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アカガミノドカ  作者: HDK
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最終章 「終焉」

最終章「終焉」



―――徐々に、俺の意識は遠のいていく。薄れゆく俺の意識に長閑の言葉が、テレパシーみたいに伝わってきた。

「大鳥くん………助けてくれて、ありがとう。後は、私に任せて………ね?」

長閑のその言葉に安心したのか、大量出血しているのにも関わらず、遠のく意識だけが元に戻っていた。倒れたまま、顔を動かせない俺は、視線だけを上に向けた。そこには、長閑が立っていた。

 麻利たちは、俺の血を何とか拭い取った後、すぐさま長閑を睨んだ。ここから長閑の表情は見えないが、大体の予想はついた。昨日初めて会った時に見せてくれた「もう1人の長閑」がいる事に………。

「おまえが居なければ、謙くんは、こんな目に遭わなかったんだぁ! 許さない! 私は!」

麻利が、自前のカッターナイフで長閑を切りつけようとしたが、彼女たちの身体が、金縛りになったように静止した。

「の………長閑ぁ! 何をしたぁ?」

麻利の叫びが、資材室に轟音の如く響き渡る。長閑は動じる事なく、麻利の目の前に足を進めた。

「麻利さん………。私は昨日の時点で、もうあなた達に軽めの「言ノ葉」をかけていたの。それは、あなた達3人の私に対する憎悪を感じたから………。大鳥くんを好きになった気持ちは、私にも分かる。昨日1日ずっと一緒に居て、すぐにわかった。彼は、他の男子には持っていない何かを感じたわ。」

「へぇ………。ずっと一緒に居たんだ。アンタにとっては、有意義な時間だったんじゃない? 

今まで一人だったんだからさ! あはは!」

「そうね………。おんぶしてもらって、手を繋いで、キスもしたわ。」

「!」

長閑は、何を話してるんだ? 彼女たちの怒りが、さっきよりも増したように感じた。


「は………はは。もう駄目だ! アンタを殺すしか、他に選択はないようね。」


麻利たち3人が下を向き、しばらく沈黙した後、長閑に襲いかかったのだ。麻利のカッターナイフが、長閑の目線上をすり抜けたが、長閑は交わす。しかし、未奈と果歩が、背後に回り、長閑の身体を動けないよう、がっちりと固めたのだ。彼女たちが動いた事で、ようやく長閑の顔が見てとれた。

あの時の表情がそこにはあった………。昨日の波長が見せたあの映像に出てくる長閑の顔だ。

麻利は、動きを封じられた長閑に笑いかけた。

「アンタのその「言ノ葉」なら、昨日聞いたわ! だって、アンタ達をずっと近くで見てたからさ!」

麻利のカッターナイフが、長閑の前で振り落とされた。長閑の制服から血が飛び散った。しかし、長閑の顔は痛みを感じないのか?無表情のまま、ぶつぶつと何かを言っていた。麻利たち3人は、長閑の変わらない行動をあざ笑い、先の一振りに続き、長閑の身体を切り刻んでいく。

「アンタもしつこいねぇ! それ効かないからさ! もう気付いてるんでしょ? 私たちが、黒神の転生だって事にさぁ! あはははは!」

黒神? 何を言っているんだ………麻利たちは? 意味がわからないが、長閑の「言ノ葉」が、麻利たちに効いていない事は確かだ。駄目だ………。長閑は殺される―――


「はぁ………。今年も黒神に邪魔されるとはね………。でも、無理よ。もう終わるわ。」

「今さら強がってんじゃ………。なっ?」


長閑の小さな言葉は、もはやハッタリにしか聴こえなかった。しかし、事態は急変した。未奈の様子が、変になっていく。未奈は、長閑の身体を離し、頭を抱え、苦しそうに周りを徘徊し始めた―――



―――ノドカの「言ノ葉」の暴走が始まった………。


「己ノ身体ヲ我ガ左ヲ押サエシモノヲ解キ放テ」


未奈の身体が、目に映らない速さで、果歩の真後ろに移動し、彼女の首をガッチリと両腕で締め出した。果歩の腕が長閑から離れ、未奈の腕を必死に外そうとしている。


「み………未奈。ぐっ………苦しい………やめて。」


果歩の助け声が、耳に届かない未奈は、長閑と同じ無表情の仮面を付けているように見えた。麻利が、長閑に飛びかかろうとしたが、長閑の「言ノ葉」は続く。


「我ガ前方ニ居ル者ヲ角度90度ニ反転サセ身体ヲ前ヘ押シ出セ」


麻利の身体が、未奈と同様に操られた人形のように、俺の横をすり抜け、その先にある窓ガラスを叩き割った。麻利は、ピクピクと身体を痙攣させ、下に残った窓ガラスの破片が、腹部に刺さっていた。長閑は、未奈に目を戻し、命じる。


「絞メシ者ニ終焉ヲ与エヨ」


―――ゴキッ!


