現実を知る羽都流体育学園
実戦戦闘を望む生徒達。しかし、実戦を知ってる人から見たら
その学校は、体育会系の私立高校、羽都流体育学園。
格闘技が盛んで、全国大会クラスの生徒が多く在籍する。
しかし、最強論から、いまそこは、実戦戦闘を実践する者達が現れた。
良美が、校門をくぐった時、とび蹴りが迫ってきた。
「終わりだ!」
良美は、かわすと同時に相手の腹に正拳を叩き込む。
「何が終わったの?」
良美の言葉に、グランドに転げまわる空手着の男が憎々しげに言う。
「卑怯者、声もかけずに相手に攻撃をする等、畜生にも劣るぞ!」
「不意打ちするのは、卑怯じゃないの?」
良美の当然の質問に空手着の男が頷く。
「当然だ。それが実戦なのだから」
良美は、救いを求めるよう見ると較がそっぽを向いて言う。
「ごめん、あちき学生レベルの話は、理解できない」
良美も疲れた顔をして言う。
「了解、それじゃあ、貴方に攻撃するときは、声をかけてからするね」
空手着の男が立ち上がり言う。
「それこそ実戦だ!」
「蹴るよ」
良美の蹴りが空手着の男の頭にヒットした。
中学時代に全国大会の出場経験がある良美は、当然マークされていた。
「空手部を破ったからと言って、実戦を甘く見るな。所詮組み技が無い空手に実戦は、不可能なのだ」
柔道着の男子の言葉に、一部の生徒が頷く。
「馬鹿だね、真の実戦に組み技、特に寝技なんて意味が無い」
ボクサーパンツの男子が熱弁する。
そんな会話を聞きながら良美が較を見る。
「ヤヤ、どう思う?」
較は、遠くを見ながら言う。
「学生レベルの実戦なんて、完全に専門外だから意見を聞かないで」
良美が溜息を吐きながら立つ。
「あたしの実力に文句があるんだったら、今ここでかかってきなさいよ」
それに対してざわめきが起こる。
「馬鹿な、こんな固い床の上で戦えるか! 実戦といえば、土か畳の上だろう!」
柔道着の男子の反論。
「こんな狭いところでは、ろくに足も使えない。とても実戦とは、いえない」
ボクサーパンツの男子の台詞。
両者の言葉に思わず顔を押さえる。
「そいつらに付き合うだけ無駄だぜ、実戦なんて逃げ口実で、自分が有利な条件で戦いたいだけなんだからよ」
そういったのは、まともな制服を着た生徒。
「一条、馬鹿にするのか!」
柔道着の男子の言葉に声をかけてきた男子、一条翼が肩をすくめて言う。
「馬鹿にする気も起こらない。実戦を語るなら、場所を選ぶなよ。何処でどんな状況でも戦えるのが本当の実戦だろうがよ」
一歩下がる格闘技男子ズ。
しかし、良美が馬鹿笑いをする。
「確かにヤヤが関わりたくない筈だ。あんたら、実戦なんてまるで解っていないね」
翼が立ち上がる。
「どういうことだよ」
その時、良美の鞄が翼に投擲された。
咄嗟に避ける翼の眼前に良美の正拳があった。
「はい、あんたの負け、敗者には、勝負を語る資格は、無いよ」
翼が思わず反論する。
「今のは、油断したんだ!」
良美が馬鹿にするような笑みで言う。
「あなたの言う実戦には、やり直しがあるの?」
顔を真赤にして悔しそうにする翼。
「寸止めする実戦って言うのも聞いた事が無いけどね」
較の突っ込みに良美が頷く。
「実戦じゃないもん。単に質問しただけだよ」
較が投げられた鞄を指差して言う。
「それより、今日のお弁当、崩れやすいものだから早く拾った方が良いよ」
「しまった!」
慌てて拾いにいく良美であった。
数日後の放課後、良美は、翼に呼び出されていた。
「お前は、何者だ?」
「あたしは、大門良美、未来の空手の指導者」
達成が非常に困難な夢を言う良美を睨み翼が言う。
「ふざけるな! 単なる空手家が、不意打ちや寝技、関節技の対応。凶器攻撃まで対応出来るか!」
良美が苦笑する。
「不意打ちって呼べるものは、無かったね。寝技、間接は、先に有効打を打ち込めば良い。凶器にいたっては、所詮、素人のそれ、素手と変わらない、逆に変な枷が出来て動きが悪くなってるよ」
「ナイフや鉄パイプが怖くないのか!」
翼の言葉に良美が苦笑する。
「当たれば痛いけど、当たらない。それに空手家の拳だって立派な凶器だって知ってた?」
翼が困惑する。
「どうして、そう平然としているんだよ? 試合とは、全然違うだろうが!」
良美が頷く。
「当然だよ。第一、実戦実戦って言うけど、実戦は、千差万別、これと言った答えがないものだよ。時には、試合に近い状態もある。ヤヤとしては、命を取り合う覚悟がなければ実戦なんて呼ぶにも値しないんだろうけどね」
唾を飲む翼。
「命の取り合いなんて簡単に、あるかよ」
良美が平然と言う。
