イケメン怖い
『クラス離れたけどオレたちズッ友だよ』
そんなふざけたメッセージが届いたのは始業式が終わった次の日の昼休み。
ポン、と軽い音と一緒に猫が親指を立てているスタンプが続けて送られてきて、俺は返信もせずスマホの画面を暗くした。
この学校は一年毎にクラス替えがある。その結果俺は見事に友達と離れ、この一年ぼっちで過ごすことが確定した。コミュ力がマイナスな俺には新しい友達を作る技術も勇気もないからである。
昨日の自己紹介を思い出すだけでも胃が痛くなる。でもモブ的存在の俺を気に留める人なんていないよな、と思いながら俺はマスクを外して弁当箱を開けた。
「げ、きのこ入ってる」
ここは誰も使用していない空き教室。俺はいつもここで一人で弁当を食べている。
友達と食わない理由は簡単で、顔を見られたくないから。
だから元々昼は一人で食べていたからクラスに友達がいなくても問題はないのだ。問題を上げるならグループ学習とか、体育の授業で二人組になれとかいうあれだ。
せめて一人ぐらい友達がいて欲しかった。来るその日のことに思いを馳せ、溜息が出そうになるのを堪えながらおかずを口に運んだ。
「……うげ」
きのこは嫌いだ。なんか食感とか味とか、とにかく嫌いだ。それでも残すなんてことはできなくて、呼吸を止めて一気に口に入れてほとんど噛まずに飲み込む。
こうすれば食感はわからない。でも呼吸を再開したときに鼻に抜ける独特の香りが嫌で眉間に皺を寄せた時、教室の扉が開いた。
「え」
「あ」
明るい、金にも見える茶髪が視界に入った。
次に認識したのはなんか色気がある垂れ目。それと高い鼻に、整っている口。輪郭もシュッとしていて、なんというか絵に描いたようなイケメンがそこにいた。
「なんでここ皺寄せてんの?」
気まずい沈黙の中、挨拶でもない全く予想していなかった言葉に俺はテンパった。イケメンが自分の眉間を指で示しながら首を傾げている。
何かを言わなくてはならないとわかっているし、挙動不審になってもダメだとわかっている。それでも家族と友達以外の対人スキルがマイナスな俺に、このイベントは難易度が高すぎる。
「え、ぁ、その」
「もしかして嫌いなのあった? わかるー、俺も嫌いなやつあったらテンション下がるもん」
イケメンはそのまま空き教室の中に入ってきて、扉を閉めた。
「⁉︎」
俺は目を見開いた。
「隣座るな」
「⁉︎」
俺は絶句した。テンパりすぎて頭が真っ白だった。
「ちなみに俺が嫌いなのはピーマン。あいつさ、弁当にいたら全部あの匂いにするじゃん? 俺あれがダメなんだよね。あとあれも嫌い、ナス。ぐにょってすんじゃん。それなのに漬物だとキュッてすんじゃん。あれが嫌」
イケメンは俺のことなんてお構いなしにペラペラと喋る。
コミュ強の陽キャだ。オレは戦慄した。
そしてそこまで思考ができる程冷静になって、初めて自分が最も重要なことを見落としていたことに気が付いて咄嗟に口を片手で覆う。すぐさま視線をマスクに移して、握り潰すくらいの強さで手に取って顔の下半分を覆い隠した。
「え、なんで急にマスク着けんの? ……もしかして俺臭い⁉︎」
イケメンが目を大きく開いた。これまた予想外の言葉に必死に首を横に振って違うと訴え、なんとなく気まずくて少しだけ距離を取った。
「……臭くはない、です。これは、なんていうか、癖みたいなものなので」
「へー。てか君ってどの組? 俺は一組で、名前は蜂矢昴」
蜂矢昴。イケメンの名前に、なぜか聞き覚えがあった。
否、聞き覚えとも違う。でも知っている。なぜだろうと違和感を頭の中で探っていた時、ぱちっとパズルのピースが嵌るように思い出した。
『今年の一年にとんでもないイケメンがいるみたいですぞ』
友達同士で作っているグループに、昨日そんなメッセージが来ていた。
何やらアイドルやイケメン俳優並みに顔が整っていてスタイルも良い男が今年の一年にいるらしい。情報通の友達がそう言っていた男の名前が、確か蜂矢昴だ。
俺は恐る恐る顔をイケメンこと、蜂矢の方に向けた。
蜂矢は相変わらずオレの方をガン見しているけれど、大きな口を開けて焼きそばパンを食べていた。
「?」
もっきゅもっきゅと大きく咀嚼しながら首を傾げたそいつは、聞いていた話とは少し違って年相応に幼い印象を受ける。それでも文句なしのイケメンだ。
アイドルと言われても納得するくらいのイケメンだ。これだけ顔が整っていれば、そりゃあ話題にもなるよなと納得する。
するが、関わりたいかと聞かれたら答えは絶対的にノーだ。
俺はぎこちなく蜂矢から視線を逸らし、そのまま顔が見られないように背を向けた。そうしないと弁当が食べられないからだ。
「ねえ、それで君は何組の誰君なの?」
マスクを下げて食事を再開しようとしたところで掛けられた言葉に肩が跳ねた。
普通背中を向けたら交流の意思はないって受け取るだろ。そう胸中で呟くが、生憎それを言葉にできる程俺は強くない。むしろ弱い。例えそれが後輩相手であっても。
「……一組の三宅光」
「一組? 一緒?」
「……部分的にそう。まあ、学年は違うけど」
