失恋は、戦いの火蓋をきる
ヤヤは、遂に八刃と戦うことに
『あたしの願い。それは、恋愛。その為にこの世界に来た』
それは、自分達に無い、その心を得る為に世界の壁を越えた。
しかし、壁を越える為に多大な力を消費したそれは、本来なら指先ほどの力で滅ぼせる相手に苦戦する。
『まだ、滅べない!』
それは、己の能力でもっとも原始的なそれを発動した。
『我が攻撃の意思に答え、炎よ激しき流となれ、激流炎翼』
その世界の住人が放った炎に、本体だったそれは、消滅した。
残ったのは、純粋な願いを秘めた種虫だけだった。
「委員長、遅いな」
較の元クラスメイトの赤芽雷華が、そんな事を言って周りを見る。
「本当、委員長が遅れるなんて珍しい」
同じく元クラスメイトの緑川智代が同意する。
そんな二人を見て、元クラスメイトのハーフの少女、エアーナ=空天が呆れた顔をする。
「あのさー、今回の集まりの目的を忘れた?」
それに対してあっさり答える良美。
「また失恋した委員長を慰める為だろ? 確か今回は、委員会の先輩で実は、もう彼女が居たって落ちだって聞いてるぞ」
「落ちって言わない」
較が突っ込みながら、気の戻りを確認して答える。
「落ち込みモードで、一駅乗り過ごしたみたいだから、もう少し掛かるね」
雷華が苦笑をしながら言う。
「しかし、よくよくふられるな」
「そういう雷華は、コーチとの仲どうなったの?」
良美の言葉に雷華が驚いた顔をする。
「何で良美がそれを知っているんだ?」
余裕の笑みを浮かべる良美。
「あたしは、何でも知っているんだよ」
「ほら、転校した時に仲良くなった子と時たまメールしてるの。それで」
較がネタ晴らしする。
「あたしの事は、どうでもいいから、委員長の話だよ」
それに対して較が答える。
「鈴木さんは、頭がよくて一般常識もあり、性格も控えめで、大人の女性の相手にするのに疲れた男性には、丁度良い話し相手なんだけど、年齢の事もあって付き合ってる気もしてないの。だけど、普段は、委員長とかやって世話を焼く方の鈴木さんにしてみたら、優しくしてくれる年上の男性って、それだけで惚れちゃうのよ」
エアーナが溜息を吐く。
「性格が良いからもてないなんてね」
因みに、エアーナは、パイロット育成系の学校に行っていて、そこでパイロット候補生と付き合っていたりする。
「男なんて、適当につきあってれば傷も深くないのに」
軽い性格で何人もの男性と付き合っている智代。
「男なんて要らない!」
熱弁する良美は、昔からの幼馴染みの大山良太と何故か較を込みのデートをしていた。
「人の生き方は、それぞれだよ」
鳳夢斗って写真家の卵のパトロンをやっている較。
そんな一同を見て近頃、剣道の指導に来ている先輩と良い関係の雷華が言う。
「こんな性格に問題ありそうな連中に彼氏が居るのに、世の中、やっぱ間違ってるぜ」
「それに自分も入ってるよね?」
智代の言葉に雷華が顔を真赤にして言う。
「違う、あたしとコーチとは、まだそんな……」
「まだ?」
ニヤニヤする智代達を横目に較は、震えた携帯に出た。
『白風の次期長、大変です、淫虫の魔王の種虫の捕獲に失敗しました。そちらの方角に向かっています。間違っても良美さんに、取り付かない様にして下さい』
較が小さく溜息を吐いて返事をする。
「了解。それにしても淫虫の魔王が又侵入してきたの? これで何度目?」
『解りません。八刃の正式記録に残っているだけで三桁に達しています』
嫌な返事に眉を顰めながら簡単な挨拶をすまして携帯を切る較。
「どうしたの?」
エアーナが質問してくるので、較が答える。
「厄介な異邪がこの世界に侵入して来たの」
興味をそそられた良美が近づいてくる。
「そいつって、強いのか?」
較が難しいって顔をしてから答える。
「強いはずだけど、無理やりこっちに来てる所為で力の大半を失っている。問題は、その性質、種虫を撒き散らして、宿主を使って生命エネルギーを吸収して、増殖する。国外だけど一番酷かった時は、国一つを取り込んで。その時は、当時の八刃の人間が裏の人間に人払いさせて、国一つ完全消滅させたって聞いてるよ」
