表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
婚約破棄された令嬢の、生活は踊る  作者: m


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

2/2

ある親父の、生活も踊る


「君との婚約は無かったことにしてもらいたい」



 そう言って婚約を破棄されたのだと、まだ自分の人生の半分にも満たない年若い少女が、笑いながらそう言った時。


 そんな一言で、一人の人間の将来が駄目になるなんざ、つくづく貴族ってのは鼻持ちならねぇな、と思ったのだった。



 とは言え、あっちにはあっちの言い分があるのだろう。

 それくらいの事は、こちとら長い街民人生の中で、分かっているつもりである。

 やれ相手に逃げられただの、別に女がいたのだの、それは貴族も平民だって似たようなものだろう。


 くっついた別れたってのは、この街のどこにでもある話だし、特に若いうちは、ちょっとしたことで拗れてしまったりするのが世の常である。

 商会で働く青年、オーリだってそうだ。



 オーリと以前、婚約同然だった少女は、この街では比較的新しい商会の跡取りで、隣の家のオーリとは、見るからに仲睦まじい恋人同士だった。

 まだほんの幼い頃から、彼女の手を引いてやるオーリの姿を周りはずっと見ていたし、成長して精悍さを増したオーリと、可愛らしい少女の二人は似合いの組み合わせだった。

 いずれ商会の若夫婦として立つ2人を、周囲は皆、楽しみにしていたのだ。


 それをひっくり返したのは、その頃勢いのあった、ある商会の息子だった。

 噂では、どちらも一目惚れだったらしい。

 周囲が気付いた時にはもう、少女の目にオーリは映っていなかったのだった。


 その後はオーリには悲惨だった。

 あれよあれよと商会の品揃えも客層も店構えも変わり、家族同然に手伝っていたオーリは身一つで放り出されたのだった。


 もう少し、何とかならなったのかと、今でも自分はそう思っている。

 オーリの十数年の年月に見合うだけのものを、もう少し用意してやるべきだったのだ。

 別の店への紹介は、オーリが嫌がったかもしれないが、まだ十代の少年の人生を、蔑ろにするにも程がある。


 痛かったのは、婚約が子供同士の単なる口約束だったことだろう。

 誠実であることは商いの基本だが、それでも些細なことは書面にしておく、それも商売の基本である。

 口約束ほど信用できないものもない。



 そのあと丁度、今の商会の会頭がオーリを拾い、彼はそこで働き続けている。

 その商会は一時、経営が危なかった時もあったが、それも乗り越え、今や大通りの花形で、押しも押されぬ大商会である。


 この街も広いとはいえ、それでも商いをする者同士である。

 噂も聞こえれば姿も見かける。


 一度オーリに直接、同じ街内で辛くないのかと聞いたことがある。


 「いや、もう全然。それよりも昨日入ったばかりの茶葉がさ、」


 その顔は本当にさっぱりとしていて、未練など無いような様子だった。

 来たばかりの頃の萎れた姿を知っている身としては、本当に立派になったと思うばかりである。

 

 あれだけのことを根に持つ様子もなく、気持ちのいい青年に育った彼を、心の内で勝手に、息子のように応援しているのだ。



 そんなオーリが、一人で商談を任されるようになったと、嬉しそうに語っていた頃からだろうか、その立ち姿や、言葉遣いがどことなく洗練されてきた。

 それはオーリだけでなく、他の従業員達も同様で、店の接客が変わったと近所でも評判になっていたのだった。


 それが商会に新しく入った一人の少女のお陰だと言うことは、皆すぐに分かった。


 アマーリエ・スーエ、元子爵家の、歴とした貴族の令嬢である。


 商会にほど近い、元貴族の未亡人がやっている女性専用の下宿家から、毎朝大通りを通う姿は注目の的だった。

 未婚の子女が住み込みでないのも珍しく、また彼女の容姿も相まって、その名前も素性も、すぐに街の皆が知るところとなったのだった。


 装飾のないシンプルなドレスは平民が着るものと同じはずなのに、その歩き方や、すっと上がった顎からは、隠しきれない品の良さが伝わってくる。

 この辺りの治安は悪くないとはいえ、それとなく警備隊のジェイクにも、気にしてくれるように声をかけておいたものだった。



 そうして話してみたアマーリエは、見た目の貴族らしさに似合わず、溌剌とした気さくな少女だった。

 気取らない笑顔で、屈託なく楽しそうによく笑っている。


 街の自分達には何でもないような事が、楽しくて堪らないらしい。

 パンが美味しかったと言って喜び、新しく買った靴を下ろしたのだと、目の前で美しく回ってくれる。

 

