな訳で、細かい前抜きが抜きでいきなり、放課後の地下トレーニングルームを案内されている。まるでテレビ的展開だね」
良美の言葉に較がため息を吐く。
「今回は、組織が相手だから、事前の調査を行って、この学校に提出する履歴書にも細工してあったんだよ」
良美が作戦前に丸暗記させられたプロフィールを思い出す。
「ええっと、父親がリストラにあって、母親がショックで入院、まだ小学生の妹を養う為にもお金が必要になったから、ここの奨学金制度に応募したんだっけ?」
「あちきは、それについて来た、ライバル選手って設定だよ」
較の言葉に爆笑する良美。
「よくそんな漫画みたいな設定を信じたよね」
「信じさせる為に、山の様な偽装工作を行ったんだよ」
較が疲れた顔をする中、案内をしてきた美人でないが長身の大人びた先輩の女子が来て言う。
「あんた達も金が必要なんだろう? だったら、表の功績なんて忘れな。ここじゃそんなもんは、ちり紙にもなりは、しない」
「そうだったんですか、一昨年の新人戦の優勝選手、波奈美菜さん」
較の言葉に自傷気味な笑みを浮かべて奈美菜が答える。
「それに気付くまで大きな代償を払ったよ、体でね」
体を抱きしめる奈美菜。
「下手な貞操概念も捨てておきな、その方が、心を保てるよ」
そうして、案内を続けた。
一通りの案内を終え、問題の試合場に来て奈美菜が言う。
「試合は、毎週土曜日にここで行われる。負けた場合は、男女問わず、あのリングの上で一番大きな金額を賭けた客に体を提供する決まりだ」
「嘘!」
良美が驚き、それを当然そうな顔で見る奈美菜。
「止めるんだったら今だ、多分、お前達の初戦の相手は……」
「俺達だ!」
そういって筋肉隆々の大男と危ない目つきのコートの男が現れた。
「へへへ、久しぶりの女の獲物だ、存分に楽しませてもらうぜ」
危ないコートの男が手に持ったナイフを舐め始める。
それを後ろに居た黒スーツの男が止める。
「その後の事もあるんだから程々にしておくんだぞ」
「お約束の展開だけど、もしかしてあたし達が来るのを待っていたのかな?」
良美の突っ込みに較が頷く。
「品定めだから仕方ないよ。それよりあちきから提案があります」
黒服の男が睨む。
「そんな事が出来る立場だと思っているのか?」
それに対して較は笑顔で答える。
「難しい事じゃありませんよ、その二人との対戦をタッグ戦にしてください。その方が盛り上がるでしょ?」
少し考えて黒服の男が頷く。
「良いだろう」
すると筋肉隆々の男が言う。
「俺一人で終ってしまうぞ!」
目つきの危ない男が言う。
「少しは、僕にも残しておいてくれよ」
そのまま去っていく三人。
「どうしてあっさり受けたのかしら?」
戸惑う奈美菜に較が答える。
「狩役に自信がある場合は、シングルで二回戦うより、タッグで徹底的な実力差を見せ付けるほうが、お客が喜ぶからね」
手を叩く良美。
「そういえば、ヤヤもよく一対複数やってたね」
肩を竦める較。
「まあね、そっちの方が客受けは、するんだよ」
慣れた様子の較達に奈美菜が戸惑う。
「どういうこと?」
良美が胸を張って答える。
「答えは、来週の試合の時のお楽しみだよ」
そして、試合の夜。
『お待たせしました、本日のメインイベントは、なんと中学時代、空手の全国チャンピオンの女子が、ライバルとのタッグで、最強最悪の二人組み、筋肉の鎧とゴリラを越すパワーを持つ男、ドラゴンと凶悪なる凶器の使い手、ジャックに挑む』
司会の説明に較が呆れた顔をする。
「格闘戦で凶器使いなんて説明をする神経が信じられないな」
それに対してセコンドに入った奈美菜が言う。
「最初は、あたしもそう思った。でもね、ここじゃ試合が面白くなれば何でも良いのよ」
良美が手を上げる。
「ヤヤ、先にあたしが出るよ」
「はいはい」
較は、諦めた顔をして良美に譲る。
リングにあがるドラゴンと良美。
「ここでやってるのは、お前等がやっているスポーツ格闘技とは、違う。力こそ全てだ!」
ドラゴンの言葉に良美が笑みを浮かべる。
「舐めてると痛い目を見るよ」
ゴングが鳴り、良美が接近して正拳打ち込む。
「そんな非力の拳が通じるか!」
ドラゴンが余裕の笑みを浮かべるが良美は、正拳を打ち続ける。
「……無駄なのに」
弱々しい言葉を紡ぐ奈美菜に較が言う。
「試したけど駄目だったんでしょ?」
奈美菜が頷く。
「何発入れても全然、ダメージを与えられなかった」
較が良美の方を見ながら答える。
