表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

在る(いる)

作者: 安田座
掲載日:2026/01/22

 


 二千二十六年、

 ある日の夜。十九時を少し過ぎたころ。

 ある男子大学生の住むワンルームマンションの部屋に、

 突然、

 ”幽霊?”

 が現れた。


 そいつは、白い衣装に長い黒髪の少女だった。

 そいつが見えている場所は部屋の角、フローリングの床に裸足で直に立っている。

 ミニマリストに近い部屋主のため、部屋の家具らしいものといえばソファのみで、あとは最低限の生活家電と四十二インチのテレビのみ。 部屋の角はソファの横になるが、そこに家具や荷物は無く、足場を気にする必要もないだろう。

 部屋主が、そろそろ夕食の買出しに出かけようと見ていたテレビの電源を切った時、その黒い画面にいつもは無い白いものが見えたのだ。

 違和感にそちらを向いた時、

 居た。 瞬間、部屋主はそれを”幽霊”と識別した。

 見えているものについて、もう少し詳しく説明する。 白い衣装は白一色だが、デザインの凝ったエプロンドレスだ。おまけにリボンやフリルがたくさん付いている。

 長い黒髪は、後ろ髪はストレートだがドレスの腰のリボンの少し上のあたりまで有り、前髪は眉が隠れる程度の長さでパッツンでは無い。

 そして、身長は百四十センチ弱と低く、顔は日本人の様だが少しだけ西洋人が混ざった雰囲気でかなり整って居る。白めの肌は、青ざめた感じに見えなくもない。瞼はずっと開いたままで瞳は何を見つめるでもなく正面を向いている。

 なお、透けているわけでも無く足まできっちりと見えているのでこの時点では精巧な人形というのが正しいのかもしれない。

 部屋主は、幽霊と認識した上でその存在のリアルさに、おそるおそるも話しかけていた。

「どなた……ですか?」

 間をおいても返事は無い。やはり瞬きも微かな動きさえも見つけられ無かった。

 視線をそのままに片手をソファの上に適当に放っているティッシュボックスに伸ばす。ティッシュペーパーを一枚取って軽く丸めて投げてみた。 丸めたティッシュは、軽いわりにちゃんと飛んで、そいつの胸のあたりに当たった……はずだった。それは何ものにも触れなかった様に通り抜け、壁に当たって床に落ちた。


