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お試し一日目

 お試しお付き合い一日目。

 「絶対一緒に帰る」というハチのメッセージ攻撃を何とか回避して、今は家だ。

 夜になり風呂も入って予習も終わらせて、さあ好きなことするかと思った時「通話しよ」ってハチから連絡が来た。

 それにうっかり既読をつけちゃったから、返事をする前に画面が変わった。


「うおおっ」


 画面にハチのアイコンがアップで映る。

 何度か深呼吸してゆっくり通話ボタンをタップし、スマホを耳に当てる。


「……もしも」

「もしもしっ!」


 ハチは通話でも声がでかいらしい。


「……声がでけえよ。びっくりするだろ」

「えっ、ごめん。これくらいだったらいい?」


 急に声が小さくなって笑う。

 多分今声と一緒に体も小さくしてるんだろうなって、簡単に想像できる。


「極端だな」

「だってミケ先輩がうるさいって言うから……」

「声がでけえって言ったんだよ」

「同じじゃない?」


 電話越しでもハチの表情がくるくる変わってるのがわかる。

 それくらいハチの声はわかりやすい。

 思わず笑ってしまうとハチが「あ」って言った。


「今ミケ先輩笑った?」

「は?」

「絶対笑った! ねえねえミケ先輩って家でもマスク着けてる? 今は?」

「……今はしてない。部屋だし」

「テレビ通話しよ」

「切るぞ」

「やだごめんっ」


 少し間を置いて同時に笑う。

 顔を合わせてる時よりも気楽に話せてる気がした。


「なんかミケ先輩通話でもかわいいんだね」


 前言撤回する。


「しゃべり方かな。なんかかわいー」


 さっきまでと同じ話し方のはずなのに何だか甘く感じて視線が泳ぐ。


「今日からミケ先輩は俺の恋人になったわけじゃん?」

「お、お試しだろ」

「あー、お試しでも付き合っていいって思ってくれたんだ」


 墓穴を掘った。今すぐ電話を切りたい。

 恥ずかしくて何も言えない俺を他所にハチが楽しそうに続ける。


「そういう優しいとこも好き」

「っ、お前なあ、恥ずかしくないのかよ」

「何が?」

「その、すきとか言うの、恥ずかしくないのかって」

「なんで?」


 ぐ、と言葉に詰まる。

 普通恥ずかしいだろ。好きとか言うの。


「だってミケ先輩のこと好きだもん。好きって言いたい」


 ぎゅううって胸が苦しくなった。

 多分これがときめきとかいうやつだ。


「……いつ俺のこと好きになったんだよ。そんなタイミングなかったろ」

「いっぱいあったよ」


 柔らかくて優しい声がする。


「初めて会った時からかわいーって思ってたし、先輩俺みたいなタイプ苦手そうなのになんやかんやお願い聞いてくれたし。でも最初にきゅんってきたのは頭撫でてくれた時かも。あ、この手好きだなーって思って、そしたら自然とミケ先輩のこと考える時間が増えていったんだよね」


 ハチは自分の気持ちに嘘を吐くことをしない。いつだって真っ直ぐだ。

 そういう性格だってわかってるから、この言葉も本心なんだってわかって顔が熱くなる。


「……俺がさ、先輩の顔見たいってわがまま言って困らせてミケ先輩が離れてっちゃった時、ほんとは「なんだよ! もう知らねー!」ってちょっと拗ねてた」

「……あれは俺が悪いし」

「んーん。でも、あれから先輩空き教室に来ねーし、友達とかいないのかと思ってたのになんかすげー仲良さそうな人いるし」

「おい」


 さりげなく失礼なことを言われた気がする。


「俺には全然先輩の方から近づいてくんないのに、あの人には自分から近寄っててさ、それ見てすげーやだって思った。あんな近いのは俺だけがいいって思った。……これって嫉妬だって思って、それって俺が先輩のこと好きってことじゃんって、思ったんだよね」


 頭の中で芹沢が「おれを巻き込まないで」って顔を青くしてる。

 でもそんなのが吹き飛ぶくらい俺は今顔が熱い。


「他にもミケ先輩の好きだなーって思うとこ言えるけど聞く?」

「も、もういい……です」

「はは、だよね」


 少し、無言になる。

 俺はそれが気まずくてしょうがないのに、スマホの向こうのハチはちょっと楽しんでいる感じがした。


「ねえミケ先輩」

「……なんだよ」

「お試しでも俺が先輩の彼氏になってもいいの?」


 ハチらしくない言い方だって思った。でも、もしかしたらハチも不安なのかもって思うと、俺は思わずこう言っていた。


「そもそもお前じゃなきゃ付き合ってない」


 間があった。


「‼︎」


 俺は自分の発言の意味を理解して思わず椅子から立ち上がった。


「もう切る!」

「ええ⁉︎」

「おやすみ‼︎」

「待って待ってミケ先輩待って! 俺にもちゃんとおやすみって言わせて!」


 あまりの必死さに赤いボタンに伸ばしかけていた手を止めて、もう一度スマホを耳に当てる。


「ありがと。……おやすみミケ先輩」


 そして切られた通話画面を見て、俺はスマホと一緒にベッドにダイブした。


「なんって声出すんだよばか……!」


 甘くて低い、一歳しか違わないのに、それでも男みたいな声だった。


「ずるい、あいつ。マジで」


 スマホを当てていた耳を押さえながら呟く。

 お試し恋人期間の一日目がこうして終わった。

 

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