パンは意外と焼かなくてもおいしいよね
外に出ると、昨日の使者とは別の男が立っていた。
年齢は若い。だが、その視線は慎重で、どこか距離を測っている。
「お時間、よろしいでしょうか」
「内容次第で」
男は一度、深く息を吸った。
「あなた個人への要請です」
その言い方で、だいたい察しはついた。
「……俺に?」
「はい」
男は声を低くし、周囲を気にするように視線を走らせてから、言った。
「かつて、“天地万象”と呼ばれていた件について」
その呼び名を聞いた瞬間、思考が一拍遅れる。
懐かしさではない。
ただ、胃の奥が重くなる感じ。
「……今さら、それを?」
「申し訳ありません。ただ、記録と一致する人物が、他にいない」
差し出された書簡には、古い封蝋。
王国式ではない、もっと昔の形式だ。
「三日前、旧西部遺跡で発見されました。
起動条件に、その名が刻まれていまして」
天地万象。
世界のあらゆる現象を写し取り、再現し、上書きする存在。
――そう呼ばれていた頃の俺。
「俺はもう、その名前で動かない」
「存じています」
男は、深く頭を下げた。
「だから、正式な命令ではありません。
確認だけで構わないのです」
家の中から、微かに音がした。
母がカップを置いた音だろう。
俺は空を見上げる。
穏やかな朝だ。
「……昼までには戻る」
男が目を見開く。
「よろしいのですか?」
「確認だけだろ」
それに――。
「晩御飯までには帰らないと、怒られる」