 部屋主は、スマホで撮影するなどの余裕も無いほど恐怖に耐えられず部屋を飛び出た。しかたなく、その日は近隣の漫画喫茶に宿泊した。

 それでも、あれが付いてきていないかが不安で、ほとんど眠れなかった。

 翌朝(出現二日目)、日が少し昇ってから部屋に戻って見た。 昨夜のは何かの間違い、夢や幻覚であったのだろうという淡い期待を持って中に入った。 居る。

 淡い期待はもう一つあった、逆に居て欲しかったのだ、怖いもの見たさが近い感情だろうか。

 部屋主は、また外に飛び出すとすぐに友人に電話を掛けた。


 部屋主が近くの公園で待っていると、若い男が二人近づいて来た。部屋主が助けに呼んだ友人AとBだ。

「幽霊が居るから来てくれって、面白すぎるだろ」

 友人Aはレスリング部員で屈強な体躯はいかにも強そうだ。

「ほんとだったらぜひ見てみたいです」

 友人Bは、そういう話が好きらしく興味津々だった。

「もし、部屋に戻って居なかったら、お前らには申し訳ないが、俺はそれを望んでいる。 まぁどっちでも礼はするよ」

 部屋主は、歩き出すと、ある種の自信を持って二人に応じた。

「美少女の幽霊なら俺は大歓迎だぜ」

 友人Aが月並みな言葉を笑顔で言いながら付いて歩き出す。

「俺もそう思ってた時期があったよ。

 昨日、あっさり覆ったがな」

 部屋主の本心は、実感の無い二人には現在全く理解されていない。

「楽しみだなぁ」

 友人Bの他人事な台詞は、こっちも本心なのだろう。今のところは。


 三人は部屋の扉の前に立った。

「スマホの準備いい?」

「僕にお任せを」

 友人Bは手に持ったスマホを構えるそぶりを付けて答えた。

「俺から行く、扉を開けてくれ」

 友人Aが、そのために呼んだろ?と言う感じで切り込み係を買って出た。

「内扉は開いたままのはずだから、ここ開けたら見えるよ」

 入口からまっすぐの廊下の先が部屋なのだ。

「なるほど、じゃ僕がカメラ構えてますので、開けてどうぞ」

 友人Bはあらためてスマホを構えた。

「あ、待てっ」

 友人Aが、急に制止した。

「どうしたの? もしかして怖気づいちゃった?」

「まさか。

 幽霊の目的が驚かすこととかなら、扉開けたら立ってるかも知れんぞ。

 俺ならそうする」

「幽霊の気持ちになるとか、さすがだ。

 だけど、実はもう、お前の後ろに居るぞ」

 友人Bが、指さした。

「は? え?」

 友人Aが、後ろを振り向く。

 しかしそこに何も居るはずも無く。

「ははは、ビビってる」

「ひでぇ。

 もういい、開けるぞ」

 友人Aは、ごまかす様に雑に扉を開けた。 目の前には居ない。

 部屋の奥を見る。 居る。 もちろん位置は変わっていない。

「うお、ほんとに有る」

 友人Aが、少し引き気味に驚いている。

 居るではないのは、人外とは思ってくれた?

「ですね」

 友人Bは、友人Aの横から覗く様に見て言う。

「やっぱり」

「ドールじゃねぇの?」

「こいつにそんな金あるとは思えませんが」

「ドールなら良かっ……じゃなくて」

「とりあえず目標は理解した。

 さて、行くか」

 友人Aが、部屋に上がるとゆっくりと近づく。

 他の二人もそれに続く。

 少し手前で止まる。

 部屋主が、その辺の紙を丸めて投げる

「うわ、ほんとに抜けた」

 友人Aが一歩下がる。

「なんと……」

「理解してくれたかい?」

「すげぇ。 いや、ほんとにすげぇ。

 だけど、どうしようも無いことに気付いたぞ、俺」

「そうだよね」

「いや、前提が少し把握できましたので、これから考えましょう」

「なるほど」

「とりあえず、ネットに上げて反応を見る……」

「信じてもらえるかなぁ」

「まずは、信じてもらう必要は無いですよ。

 でも、やっぱり、最初は警察を呼びましょうか」

「え? これって警察案件なの?」

「幽霊が存在する。 そして、この方が幽霊である。 ということを前提にすると……、

 ここって事故物件では無いのですよね? だとすると、何か他の事件に関係するかもしれないということです。

 それに、現れた目的は、単に宿主を驚かす、とか、呪うとかでは無さそうに思えます」

「事故物件では無いはずだけど教えられて無いだけかも?

 しかし、目的かぁ……」

「ええ。 で、それは、単純に事件の発生を知らせる為では無いかと推察できます。

 ということで、この人の身元と本体を探すのが第一歩かと」

「そうだな、それで警察か。

 警察の人がどんな反応するかわからないけど、ネットはその後でいいか。別にバズりたいわけでも無いしな」

「あと、親族など関係者が探しているなら、お知らせする必要もあるでしょうし。

 あなたの潔白も証明しないといけない」

「俺の潔白?」

「想定されるのは幼女誘拐監禁殺人容疑ですよ」

「俺が?

 そんなん言われたら、警察には来て欲しく無いなぁ」

「でも、潔白ですよね?」

「白状してもいいぞ」

 すかさず友人Aがちゃちゃを入れた。

「潔白です。

 でも、確かにどうやって証明したらいいかわからん」

「だから、それも警察にお願いするのです」

「もう少しだけ様子を見るとか、だめ?」

「生霊だったら?

 生き埋めとかじゃなくても、動けない状態だったら、いちおう七十二時間を超えると生存率が下がるみたいですからね」

 友人Bの言う、生霊とかいう単語も既に当然の様に聞こえる。

「なるほど。

 俺は絶対に無実だ。

 だから大手を振って警察に相談しよう。

 それに、こう言っちゃなんだが、いろいろ考えながら見てたら、だんだん怖く無くなって来た」

「可愛いっちゃ可愛いしな」

 友人Aが同意する。

「じゃ、電話するぞ…………あ、ええと、なんて言えば?」

「とりあえず、不法侵入者が居るでいいんじゃないですかね?