鈍い音と共に果歩の目は、白目を向き、未奈の腕に頭を下ろした。未奈は、動かなくなった果歩を離し、長閑の横で立ち止まる。長閑は、良く出来ましたと未奈の頭を撫でた。


「お………おまえは、悪魔だ!アンタは必ず地獄に………落ちる。」


痛みをこらえ、ガラス片の刺さった腹部を押さえながら、麻利は小さく叫んだ。

麻利は、俺を見た。その苦しみの顔から一瞬だったが、少し微笑んだかのように見えたのだ。俺の目の錯覚だったのだろうか?

「わかってるわ………。地獄は、人が産み出した創造の世界だけど、もし真実としてあるならば、私は確実にそこに行くと思う。私の罪は、そこで償うわ………。さようなら。」

麻利は最期の特攻をかけたが、その攻撃が長閑に届く事はなかった………。


「我ガ領域ニ今近ヅク者ハ刃デ己ノ首ヲ切レ」


麻利は、命じられるままに持っていたカッターナイフで、首を深くえぐるかのように、切り払った。噴水のように血を放出させたと同時にその場に倒れこんだ。しばらく赤い霧が、室内を覆っていた。

―――改めて、室内を見渡し俺は、唖然とするしかなかった。周囲の壁は、赤い絵の具をぶちまけたように赤く染まり、床は、大量の血の海が、波を打っていた。横に倒れて動けない俺の顔にその波が、打ち寄せていた。


「謙くん………。もう終わるから。」


そう言い放った長閑の姿を見て、俺はやっと気付いたのだ。綺麗な銀髪は、血で赤く染まり、俺を見つめる瞳を灰色に滲んでいる姿………。

これこそが、真の「アカガミノドカ」なのだと………。

 

長閑は、未奈に最期の「言ノ葉」をかけ始めた。


「解キ放タレタ扉ヨリ空ヘ還レ」


未奈はユラユラと割れた窓に歩みより、振り返る事無く、その身を投げた。

数秒もかからずに、下から他生徒の悲鳴が、耳に入ってくる。長閑は、未奈の新たな旅立ちを静かに見送ったのだった―――


長閑は俺に近づき、俺の頭を腕で支えながら、こう告げた。


「あなたの為に、彼女たちを殺したの………。」


***


―――数日間。俺たちは、病院に入院した。警察の事情聴取もその場で行われたが、事件の真相は、去年と同じく加害者3人の半狂乱による事件と認定された。長閑は「言ノ葉」に関する話を事情聴取の際に話したが、そんな話を警察が信じるわけがなかった。長閑は、今年も3人を殺したという罪を重ねる結果になってしまった………。

 俺と長閑は、恋人同士だと思われたようで、病室の俺の隣のベッドに長閑が寝ていた。俺の方が、重症なのは、目に見えていたが、不思議な事に未奈に噛みちぎられた舌があるのだ。俺は、もう驚かなかった。この世には、長閑のような不思議なチカラを持つ人間が、確実に存在する。今後信じられない夢みたいな出来事に遭遇したとしても、俺は長閑の隣で素直にその現実を受け止めると決めたのだ。



―――あの惨劇から、2週間の時が流れた。俺の隣にベッドに目をやったが、もう長閑の姿はなかった。傷も完治し、3日前に退院していったのだ。俺の左腕の神経は、手術で何とかなったものの自由には動かない。立てるようになってからは、リハビリの日々が続いた。早く退院して、長閑に楽しい時間をプレゼントしなければ………。なんて、格好つけた言葉を並べる元気だけは出てきていた。

 しかし、俺は、心のどこかで今年の惨劇を振り返っていた。気になる点が、いくつかあるからだ。去年までの5年間は、毎年4月22日に惨劇は起こっているのに、今年は4月10日だった。あまりにも早すぎる。そして、犠牲者が麻利たち3人だけ………。