「当然だよ、自信が篭らない拳では、相手にダメージを与えられない。でもね、本当に信念が篭った拳は、何でも貫けるんだよ」
顔を歪めて一歩下がるドラゴン。
「少しは、やるようだな!」
拳を握り締めるドラゴンにジャックが言う。
「おいおい、潰す前に僕にもやらせろよ」
ドラゴンがタッチしながら言う。
「壊すなよ、俺が決めるのだからな!」
ジャックが頷きながらリングに上がる。
「安心してくれ、表面を切り裂くだけだ」
「あいつは、凶器を使ってくるから気をつけて!」
奈美菜の言葉に較が苦笑する。
「今更の忠告だね」
「それでも、普通の試合になれた子は、凶器を使うなんて考えないのよ!」
奈美菜の言葉には、強い実体験による思いが籠められて居た。
普通に接近する良美にジャックは、コートからナイフを取り出して切りつける。
しかしあっさり避け、上段蹴りを食らわす良美。
較以外が驚く。
「どうして? 凶器攻撃にあんなに冷静に対応できるなんて?」
奈美菜の質問に較が答える。
「なんだかんだ言って、ヨシも実戦経験が多くなったからね、凶器攻撃なんて普通なんだよ。第一、あんな凶器を使うだけの男の攻撃なんて、単純で凶器が来ると解っていれば下手な格闘技者の攻撃より避けやすいんだよ」
較が指差すと、必死に凶器を振るうジャックが居たが、それを全て避けて良美がジャックを追い詰めていく。
「見てて気付かない? ジャックの攻撃は、両手に握った凶器での単純な攻撃で、足技もなければ肘も無い。武器を扱うのに慣れた人間が手の延長として使う武器と違って、攻撃法も切るか突くかだけ、冷静になれば貴女だって簡単に避けられる」
奈美菜は、黙ってしまうが、較の言葉が正しい事に気付いた。
あの当時の自分だって冷静になれば、あんな攻撃が当たる訳が無かった。
「それでも、刃物を見て冷静でなんて居られない。あいつ、躊躇なく振るってくるのよ?」
それに対して較が答える。
「ナイフを使える度胸が力だとよく不良が言うけど、単なる勘違い。躊躇しないでいられるのは、相手がそれで驚くことを前提にしてるから。ナイフに慣れた人間を相手に使うってどういう事かを理解していない」
良美は、ナイフを蹴り飛ばす。
そして落ちてきたナイフがジャックを襲う。
ナイフが突き刺さって叫ぶジャック。
「イテエェェェェ!」
転がり回るジャックを良美が呆れた顔をして言う。
「ナイフを使っているのに自分がナイフに刺される覚悟も無かったの?」
ジャックは、情けない顔をして泣き叫ぶだけだった。
そんなジャックをドラゴンが片手で持ち上げて場外に放り出す。
「所詮、凶器に頼る奴は、そこまでだ。力こそ、全てだ!」
そこで較が言う。
「それじゃいってくる。ちょっとパワー馬鹿に現実を見せてくる」
良美が較の合図にしぶしぶ代わる。
「直ぐに終らせるの?」
較は、リングに上がりながら答える。
「技の凄さを見せてくる」
前に出てくる較にドラゴンが言う。
「あいつも居ない、二人がかりでも良いぞ」
較が悠然と立ち答える。
「パワーだけじゃ、どうしようも無い者が居ることを教えてあげる」
余裕の言葉にドラゴンが怒鳴る。
「お前らがやってるスポーツ格闘技と一緒にするな、力こそ全てだ!」
強烈な正拳が放たれる。
「危ない! あいつのパンチは、ブロック塀も粉砕するのよ!」
較は、左手を前にだして、右手を添えてパンチを受けると同時に半歩後退する。
物凄い音がした。
しかし、それだけだった。
「どうやって防いだ?」
驚愕するドラゴンに較が余裕の表情で答える。
「打撃のダメージは、力のベクトルを止めた所で発生する物。止めずに曲げて、地面に受け流せば、ノーダメージに出来るんだよ」
「まだだ、絶対のパワーの前では、そんな小細工など無意味!」
巨体に関わらず強烈な回し蹴りを放つドラゴン。
「今度こそ駄目よ、あのキックは、一発でバイクを破壊するのよ!」
較の体が派手に回転して飛ぶ。
しかし、較は、徐々に減速して平然と両足で立った。
「さっきと一緒だよ、ベクトルを受け止めずその流れに乗り、徐々に力を奪って無力化しただけ」
余裕たっぷりの較の言葉にドラゴンが防御を無視した近づき較にベアーハック極める。
「この圧倒的な力の前では、力の差は、無視できまい!」
較は苦笑する。
「逆だよ、締め技こそ、力の差を無視できる分野だよ」
肩の付け根を指で押すだけでロックが甘くなり、簡単に脱出する較。
「自慢の筋肉を鎧と例えるみたいだけど、どんな鎧でも隙間がある。それが弱点になる」