 来てさえもらえれば、話は進みますよ、きっと」

 説得力が有る様な無い様なアドバイスだ。

「な、なるほど」

 確かに見てもらうのが一番なのだろう。


 警察は五分程度で来てくれた。ほかに事件も無いのか、不法侵入者の立てこもり?ってのは重大事件なのか。

 警官は四十代くらいと三十代くらいの男性で、近くの派出所の者たちだが普段から縁が無いところなので見知らぬ顔だ。

 扉の前で合流し、とにかく中へ入ってもらう。

「君っ、大丈夫か?」

 警官は、少女を視認してからすぐに声をかける。ですよね~、まさかそのこが不法侵入者とは思わないでしょうから。

 あわせて速足で近づこうとしたが、その動きはすぐに俺たちによって制された。

「とりあえず、そのままで話を聞いてください」

 部屋主が早口と真摯な表情で伝えた。

「確認するが、君達が誘拐したのでは無いんだな?」

「絶対に違います。

 で、あれはたぶん人じゃ無いです。いや絶対に」

「ん?」

「ほら、全く反応してないでしょ?」

「何を言って……」

「俺が知ってる一番近いものは幽霊です」

「は? こんな昼間に?

 あ、いや、何を言ってるんだ君は?

 その子も利用して我々をからかってるのか?

 どこかに隠したカメラで実況配信とかしてるんじゃないだろうな?」

「だから、まずは話を聞いてください」

 この時、友人Bが玄関横に立てかけてあった釣竿を手に取ると、伸ばしてから少女の体をゆっくりと横から薙いだ。

「こういうことです」

「……どういうことだ?」

「そういうことですって」

「いや、どういうトリックだ?」

「トリックと思ってていいですから、話を聞いてください。

 いったん出ましょう」

「……わかった」

 外に出て、扉を閉めてから、状況とこちらの見解を話した。


「幽霊を信じるわけには行かないが、他に説明できる言葉が無い。

 空想的雑学に乗っ取るのも本意では無いが、まずはその方向で動くしか無さそうだ。

 とにかく、彼女の身元の確認や犯罪に巻き込まれていないかなどを調べてみれば何かわかるだろう」

 警官は、自信無さげに言う。

 それでも、部屋主の言いたいことは、わかってもらえたのだろう。

「ありがとうございます」

「さしあたって、君は少女誘拐監禁殺人の容疑者、いや重要参考人になるが、構わないな?」

「えっ? え、ええ、もちろん想定内です」

 部屋主は答えながら、想定していても気持ちのよいものではないけど、幼女とか言われなかっただけましと自分を慰めていた。

「ぼくの言った通りの展開」

 友人Bが勝ち誇った。

「君たちも重要参考人だぞ」

「も、もちろん。 そ、想定の範囲内です」

「とりあえず親とか学校には連絡しないでくれな」

 友人Aが言った言葉は、この三人には重要だろう。

「わかった。その判断は少し待とう」

「話がわかるやつで良かったぜ」

 友人Aは警官の肩を軽くたたく。

「口の利き方~」

 こんな風に友人Bが友人Aを叱るのは日常なのだろう。


 その後、すぐにそれなりの人数の警官が訪れた。そして、ほとんど情報が得られないことに鑑識の人たちが困っていた。

 なんとか得られたのは、もちろん容姿、そして指の画像経由での指紋のみだ。

 指の画像だが、その前に皆が気になるであろうスカートの中だが、奥はなんと黒い霧のようなものしかなかったのだ。それどころか、頭も含め体の中もすべて同様で、ある意味ゲームキャラの様な感じであった。

 なお、指紋については、手の平を内側に向けていたため、撮影するのが少し大変だった様だ。

 また、騒ぎを抑えるため、近所の方や大家さんには、とりあえず空き巣に入られたということにされた。



 そして、三人は事情聴取を受けている。

 とはいえ、状況が状況のため、内容は相談で、もちろん三人まとめてだ。

「この後、どうするんですか?」

 部屋主が心配そうに聞く。

「前例が無いのでな、とりあえず調査の結果待ちだな」

「お祓い……いや成仏祈願でいいのかな? そういうのとかお願いできないんです?