 商会の商品を覚えるために、真剣にメモを捲っている姿は、どこにでもいる少女と変わらない。

 そして時に自分の身の上話をするアマーリエは、堂々としたものだった。


「だって、泣いてもお腹は膨れないものね」


 その通りだと言って一緒に笑う。


 婚約破棄された貴族令嬢が平民に身を窶す、そう言う悲壮感はどこにもない。

 ただ、日々を逞しく生きている、自分達と同じ、一人の少女なのだった。



 そんなアマーリエであるが、ある日珍しく萎れた様子に、思わず声をかけた。

 聞けば、横柄な客のあしらいが上手くいかなかったらしい。


「そう言う時にはな、客を見送る時、『お前はろくな死に方しねぇ』って心の中で言ってやるといい」


 勿論笑顔でな、と言い添えてやる。

 客商売をしていれば、嫌な客はごまんといる。

 それを溜め込まないのがコツなのだと、接客では一日の長のある自分はそう思う。


 その言葉に、きょとんとした顔で見返して、


「いいわね、それ。次からはそうするわ」


 こういうノリのいいところも嫌いじゃない。



 似た経験をした者同士だからか、二人が一緒にいる様子を、時折見かけるようになった。

 内心、似合いだなぁなんて思っていたけれど、そう思っていたのは自分だけではないようで。


 けれど商会の仕事は忙しく、オーリも任される仕事が楽しいようで飛び回っているし、店に出入りする貴族の客は増え続け、アマーリエの仕事も順調のようだった。

 そうして日々は変わらずに過ぎていく。


 そんなある日事件は起きたのだった。



 オーリが角の雑貨屋で、菫色の砂糖菓子を買い求めたのだという。

 明らかに少女が喜びそうなそれを贈答用に包んだったとあって、店主である婆さんは大喜びだった。


「オーリお前、角のミラン婆さん所でいいもん買ったらしいな?」


「もう知ってんのかよ」


 うんざりした顔でオーリが項垂れる。

 そりゃあお前、この街内で買ったら分かるに決まってる。


「菫の花がさ、」


 聞けば、道端に咲いていた何でもない菫の花を、アマーリエとしばらく愛でていたらしい。

 お前らは幾つだと言ってやりたいが、二人はまだ十代であることを思い出して耐える。

 自分のそれが遠過ぎて思い出せないが、そう言う時が自分にもあったに違いない。


 その花が枯れてしまったのだそうだ。

 おそらくただ、花が萎れただけで、株自体は生きているのだろう。

 その辺りに咲く野花が、そう簡単にくたばったりはしない。


「アマーリエがあんまり残念そうなんで、まぁ代わりに」


 お前、それはもう恋なんじゃないか。


 と言う言葉が喉まで出かかったが、すんでの所で引っ込めておく。

 こう言うのは周りがせっつくと、碌なことにならないのが世の常である。


 それにまぁ、と思う。

 恋仲になる事だけが人生じゃないと知っている。


 自分の家の隣に住んでいた幼馴染の少女とは、お互いにそんな気になった事もあったが、結局、自分も彼女も別の奴と結婚した。


 そんな彼女も今や家業を継いで数十年、同じように商売に携わる自分とは、歯に衣着せずに言い合える、戦友のような間柄である。

 そういう人間に囲まれているからこそ、こうしてこの街で生きていられるのだ。


 だからどんな形でも、暖かく二人を見守っていこうと思っていたのだが。



 休日なのだろう、私服の二人が大通りを歩いている。

 ああして二人だけで出かける姿を見るのは何度目だろう。


 この間も、食堂の角の席で二人静かに、でも楽しそうに夕食をとっていた。

 嬉しさにポテトサラダを山盛りにし、ソーセージを2本増やしたところでうちの奴に止められた。


 パン屋の女将が店先から二人に、何か話しかけている。

 こら、邪魔すんじゃねぇお前。


 大方、丁度広場に来ている旅芸人の一座を見に行くのだろう。

 王太子夫婦の恋物語を歌った劇が評判で、孫が連れて言って欲しいとせがんでいた。


 最近ますます所作が洗練されてきたオーリは、その精悍な顔も相まって、どこかの大店の跡取りにしか見えない。

 アマーリエもいつになく可愛らしいドレス姿で、元より品の良さが抜けない彼女は、誰がどう見てもお忍びの貴族令嬢である。

 こんな日は警備隊も忙しいだろうが、ジェイクに一声かけておくべきだろう。


(パン屋のアニヤに、後で何を話したのか聞かねぇと)


 幼馴染のアニヤはこの辺り一番の情報通である。

 店が終わった後に、こっちで一杯やろうと誘わねばならない。

 急速に仲が深まった理由について、恋仲なのかどうかも合わせて。



 約束は守る、誠実であること。

 これは商売人の基本である。

 そしてこれは子供でも分かる、人としての基本だ。


 だから願わくば。

 あの真っ直ぐな二人が次に手にするものが、誠実に実るように。


 それが二人をずっと見守ってきた周りの思いだ。


 勿論、食堂の親父である、俺の願いでもある。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