なぜか胸騒ぎがした。まだ惨劇は、続いてるって話にならないよな………。俺は一人この謎の答えを出そうとしたが、とても無理な話だった。長閑の話だけで、真相を明らかにするには、不足していたからだ。俺はベッドに横になり、ため息をつくしかなかった。

「………何考え込んでるの?」

「うわっ!」

振り返ると長閑が、病室に来ているではないか。俺は驚きのあまり、完治しかけの身体をひねり、痛さで暴れた。

「入ってきたなら、ノックぐらいしろよ!」

「ちゃんと、したわよ? 大鳥くん!」

俺の見舞いに来たのは、長閑だけではなく、由愛先生も来ていたのだ。


「ゆ………由愛先生も来てたんですか?」

「何か不満でも? 担任の私が来ちゃいけないわけ?」


由愛先生は、長閑に目をやりつつ、ニヤニヤしながらそう言うのだ。担任としては、教え子の見舞いも義務の一つなんだと思い、俺は感謝の意を伝えたのだった―――

 病みあがっていない俺に気遣ってくれているのか、あの惨劇には、一切触れてこない長閑と由愛先生がいた。しかし、俺は疑問に思った真相を聞くため、面会時間ぎりぎりの時分ではあったが、最後に質問を吹っかけた。

長閑と由愛先生は、帰り支度をし始めていたが、その手を止めて、腰を下ろした。



「長閑? あの惨劇なんだけど、おまえの話してくれた5年の惨劇と比べると、違いがありすぎると思ったんだけどさ………。何でだ?」

長閑は、俺の質問に淡々と答えた。

「そうね………。確かに今年は、22日では無かった。犠牲者も3人しか出なかった。これは、

今までに無いケース。でも、私も神様じゃないから、よくわからないわ。私は「言ノ葉」を持ってるだけで、他は大鳥くんと何ら変わらない普通の人間よ………。」

「そっか………。」

俺の納得しない顔を見た長閑は、なぜか由愛先生と目を合わせた。先生は少しばかり何かを考えた後、俺に話しかけてきた。

「いいわ! 話してあげる。ただし、この話を聴く事で、あなた自身の人生が、ガラリと変わるかもしれない。私たちと一緒に過ごしていくのが、嫌になるかもしれない。それでも、聴きたい?」

長閑は、椅子に腰かけたまま、この時ばかりは、俺の顔をその眼で見つめていた。

 俺は、この小さな小学生みたいな容姿の癖に、一人前に車の免許を持ってる先輩をこの先ずっと、護っていきたい! その気持ちだけは真実だと、由愛先生に自分の強い意志を伝えたのだった。

由愛先生は、笑顔で頷いた。ただその隣で、俺が口にした「小学生」という言葉に反応した長閑がいじけていたのは、言うまでもない………。

由愛先生は、そんな長閑を少しばかり宥めた後、真剣な目で語り始めた―――


―――長閑さんが、この学校で「アカガミノドカ」と呼ばれているのは、もう知ってるわね? それを前提に話を進めていくわ。ホームルームで、私が話した怪談話は事実なの………ってか、もう長閑さんから聞いてるか………。毎年6人の犠牲者が出ていた去年までの5年間があったわけだけど、今年は違っていた。彼女たち3人しか死ななかった。その理由は、大鳥くん………。あなたにあるからなのよ。この学校で言う「アカガミ」は、この学校で生まれたモノ。学校が設立される前に、その土地にあったモノが、長閑さんが持つ「言ノ葉」に関係しているわ。ちょうど、江戸末期に「赤神」と呼ばれる神様を祀る神社が建てられた。しかし、明治に入って、廃仏毀釈が実施され、全国各地のお寺や神社が、消されていった。ただ、この「赤神」の神社だけは、政府にもどうする事もできなかったの。それは、その神社の神主や巫女たちは、あるチカラを宿していたから。「言ノ葉」と呼ばれるチカラをね。神社を焼き討ちするために、政府は、100人の人員を送り込んだけど、全員が死亡した。

 それから、赤神の神社は、無傷のまま時代を経ていった。明治から大正、そして昭和へと流れ、昭和10年に神主が亡くなった事で、赤神の血は、完全に途絶えてしまったのよ。残った神社も太平洋戦争時に空襲を受け、姿を消したわ。