 生きてる可能性があるならどっちも無いでしょうが……」

 友人Bが普通の思考での提案をする。

「おそらく、何かしらやることになるだろうが、はたして効くのだろうか」

「こういうのって、実際あっても一般には公開されて無いだけじゃないんですか?」

「いや、さっきも言ったが前例は無いんだ。

 我々も一部の関係者のみで隠蔽されてたら知らないが……。

 今回の初動後の動きを見るに、そうでもなさそうだ。

 逆に、今回の件が、関係者のみで隠蔽されることになるのかもな」

「なるほど……」



 翌日(出現三日目)、三人は解放された。

 そして再度幽霊部屋に集合している。

「よく見ると、やっぱり可愛いなぁ」

「なんとかしてあげたい」

「同感です」

 その時、ピンポーンとインターホンが鳴った。

 画面には、大人の女性が映っている。

「除霊に来た」

 女性はその清楚な顔に似合わずぶっきらぼうな物言いだ。

「……あ、ええと、いきなり除霊ですか?」

 部屋主は様々な思考を一度にしたためか返事に間が開いた。

「ん? その返しはどういうことだ?

 とにかく中へ入れてもらおうか」

「除霊なら、今のところ間に合ってます」

「ある人から話は聞いている。

 そして、素人が判断できることでは無い。入れろ」

「なるほど、少しお待ちを。

 ……おい、なんか本物来ちゃったぞ」

 部屋主はいったんインターホンを切ってから、二人に問いかける。

「ええと、本物ということは、こちらもやはりホンモノってことかな」

「っていうか、本物なんて居るのか?」

 この本物とは除霊師のことだ。ネットやテレビのバラエティ等で見てはいても、そういうつもりの人としか思っていない。

「どうなんだろうな、実際……って、中に入れてみるしかないか」

「だな」

 友人Aがうなづく。

「状況は知ってると思っていいでしょうしね」

 友人Bも同意してくれた。


 女性は、すたすたと躊躇なく奥まで進むとやや上の方を見上げながらぐるりと回った。

 一瞬ロフト部分で止まるが、そのまま一周してから、彼女に向いた。

「もしかして、こいつなのか?」

 女性は、視線は彼女に向けたまま三人に問いかける。

「え? もしかして? こいつ?」

「ここには邪悪な霊は居ない様だ。

 存在の違和感、視覚的にだが、あるのはこいつだけだ。

 そして、こいつは霊じゃない」

「じゃぁ、なんです?