雷華が軽く顔を引きつらせながら言う。
「お前の所は、昔からそんな洒落にならない事をしてるのか?」
較が肩を竦めていう。
「そうしないと人類が滅亡する可能性もあったから周りも納得したみたい。八刃としては、自分達に害意があるのなら、人類がどうなろうがやってただろうけど」
そんな会話をしていた時、元気の無い鈴木優子がやって来た。
「ごめんなさい。誘ってくれたのに遅れて」
「別に気にするな!」
良美が笑顔で近づこうとした時、較が怒鳴る。
「ヨシ、近づいたら駄目。他の皆も!」
次の瞬間、較は、優子を抱き抱えると人目を気にせず、ビルの壁を駆け上がっていく。
その途中に携帯を取り出し叫ぶ。
「種虫を確保したから、後始末をお願い」
八刃の研究施設。
「ここまで、完璧な種虫の宿主は、初めて見ました」
間結分家の研究員の言葉に溜息を吐く較。
「そう、それで分離は、可能?」
それに対して研究員が複雑な顔をする。
「白風の次期長も知っていると思いますが、淫虫の魔王の種虫は、性交という一番シンプルな方法でエネルギーを補給、増殖します。その為、僅かでも残っていた場合、種虫の拡散に繋がります。ですから、この少女の隔離が一番の方法なのです」
舌打ちする較に顔を引きつらせる研究員。
そこに良美達がやってくる。
「ヤヤ、事情の説明をするよな」
怒っている良美に較が沈痛な表情で言う。
「さっき言っていた淫虫の魔王の種虫が鈴木さんに取り付いたの。いま、何とか排除出来ないか、調べてるところ」
その時、一人の老人が入ってきた。
「無駄だ、遺恨が無い様に私が燃やし尽くす」
手から炎を出す、その男は、八刃の一家、萌野の長、萌野勇一である。
「彼女は、あちきの親友です。手は、出させません」
較の目が鋭くなる。
「あれをほっておくという事は、我が一族に危害が加わる可能性を残すこと。それを容認出来るか!」
萌野の長も戦闘態勢に入る。
「あたしも手伝う!」
良美も参戦を表明し、雷華も木刀を持ってその後ろにつく。
いきなりの本家の人間同士の戦闘モードに研究員は、慌てて内線で連絡を取ると直ぐに落ち着いた雰囲気を持つ老婆、遠糸の長、遠糸翼がやって来た。
「止めなさい。話は、会議で決めます。白風の次期長も来なさい」
仲裁に大人しく従う較。
「ヤヤ、あたしは、絶対に嫌だからな!」
較が頷く。
「どうやっても鈴木さんを救うよ」
会議の場は、完全に較不利で進んだ。
「ですから、全ての責任は、あちきが持ちます!」
較の必死の訴えも八刃の長達には、届かない。
較は、救いを求めるように遠糸の長に視線を送るが、遠糸の長も首を横に振る。
「残念だけど、今回だけは、無理ね。貴女は、その右手と大門良美という重石がある。その上、彼女を背負うのは、単なる妄言よ」
悔しそうな顔をする較。
「決まったな、あれは、元々私が見つけた。私が処分する。それで良いな?」
萌野の長がそう締め様するので較が睨んだ時、静かに場の成り行きを見守っていた間結の長、間結陽炎が言う。
「白風の次期長が納得するとは、思えない。そこで一つ賭けをしよう。種虫が宿ってから真に発動するまであと一九八時間ある。それまであの娘を我等から守り続けられ、種虫の発動で、宿主の人格が残って制御出来ていたなら全ては、白風の次期長に任せよう」
意外な言葉に百母の長、百母西瓜が言う。
「甘いぞ、人の心など脆く、制御が続く可能性は、低い。ここは、確実性を取るべきだな」
間結の長が苦笑しながら言う。
「だから、賭けと言っただろう。もしも、守りきれなかった場合、白風の次期長の右腕を完全封印させてもらう」
その言葉に神谷の長、神谷夕一が頷く。
「なる程、危険度で言えば、白風の次期長の右腕の方が格段上だ。確かに賭けの対象には、なる。白風の次期長、受ける覚悟は、あるか?」
較が自分の右腕を突き出して言う。
「望むところです!」
萌野の長が宣言する。
「直ぐに、あの娘を処分して、その目障りな右腕を封印してやる!」
「絶対に護りきります!」
こうして、較と八刃の戦いは、始まった。