するとそれまで賑やかに話していた蜂矢の声がぴたりと止まった。
もしかして何かまずいことを言っただろうかと、マスクを元の位置に戻してから振り返った。
「……先輩?」
するとそこには俺を指差して訝しげに顔を顰める蜂矢がいた。
指差すなと言いたいけれど、やっぱり俺にはそれを指摘する勇気がない。
「一応。まあ、一個上ってだけだけど」
「マジで先輩じゃん」
蜂矢の視線が上から下、下から上へと俺を見る。その遠慮のない視線にマスクの下で頬が引き攣るのを感じた。
結構な意外そうな顔に俺はそこまで二年に見えない見た目だろうかと考えて、それもそうかと自分の容姿を思い出して内心納得する。
男子の平均身長とほぼ変わらない背に、スポーツもしていなければ小食のせいで痩せた体。いつも顔の半分をマスクで隠しているし、人の目を見るのも苦手だから前髪だって長い。
そんな見た目だから先輩と言われても納得できないのは、まあわかる気がした。
「うん、まあ、そういうことだから」
そう言って弁当を食べるべく背中を向けると、蜂矢はまたしても声を掛けてきた。
「ミケ先輩はなんでここで飯食ってんの?」
先輩相手でも敬語を使うつもりはないらしい。そんなことで怒りはしないけど、それよりも耳慣れない呼び名にまた視線を向けた。
「……なに?」
「だからなんでここで飯食ってんのって」
「違う。その前」
「え、ミケ先輩」
当然、みたいな顔で蜂矢が言う。あまりのフランクさにどうしたらいいか分からない俺を放って、蜂矢は大きく口を開けて焼きそばパンを口に押し込んだ。
「三宅だから、ミケ。かわいいっしょ」
蜂矢の太い喉仏が上下に動く。そして向けられた真夏の青空みたいな太陽が眩しくて、俺は目を細めた。
「……かわいくは、ないと思う」
「えー? かわいいって。だってなんか猫っぽいじゃん」
蜂矢の形のいい眉が少し悲しげに下がる。出会って数分しか経っていないのに、この男はなんというか、距離が近い。けれどそれが不思議と嫌ではなかった。
それでも、俺にはこの後輩が眩しすぎた。
輝きから逃げるみたいに蜂矢に背を向けた。そもそも、早く弁当を食べなければ昼休みが終わってしまう。スマホを見ればすでに昼休みが終わるまでもう余裕がなくなっていた。
俺は少食な上に食べるのがそこまで早いわけじゃない。残りの時間を逆算しながら急いで箸を動かしていると、ひょこりと顔の横から蜂矢が出てきた。
「⁉︎」
驚きのあまり固まった。
「先輩そんなので足りるんすか? メロンパン半分食います?」
「い、いらない……」
「えー……」
肩が重い。蜂矢がオレの肩に顎を乗せているからだ。
蜂矢のパーソナルスペースの詰め方に俺は硬直するしかなかった。
マスクをする余裕もない。だからせめて口元を手で隠そうとしたが、それよりも早く口に甘いものが押し付けられた。
「あーん」
「……?」
オレは完全にびびっていた。
「だからあーんして」
耳元でやけにいい声が聞こえる。
「な、なん、もがっ」
イケメン怖い。メロンパンを口にねじ込まれて内心半泣きでそう思った。
距離が近すぎるし強引だしメロンパンねじ込んでくるしで散々だ。とんでもない昼休みだ。そう思いながら俺は必死でメロンパンを噛み締めた。メロンパンに罪はないからだ。
そして悔しいことに美味しい。サクサクでふわふわだ。
「うまいっしょ?」
心を読んだみたいなタイミングで蜂矢が聞いてきた。
「……うまい」
「でしょ。じゃあもう一回あーん」
「それはいい。ていうかメロンパンももういい。弁当あるし、元々そんなに食えないから」
「そうなの?」
「そうだよ」
「へー、そうなんだ」
納得したのか、肩が軽くなった。背後で蜂矢が大人しく食事をしている気配を察してから、また食事に戻る。少しして今度こそ弁当を完食することができたが、片付けた頃にはもう始業時間まで数分の猶予しかなかった。
焦りながら立ち上がると重心が後ろに引っ張られて少しバランスを崩す。
なんとか堪えて戸惑いながら後ろを向くと、そこには笑っている蜂矢がいた。その笑顔があまりにも人懐っこくて、目を奪われる。
「ミケ先輩、明日もここ来る?」
緩く首を傾げるそんな姿すら似合うんだなと感心しながらマスクの下で口を開いた。
「……昼休みってこと?」
「そう。俺もここ気に入ったから使わせてもらいたくて」
すぐには答えられなかった。
ここは俺が見つけた特別な場所だ。滅多に人が通らない廊下に、日当たりも風通しもいい教室、それに何よりマスクを外してくつろげる唯一の場所だからだ。
それを誰かと共有するなんて、正直嫌すぎる。
それに蜂矢みたいな陽キャに教えたら、近いうちに、否明日にでもここが陽キャたちの溜まり場になるに決まっている。だから嫌だ。
でも俺は、それを口に出せるような強い人間ではないのだ。
「……好きにすれば」
「ありがとう」
服から手が離れて、蜂矢が手を振った。
眩しい笑顔に見送られながら教室を出て少し離れたところで、溜息を吐いた。
「……明日からどこで昼飯食おう……」
ちゃんと息ができる場所を失った俺の呟きは、誰もいない廊下に虚しく響いた。