 妖怪とか悪魔とかの類……とか?」

「ああ、すまん説明不足だったな。

 そういったものでも無い。

 いったい、なんだろうな……」

 女性は、少女の体に触れようとして突っ込んだ感じで手を入れたままつぶやく。

「は?」

 部屋主は困惑していた。

「困ったな」

 言葉の様な表情を作りながら女性は両手を組む。計らずしもだろうがその大きな胸を強調するようなポーズになっている。

「まぁ、困ってはいます」

「あたしは除霊師だ。

 さっきも言ったが、これは霊では無い。 だから担当外だ」

「霊じゃ無いってのは確実なんですか?」

「ずるい言い方だが、霊を感じられない者に説明してもわかってもらえない。

 あたしには霊とは感じないということだ。

 他の除霊師を呼んでもかまわんが、国内には、あたし以上はいないと心得よ。 国外は知らん」

「似たような件に出会ったことも無いのですか?」

 友人Bが聞く。

「なるほど。

 依頼先で、霊がいないというのはもちろんある。

 だが、ほんとに何もないからな……。

 ……そうだな、そういう意味では面白い。

 だからこの件、最後まで付き合わせてもらおうかな」

「ありがとうございます」

 部屋主は、とりあえずお礼を言っていた。

「あたしは、薬師神こるな。

 よろしくな」

 胸ポケットから名刺を出して名乗る。

「やくしじん……さん」

「神の文字が入ってるが、気にするな。たまたま付いてるだけでなんの関係も無い。

 名を呼ぶ必要があれば、コルナでいい」

「あ、はい、こるなさん」

 その時、また、ピンポーンとインターホンが鳴った。

「外人が……居る」

 モニターに向かった部屋主が何か怖いものでも見た様な表情で振り向きながら皆に伝える。

「外人? 女?」

 友人Aがまず反応した。

「いや、男、なんかでかい」

「それ、あたしのガードだ。

 五分待って戻らなければ様子を見に来ることになってる」

 コルナが正体を答えた。

「入れないとだめ?」

「いやいい、あたしは一度戻る。

 後日、出直してくるよ。 野次馬をしにな」

「それって、来る意味あります?」

「意味がある様にがんばるよ」

 除霊師こるなは、そう言って出口に向かった。

「今日は、来てくれてありがとうございました」

 部屋主はその背中に向けてお辞儀をしながらお礼を告げた。


 こるなを見送った後。

「幽霊じゃ無いんだ」

 部屋主は釈然としない様だ。

「なんなんでしょうね?」

 友人Bも同様だった。

「綺麗な人だったなぁ」

 友人Aは、主点が少し違っていた。

「ところでさ、仮に名前を付けてみない?」

 部屋主が気分を変えるように唐突に提案する。

「ああ、いいですね。

 僕らの間だけでもいいですしね」

「俺も賛成する。だいぶ愛着が湧いてきたところだ。

 案はあるのか?」

「ユー・レイコはいかがですか?」

 友人Bがすぐに提案した。

「ええと、真面目に考えようか?」

 部屋主は、友人Bがふざけてる訳では無いと思ったが、少し遠回しに却下したのだ。

「し、失礼」

「レイコはちょっと大人なイメージだよな?」

 友人Aが話を引きずるが、やはり少し遠回しの却下だろうか。

「なるほど、じゃぁもうレイちゃんでどうだ? ユーちゃんも捨てがたいか」

 友人Bはなんとなく負けなかった。

「ああ、そう聞くとどっちも悪くないかも」

 部屋主は賛同した。

「漢字は? いや、カタカナの方が万能か」

 友人Aが、変なこだわりを混ぜこんできた。

「確かに万能かもね、だからカタカナでも見やすい”レイ”、で”ちゃん”付け、これでいいんじゃないか」

 ということで彼女の呼称が一分足らずにあっさり決定した。

 本人の了承無しだが、答えてくれるわけもないのだ。

「君のこと、これからレイちゃんって呼ばせてもらうね」

 いちおう伝えたが、もちろん自己満足である。



 出現四日目。

 朝八時頃。

 五人のスーツ姿の外国人が来訪した。とはいえ、まだ部屋主からは複数人としかわからない。

「日本政府の依頼で来ました」

 インターホンで応じると、一人が流ちょうな日本語で答えた。

 昨日のコルナのガードとは別な外国人だ。

「日本政府? なんで?」

「あなたには理由含めて話せませんが、重要な科学的調査とだけ認識ください」

「なるほど?」

 部屋主も自分で思っていたことだ、科学的に調べて欲しいと。

「ここは、知らない方が良いと取った方がいいかもですね。

 ただ、その方々、本物かどうか確認できますかね?

 事前に連絡ももらってないんですよね?」

 泊っている友人Bが指示を出す。友人Aはまだ寝ている。

「あの、内容は了解しましたけど、あなた方の素性を証明してもらえませんか?」

 インターホンで確認する。

「悪いが、それはできません。

 ご協力願えないのであれば、残念ながら引き上げるしかありません」

「では、まずはお一人だけ入るというのでもいいですか?」

「承知しました。

 他のものは許可をいただけるまで車にて待機させましょう」

「なるほど、それでいきましょう。

 では、扉を開けますね」


「これは……」

 入室した一人が彼女を目の前にして固まる。

「ええと?」

「資料は見て来たのですが、これはすごい」

「資料って、どこから流れてるんだ……教えてくれないだろうけど」

「調査用の機器を設置させていただいてもよろしいですか?

 もし、ご希望ならこの部屋を買い取らせていただくことも可能です。

 その場合でも、あなたにはご協力いただく必要はありますが。

 この状況のパーツの一つの可能性がありますから」

 単刀直入に自らの希望のみを話す。

「パーツか……俺には全く心当たりは無いけど、知りたい気持ちはありますよ。

 あと、ここは俺の所有では無いから判断はできないけど協力しますよ。

 俺はこのこを助けたいから……。

 あ、調査機器の設置はいいけど、俺のプライベートは守って欲しいです」

「善処いたしましょう」

「まぁ、いいか」

 部屋主の了承とともに、待機していた他の者達も加わり自己紹介等も無く挨拶のみで作業が開始された。作業と言っても機材の搬入と設置が行われたのみで、作業終了後すぐにメンバーは全員出ていった。 自分たちは駅前のホテルに宿泊するらしい。