「諦めんぞ!」
必死の形相で較の腕を掴むドラゴン。
「技も何も関係あるか、このまま握りつぶす!」
較は、冷静に注意が至らない足を払い、空中で回転させるとリングにうつ伏せに倒すとそのまま足でドラゴンの左手を押さえつける。
「特に押さえ込みは、力じゃないよ」
必死にもがくドラゴンだが、直ぐに体勢を崩してしまう。
「何故だ、ガキの足一本で左手を押さえられてるだけなのに……。この体勢でもお前みたいな小娘を持ち上げられる! 片手で持ち上げられる筈だ!」
較はドラゴンの腕の力を使って大きく飛びのく。
「あんたが脱出に使用した力を操って、姿勢を崩してただけだよ」
ドラゴンが立ち上がり、溜めに入る。
「これで終わりだ!」
全力の体当たり。
「受け流そうと無駄だ、この質量を受け流せるわけ無い!」
ドラゴンが一切の躊躇の無い体当たりに姿勢を低くして正面からぶつかる。
倒れたのは、ドラゴンだった。
「どうして?」
奈美菜の疑問に較が答える。
「あちきは、つっかえ棒になっただけ。リングを土台に一本のつっかえ棒になれば、あちきのダメージは、全部リングに逃げて、突っ込んだほうだけがダメージを受ける。まあ、あちきがつっかえ棒になりきれず少しでも姿勢に歪みがあったらダメージは、こっちが大きかったけどね」
立ち上がる事も出来ないドラゴンが涙を流しながら言う。
「力は、技には、勝てないと言うのか?」
較は強い意志を籠めた顔で答える。
「あちきは、技で戦っているつもりは、無い」
そして左胸に手を当てて断言する。
「常に心で戦っている。どんな力も技も、それを使う強い意思がなければ意味が無いんだよ」
「詰り、ハートフルファイターって事だね」
良美の言葉に複雑な顔をする較。
「間違ってないけど、なんか弱そう」
そんな中、あの黒服が現れて言う。
「情けない奴らだ!」
ドラゴンに唾を吐きかける黒服。
「これからは、頑張ってもらうぞ」
黒服が較を、駒を見るように言ってくると良美が較に手を振る。
「ヤヤ、今の戦いの中継で警察も動けるって」
一気にざわめく男達。
「貴様達は、政府の犬か!」
較が肩を竦ませて言う。
「まあ、そんなもんかな」
「生かして帰すな!」
黒服の命令に、拳銃を持った男達が現れる。
良美がリングに上がるとドラゴンを引っ張り端に寄る。
「どうするつもり?」
奈美菜の質問に良美が平然と答える。
「どうするもこうするも後は、ハートフルファイターがその力を思う存分発揮してくれるよ」
倒れたままのドラゴンが言う。
「無理だ、あの娘の技術がどれだけ凄くても、あの数の拳銃を相手に勝てる訳が無い」
奈美菜も頷く。
「そうよ、どうにかして逃げる算段を……」
その目の前で、較が黒服の足を掴み、振り回し始めていた。
『ボム』
較が黒服を投げつけた先で黒服を中心に敵が吹き飛ぶ。
異常な状況に何人かが拳銃を乱射する。
それを平然と受けながら較が男達を壊していくのであった。
「テクニックが武器じゃなかったのか?」
呆然とするドラゴンの言葉に良美が答える。
「ヤヤも言ってたでしょ、心が武器だって。本人曰く、心を、意思を武器にするという事は、単純にその場の思いだけじゃなく、常に大切な者を護る為に己を鍛え続ける意思も大切だって」
圧倒的な力で較がその場を制圧するのには、十分も掛からなかった。
「学園がなくなってもお金が無いことには、変わりないわね。これからどうしようかしらね?」
奈美菜が苦笑すると較が言う。
「代わりの組織だったら、紹介できるよ」
沈黙する奈美菜。
「お前、政府関係者じゃないのか?」
較の代わりに良美が答える。
「ヤヤは、化け物退治の一族の長の娘で、中学時代まで、ルールなしの賭けバトルで、大金稼いでいた事もあるからそっちのコネもあるんだよね」
「あちきが参加していた賭けバトルを潰した時に、その仕組も取り込んだから。安心して命が惜しかったら事前にそういってくれれば命の保障もしてくれるし、貞操の方も考慮してくれるから」
平然と続ける較に奈美菜が涙ながらに言う。
「真面目なバイト先を探します」
「俺は、そっちで鍛えなおす」
ドラゴンは、あっさり乗ってくる。
こうして、生徒を賭け格闘技の駒とする学園は、潰えた。
しかし、生徒達の未来は、何故かいまいち明るくない。
「世の中、そんなに甘くないって事で」
較の誰に対してか解らない突っ込みが虚しく空気に消えていくのであった。