「そう? あたしは、月に一回は、命のやり取りの現場に居るよ。プロが使う拳銃やコンバットナイフで攻撃された時もある。あの時は、死ぬかと思ったよ」
翼の顔が引きつる。
「冗談だろ?」
良美は、左袖をめくるとそこには、銃痕があった。
「安全だと思って油断して食らった弾丸の痕。戒めの為に残してあるんだよ」
言葉を無くす翼に良美が言う。
「だいたい、何で実戦に拘るの?」
翼が拳を握り締めて言う。
「本当の強さを極めたいからだ」
爆笑する良美を翼が怒鳴る。
「最強を目指すなんて馬鹿だと言いたいんだろうが、俺は、本気だ!」
涙を拭いながら良美が言う。
「違う違う。言っておくけど、最強って言うのは、実戦なんて事を意識してるうちは、なれないよ。ヤヤの父親の言葉なんだけど、真に最強の者は、決して戦わない。戦いが始まる前に勝っている者こそ最強なんだって」
理解できないって顔をする翼。
「どういう意味だ?」
良美が言う。
「空手と柔道が戦った場合、同様のレベルの人間が戦ったらどっちが勝つと思う?」
翼が少し考えていう。
「どんな状況で戦うかで決まると思うぞ」
良美も頷く。
「そう、だから、どっちがより強いとは、はかりきれない。詰り、どっちも強くてどっちも弱い。戦ってみないとどっちがその時、強いか解らない。逆言えば、戦う前に敵に敗北を感じさせられれば、それが最強なんじゃない?」
悩みだす翼。
「道理だが、何か納得できないぞ」
良美が頷く。
「詰り、翼が目指しているのが、実戦を踏まえた最強じゃないって事。翼が考えている最強は、タイマンで戦ってどっちが強いかの最強だって事だよ。でも、それは、実戦と無理に紐付ける必要は、無い」
翼が思わず声を出した。
「そうなのかもしれない」
良美が頭をかきながら言う。
「それから、さっき言った最強だけど、ヤヤが実証してくれるみたいだよ」
心底驚いた顔をする翼。
「戦わずに勝つって信じられない事をあの戦闘向きじゃないぬいぐるみ娘がするのか?」
良美が少し憂鬱そうに言う。
「ヤヤは、あれでバトルジャンキーだから、手を出さないですめばいいけどね」
良美達が教室に戻ると、大半の格闘技男子ズが床に突っ伏していた。
「次は、貴方!」
較が柔道着の男子を指差す。
「俺は、そんな弱みなんて無いぞ!」
それに対して、較は、一枚の写真を取り出す。
それには、女性物の下着をかいでいる柔道着の男子が写っていた。
ざわめく周囲の中、柔道着の男子が無理に胸を張る。
「そのくらい男子だったら誰でもやる事だ!」
女子や一部の男子からクレームがあがるが、同意する男子も居た。
「だったら、この写真をお姉さんにメールしても良いの?」
ケータイを取り出す較に柔道着の男子が土下座する。
「すいません。二度と逆らいませんから、それだけは、許してください!」
そんな姿を見て、ボクサーパンツの男子が言う。
「情けない、とても実戦を語る者とは、思えない」
較が音楽レコーダーを再生する。
『母さん、無理しないでよ。ほら、真面目に学校に行くから、ゆっくり寝ていてよ』
ボクサーパンツの男子の優しい声に周囲が驚く中、較が言う。
「あなたの学校での数々の暴力沙汰を母親に報告したら、ショック死するかもね?」
「止めろ!」
怒鳴り、近づくボクサーパンツの男子に較が笑顔で答える。
「あちきにもしもの事があったら、あちきの知人が貴方の母親に抗議するけど良いの?」
ボクサーパンツの男子の手が止まる。
較が見下すように言う。
「これで誰が最強か解った? それともまだあちきより強いって言う奴は、居る?」
全員が目を逸らす。
その様子を見ていた翼が言う。
「あれが最強なのか?」
良美が感心した顔で言う。
「まーね。でも、一発も手を出していない、ヤヤも自制心がついたね」
その日の帰り道、納得しきれない翼が二人の後についてきた。
「あんなのが実戦なのか?」
翼の言葉に較が答える。
「あれも実戦。本当の事を言えば、勝ち負けがある以上本当の意味の模擬戦は、無いのが事実だね。簡単に言えば、地味な地方大会の一回戦でも派手な全国大会の決勝でも、負けたらそこまで。その人は、その大会でもう戦う事が出来ない死人なんだからね」
良美が頷く。
「確かに、実際に命の危険がなければ本気じゃないなんて変な話だもんね」
翼が小さく溜息を吐く。
「随分と悟りきっているな。それが命のやり取りをした事があるって事か?」
苦笑する較と良美であった。
その後、実戦主義の主要メンバーの弱みがばれて、下手に手が出せない緊張状態になった。
その為、各自が自分達の部活を優先する、健全な学校に戻っていった。