 なお、メンバーは五人で、四人は中年男性、一人は若い女性で金髪で巨乳の超美人だ。 これは男性相手と見込んで最後の交渉手段担当とか邪推してしまった。

 ちなみに、全員が不揃いのスーツ姿で不揃いの眼鏡をしていた。

「特殊なカメラとセンサー類だね。

 モニターも設置して欲しかったなぁ。

 これじゃ、僕らにはなんもわからんかも」

 友人Bが機材を物色しながらぼやいた。



 出現五日目、昼。

 三人は昼食を取っていた。

「七十二時間ってもう過ぎたよね?」

 部屋主は、宅配ピザの一切れを手に取りながら何気なく言葉にした。

「そうですね。

 変化は無いし、命の危機的状況では無いと考えてよいのかもしれないですね」

 友人Bが同意する。

「でも、そもそも霊じゃないしな」

 友人Aがめずらしくまともな台詞だった。彼の中ではコルナの言葉が絶対なのかもしれない。

「そうでした。

 あの言葉が無かったら、焦りまくってたはずだしね。

 それでも少しだけ安心した気はするよ」

「俺も本心はそうだからな」

「もちろん僕もです」



 出現六日目。

 昼過ぎ、陰陽師コルナがやってきた。出直して来るって言ったもんね、野次馬をしに……。

 コルナは部屋の状況を見ると、ずかずかと窓の方に行きカーテンを少しずらして外を見る。

 少し離れた場所のコインパーキングのあたりを見ている様だ。

「あれか……」

 コルナは何か見つけた様に呟く。

「あの……」

 部屋主は、聞こえた呟きが気になるのだろう。

「ついてこい」

 コルナはそう言うと外へ向かった。

「あ、はい」

 部屋主は意味も分からず付いていく。

「僕も行きます」

 友人Bもその後に続く。

「俺も」

 友人Aもさらに続く。


 コルナは、コインパーキングに着くと一番奥の大きめのワゴンに近づき、テールゲートを勢いよく開けた。

「きゃっ」

 と女性の小さな悲鳴が聞こえた。

「すまん」

 コルナはそう言ってすぐにテールゲートを閉めた。

「あの……」

 部屋主が、おそるおそる状況を聞く。

「少し待て」

 コルナは、近づくなと手で制している。

「あ、はい」

 部屋主たちは、だるまさんがころんだの様にそのままの姿勢で仲良く制止する。

 一分後。

「もういいかな……開けるぞ」

 コルナは、再度テールゲートを持ち上げた。

「あの、どうしてここへ?」

 中から女性が出て来ながら問う。メンバーの一人だ。

 昨日のきりっとしたスーツ姿ではなく、上は短めのタンクトップと下は短パンというカジュアルさだ。

「モニターを見せてもらおうかと思ったのだが、……もういい、だいたい分かった」

「え?」

「まさか一人だけで、しかも下着姿でくつろいでるくらいだ、ノーデータなんだろ? 他の奴はホテルで交代迄休憩といったところか。

 わざわざ来てるんだ。ほんの少しでも違和感のあるデータがあればそんな呑気な状況にはならんだろ」

「ノーコメントです」

「あたしは”予想通り”と言っておくよ。

 じゃぁな、邪魔してすまなかった」

「僕は、少し見せてほしいかも」

 友人Bが車内を覗き込みながら言う。車内は、窓が遮光カーテンで覆われているため見えなかったが、様々なモニター類がいくつも配置されているのが目立つ。

「待ってください。 ミス・コルナが関わっているという情報も聞いていましたので、少し期待していたのは確かです。

 ただ、おっしゃる通りノーデータも実際の現象と照らし合わせれば十分なデータです。

 それから、中はお見せできません」

 女性は気が変わったのか、コルナを呼び止めてから答えを変えた。そして、友人Bへの返事もおまけ程度にしてくれた。

「ふむ、ついでに聞こうか。 なんであんたらが来た?」

 部屋主には教えてくれなかったことだ。

「日本には、こういう事象をまじめに調査するチームは無いでしょ?

