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予想外の展開

『今日もちゃんと来る?』


 体育祭が終わり振替休日も明けた日の昼休み前の授業が終わった頃、俺のスマホにそんなメッセージが届いていた。

 芹沢じゃない。これはハチだ。

 体育祭の日、あのあとほとんど無理矢理連絡先を交換させられてそれからは毎日欠かすことなく連絡を取り合っている。


『いく。今から』

『待ってる!』


 速攻で既読がついて返信がきた上にスタンプまで送られてきた。

 大型犬がおすわりしているデザインがあまりにハチと似合っていて、マスクの下でにやけそうになるのを必死に我慢した。

 なんてことない顔をして弁当の入った袋を持って教室を出る。

 人波を抜けて少し歩くと目的地が近くなる。

 自分の足音が聞こえるくらい静かな廊下を歩いて、空き教室の前に着く。ハチと昼飯を食べるのは久しぶりだ。

 緊張しながら扉に手を掛けて開けると、すぐ目に入るところにハチがいた。


「ミケ先輩っ」


 ぱあって花丸の笑顔を浮かべたハチに心臓がぎゅうって苦しくなる。


「ん、待たせた」

「全然大丈夫。いつ来るんだろって待ってるのも楽しかった!」


 マスクの下で口のへの字に曲げた。

 そうしないとにやけてしまうからだ。


「……変なやつ」

「へへ。あ、そうだミケ先輩ミケ先輩っ」

「ん?」


 室内に入り扉を閉めていつもの場所に行く。すると俺を呼んだハチがしゃがむのがわかって眉間に皺を寄せた。


「いい子で待ってたから撫でて。会えなかった分も!」

「……はー……」


 わざとらしく息を吐きながら手を伸ばす。

 さらさらだけどちょっとふわふわでもあるハチの髪を撫でながら、心臓がどんどん早くなっていくのを感じる。

 俺は、体育祭の日からおかしくなっていた。

 ハチを見ると心臓がうるさくなる。

 自分が特別になれている気がして、嬉しくなる。


「もう終わり。飯食お」


 誤魔化すみたいにハチの髪をくしゃくしゃに混ぜてから床に座る。それからいつも通り背中を向けようとすると、ハチが「はいっ」て手を上げた。


「今日からもうちょっと近づいていい?」

「……はあ?」

「この前言ったじゃん。ちょっとずつ練習しよって。だからまずは距離を縮めるところから」

「ちょっと待て」

「ん?」


 ハチが首を傾げる。


「お前、あれ本気だったのか」

「そうだよ? だって俺ミケ先輩の顔見たいもん」


 当たり前って顔で言われて言葉に詰まった。


「……なんで俺の顔なんか見たいって思うんだよ。見たって別にどうも」

「気になるから。ハチ先輩がいっつもどんな顔で俺と話してくれてるのかちゃんと見たい」

「そ、そんなの、普通」

「俺はミケ先輩の普通わかんねーもん。ていうか家族が見れて俺が見れないのずるい。俺も見たい」


 どうやらハチは自分を俺の家族と同程度の扱いだと思っているらしい。

 でも、俺はハチのその言葉を頭ごなしに否定する気にはならなかった。


「……いきなりは無理」

「! うんっ」


 また見えない尻尾が見える。ぶんぶんと振り回してる。

 そんなハチに背を向けて弁当を食べることにした。距離は前より少し近い。腕を伸ばさなくても届く距離にハチがいる。

 ほんの少し近くなっただけなのに、緊張する。

 無言のまま弁当を食べ終わって片付けまで済ませると、待ってましたとばかりにハチが俺を呼ぶ。

 マスクをしてから体ごと振り返ると、にこにことひまわりみたいな笑顔のハチがいた。


「練習をはじめます」

「……どんな?」

「顔、触っていい?」


 初っ端からハードルが高すぎねえかな。


