食後はコーヒー派
食後、母は紅茶を淹れた。
香りが立つまでの時間をきっちり待つあたり、来客があると分かっていても、いつも通りだ。
「砂糖、入れる?」
「いえ……お気遣いなく」
応接間のソファに座った王国の使者は、背筋を伸ばしたまま微動だにしない。
緊張している、というより――場違いな場所に来てしまった、という顔だった。
妹は壁際の椅子に腰かけ、足をぶらぶらさせている。
昼間の魔王軍筆頭、ではなく、完全に“家の中の妹”の姿だ。
「それで?」
母がカップを置きながら、穏やかに促す。
「用件を」
「は、はい」
使者は一度、喉を鳴らした。
「現在、王都北部にて異常な魔力反応が確認されております。
結界の再構築が必要で――」
「それ、前にも聞いたわね」
妹が口を挟む。
「三年前。封印の上書きで済ませたやつ」
「……ご存じでしたか」
「まあ」
妹は曖昧に笑った。
「関わったから」
その一言で、使者の顔色が変わる。
慌てて姿勢を正し、俺のほうを見る。
「もしや、あなたも……」
「違う」
即答すると、使者は余計に混乱した。
「いえ、違わなくはないんですが。今日は俺の番じゃないです」
母が小さく咳払いをする。
「順番の話はさておき」
そう言って、使者に向き直った。
「それで、今回は誰にお願いしたいのかしら?」
「……え?」
「私? それともこの子?」
母は自分と妹を、交互に指した。
使者は完全に言葉を失っている。
「ま、まさか……どちらか一方にお願いできる、と?」
「状況次第ね」
母は紅茶を一口飲み、少し考えるように目を伏せた。
「急ぎなのは分かるけれど、夜更かしはしたくないわ。
明日でも大丈夫?」
「……で、できれば今夜中に……」
「そう」
母は、ちらりと妹を見る。
「どう思う?」
「私はいいよ。北部なら、距離も近いし」
「ありがとう」
それだけで話は決まった。
使者は、目の前で起きたことが信じられない様子で、何度も瞬きをしている。
「……あの」
「何かしら?」
「条件、などは……?」
母と妹は顔を見合わせ、同時に首を傾げた。
「条件?」
「はい。報酬や、名誉や……」
妹が吹き出した。
「あー……そういうの、もういらないかな」
「必要なのは」
母が、やさしく続ける。
「この子が無事に帰ってくること。それだけ」
使者は、深く、深く頭を下げた。
「……必ず」
「ええ」
母は微笑んだ。
「じゃあ、片付けたら行きましょうか」
妹が立ち上がり、伸びをする。
「早めに終わらせるね。
兄さん、帰りに甘いもの買ってきて」
「了解」
そう言うと、妹は玄関へ向かった。
まるで、ちょっと出かけるだけのように。
使者が、ぽつりと呟く。
「……本当に」
「?」
「本当に、ここは……」
言葉にできず、口を閉ざす。
母は、少しだけ困ったように笑った。
「ただの家ですよ」
その夜、王都北部の異常魔力は、静かに解消された。
そして翌朝、妹は約束通り、何事もなかった顔で帰ってくる。
――朝食の話題は、パンにするか、ご飯にするか。
それだけだった。