そして、戦後にこの高校が設立され、今に至る―――

 設立後当初は、何事もなく平穏な学校だったらしいけど、6年前に起こった事件から、赤神の存在が、噂として出回り始めた。6年前の私は教育実習生として、その惨劇クラスを担当する事になった。初日から一人ずつおかしくなっていく生徒が増えていった。私は、図書館に行き、過去の書物を読み漁ったわ。このような原因は、大体「過去」が絡んでいると思ったからね。そして、この土地の「赤神」に辿り着いた。赤神について書かれた書物には、神主が残したであろう術式のやり方が書かれていた。それこそが「言ノ葉」の術式だったわけ。

本来の「言ノ葉」は、人を殺める呪術ではなく、人の身体や精神を癒すためのヒーリングとして用いられていた。

私は、惨劇が起こる10日前から狂った生徒達に暴力を受けるようになった。耐え切れなくなった私は、初めて「言ノ葉」を実践した。一人の生徒を「言ノ葉」で縛り、ヒーリングの柱にして、生徒たちの狂乱を抑えようと考えたけど、失敗に終わったわ。私の口にした「言ノ葉」は、暴走そのものだった。精神では、「抑えよ」と言いたいのに、誰かに操られたかのように、人を死に導く「言ノ葉」をどうしても発してしまう自分がいた。それを聴いた者は、その指示に従い、行動を起こす。結果的に暴走した私が、生徒たちを死なせてしまった。「言ノ葉」を暴走させずに実践させるには、どうしたらいいのか? 

それを探しにもう一度、図書館に行ったけど、赤神の書物は姿を消していた。しかし、私は気付いた。そのクラスで生き残った長閑さんの姿を見てね。

誰もが、「言ノ葉」の影響を受けるわけではないと………。

そして、惨劇の翌年に、私はここの教師になった。

私は、長閑さんを見守るため、「言ノ葉」を使い、長閑さんのクラス担任になった。新学期早々に長閑さんの噂が広まって、彼女へのイジメは、エスカレートしていった。私は、「言ノ葉」を聴いても影響のない彼女ならばと思い、護身として「言ノ葉」を覚えさせたのよ。そして、来たる22日に長閑さんの「言ノ葉」は、私と同じく暴走し、失敗に終わった。私と長閑ちゃんの「言ノ葉」は、狂乱していく生徒を殺める武器になり果ててしまった現実が今ここにある………。

 大鳥くん! 今回のあなたは、その惨劇の場で長閑ちゃんの「言ノ葉」を聴いていたけど、何も影響が出ていない。これが何を意味するのか………もう、わかるわよね?

「お………俺も「言ノ葉」を扱える人間って言う事ですか?」

「そう………。書物の初めに書かれていた文章だけは、今もはっきりと覚えているわ。「言ノ葉」を扱える者は、その声を聴いても影響を受けない。その者は後世に転生した我々である―――


 由愛先生が、語ってくれた真実が、俺の脳内に保存された。



赤神の血縁が転生した者だけに扱える「言ノ葉」のチカラ………。


由愛先生の年の惨劇から7年目の今年も結果は、惨劇で終わってしまった。来年も起こるであろう4月22日まで1年とない。この長閑でも扱いなれないチカラだ。クラスの暴挙を止める盾となるか、また武器になるのかは、実際にその時になってみなければ、わからないだろう………。

 

俺は、由愛先生の話を下を見つめたまま聴いていた。


長閑は、由愛先生からこの話を初めて聴かされた時は、どう思っていたんだろうか?

長閑の白い瞳は、惨劇の5年間が創りあげてしまった悲劇の象徴なのかもしれない………。


俺は、長閑の頭を優しく撫でた。今までの彼女の頑張りを褒めてあげたかったから。


「長閑………。今年もよく頑張ったな。でも、おまえは、もう一人じゃないからな!」

「えっ?」


その言葉を聴いた長閑は、涙を堪え切れなくなり、由愛先生に抱きついては、泣き出してしまった。


「来年からは、俺もいる! だから、もうそんな顔するな!」


昨日の長閑の姿が、頭に浮かんだ。そして、昨日のように、長閑の涙を指で拭ってやった。由愛先生も長閑の気持ちを察し、彼女の頭を無言で撫でていた。

5年分の流すに流せなかった悔しさと悲しみを含む涙は、1日そこらでは完全に放出できないだろう。だから、俺はこの先も彼女の涙を拭い続ける。


いつか長閑が、本当の笑顔を見せるその日まで、俺は長閑と在り続けたい。


―――この出逢いは、赤神のチカラがくれた贈り物なのだから………。



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