「あ、ちょっ」


 俺が止めるよりも先にハチの手が伸びて俺の頬に触る。正確にはマスクにだけど。


「平気?」


 真剣な顔で聞いてくるから、俺は少し時間を置いてから頷いた。

 それを見てハチが安心したみたいに笑って、距離が縮まる。


「ち、近い」

「あ、こら逃げないでミケ先輩」


 距離を取ろうとした俺をハチが止める。

 体育祭のあとほどじゃないけど、それでも十分すぎるくらい近い。

 心臓がどんどんうるさくなる。ハチの顔が見れなくて、視線を逸らした。


「目逸らすのもだめ」


 頬に触っていた手が俺の顎を優しく掴んで、それでも無理矢理目を合わさせられる。

 恥ずかしくて死にそうだ。


「こ、これ、なんの練習になるんだよ……っ!」

「ミケ先輩が俺の前でマスク外しやすくするための練習?」

「はあ⁉︎ こ、こんなの逆に外したくなくなるわ!」

「ええ⁉︎ なんでっ」

「恥ずかしいからだよ!」


 勢いで言ってしまった側から後悔した。恥ずかしいってなんだよ。


「……でも」


 小さな声に目を瞬かせる。


「でもあの人とはもっと近かった」


 拗ねているのを隠そうともしない声で言われた言葉に今度は俺が首を傾げた。


「……あの人、とは」

「……ミケ先輩といっつも一緒にいる人。あの人だったらミケ先輩今よりも全然近づくじゃん。自分から抱きついたりしてたじゃん。なのになんで俺だとだめなの」


 いつも一緒……? 俺はますます首を傾げた。誰だそいつは。

 そう思ったけど、俺が親しくできる人なんてこの学校ではほんの数人しかいない。


「……もしかして芹沢のこと言ってる?」


「俺名前知らねーもん」


 顔から手が離れて、逸らすなと言ったくせにハチの方がそっぽを向いた。


「体育祭の時俺と一緒にいたやつなら芹沢だよ。ちなみに抱きついた覚えなんてないぞ」

「抱きついてた! 体育祭の時、俺から逃げるみたいに抱きついてた!」


 キャンキャンと吠えるハチを見て必死に記憶を手繰り寄せた。

 そして思い出す。


「あれは抱きついたに入らねえだろ!」

「入りますー。絶対に抱きついてましたー」

「っそもそも、芹沢は友達だし」

「じゃあ俺は?」


 言葉に詰まった。


「俺は?」

「ハチは」


 友達かって聞かれたら、答えはノーだ。ただの後輩かって聞かれても同じ。

 だって友達にも後輩にも、こんなにドキドキしない。


「ハチは、ハチだろ」


 でもそんなの言えるはずないから、こんな言葉しか出ない。

 いつの間にかハチは俺のことをじっと見ていて、その視線の強さに居心地の悪さを感じる。


「……じゃあ、その芹沢って人にはマスクしてない顔見せたことある?」

「ない、けど」

「他の人は?」

「ない。家族、だけ」

「そっか」

「じゃあミケ先輩俺と約束して?」

「じゃあってなんだよ……」


 ハチの手がまたマスクに触った。

 手全体で包むみたいな触り方のせいで、手のひらの温度がわかる気がした。


「先輩が家族の人以外で一番に顔見るのは俺。いい?」

「な、なんでそんなに、俺に関わろうとするんだよ。顔とか、別にどうでも」

「だって先輩のこと好きだもん、俺」

「……は?」

「好き」


 ざあって風が吹く。

 ハチの後ろを白のレースカーテンが靡いて、空の青がハチのシルエットを際立たせる。


「ミケ先輩のことが好きだよ、俺」


 顔が近づく。

 頬に触れてた手が後ろに下がって俺の耳と、首に触る。

 固まってる俺はそのまま簡単に引き寄せられて、距離が0になった。

 あ、キスだ。これ。


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