 せっかくのベストプラクティスですよ。埋もれさせてたまるものですか」

 女性は本当に嬉しいのだろう表情も声にもそれが溢れ出ていた。

「税金でそういうのは許されんもんな。

 いや、あたし程度をスポットで雇うくらいは許してもらうか。

 まぁ頑張ってくれ」

 コルナは適当に答えて部屋主たちを促しつつその場を離れた。


「あの?」

 部屋主がコルナに問いかける。

 コルナは足を止めて振り返った。

「ああ、あいつらは……まぁ、他国の工作員といったところだろうか。

 日本政府も調べたいのだろうが、確かにそんな機関は無いからな。

 それでも知りたいから、他国を頼ったら飛びついたというところだろう」

「古来からの陰陽師一族とか、そんな方々居ないんです?」

「居るさ、だから、まずあたしが派遣されたって言っただろ?

 でもな、担当外だと報告したら、その先は無いってことさ」

 日本一に断られたら、確かにその先は無いのだろう。

「そう……ですね」

「それでも、面白い案件であることには間違いないからな。

 おっと、誰もが興味のある案件に訂正しておこうか」

「やっぱりそうなんですよね。

 ネットに上げなくて良かったとつくづく思いますよ」

「お前たちの世代だと、とりあえずネットに上げるだろうにな。

 あたしは、そんな君たちにも少しだけ興味があるよ。

 ん、まぁ世代はあたしも変わらんぞ、念のため」

「興味って?」

「そのまんまだけどね。

 さて、あいつらにもサービスしてやろう。

 一つ思いついた事がある。

 部屋へ戻るぞ」

 コルナは、そう言うとスマホを操作してから、部屋主たちを引き連れてまた歩きだした。



 部屋の前に着くと、見覚えのある大柄な外人が居た。コルナのガードと説明された男だ。

 コルナはそいつからキャリーバッグを受けとると、用事が済んだからかガードはそのままどこかへ行ってしまった。

 皆が部屋に入ると、早速コルナの儀式が始まった。

 キャリーバッグから取り出した燭台をテーブルに置くと青色の蝋燭を立てて火をつけた。

 さらに、バッグから線香の束を取り出すと紙帯をはずしてから、蝋燭で火をつける。

 ロフトの方に顔を向け、線香を口の前に持ってきてから、ふぅと息を吐いた。

「行けそうだな」

 コルナはそうつぶやくと、少女の前に移動し、線香をゆっくりと動かしスカートの前で止めた。

 そしてまた息を吐く。

 揺れた、スカートの一部がほんの少しだけ揺らいだのだ

「当たりだ」

 コルナは小さくこぶしを握る。ガッツポーズか。

「何をしたんですか?」

 部屋主が聞く。何をについては見ていたが、やはり意味がわからない。

「聞きたいのか?」

 コルナのこの聞き返しに部屋主は少し動揺する。

「……聞きたいです」

「どこから?」

「どこから? ええと、最初から」

「後悔するかも知れんぞ」

「……でも気になるし……」

「まぁいい、無難な部分を簡単に説明しよう。

 さて。 この香に呪術的な力を持たせた。

 すると、煙が幽子に、かすかにだが影響を与えることができる様になるのさ」

「はぁ」

「恐らく、こいつが居るのは少しずれた違う空間では無いかと考えた。だから普通の方法では影響を与えられない。

 だが、見えている。光を持っている。

 幽子については性質もよくわからんし、別なものかも知れんが、何かしら影響を与えられたらいいなぁと思って試してみた」

「おお~、それで、どうなるんですか?」

「それだけさ。

 そうだな、一矢報いた的な?」

「無意味ってことでしょうか?」

「まぁ、そういうことだな」

 無意味という言葉に頷くコルナは、それでも満足そうに笑った。

 一矢報いるというのはそういうものなのだろう。

 コルナは答えると、少女の前でそのまま仰向けになった。頭は少女側だ。

「な、なにを?」

「あいつらは見てるだろうが、たぶん君らは見て無いだろ?

 代わりに見てやるよ」

「え”?」

「やはりな……」

「は?」

「履いてない……」

「「「え”っ」」」

「じゃなくて、無いだな。

 黒いもやと言えばいいのかな」

「ゲームキャラみたいな感じかな?」

 スカートの中が造られていない場合の表現方法でよく使われていた。

 コルナはそのまま起き上がりつつ、その頭は少女の体の中を通過した。

「中も同じだ。

 そして、見えている部分には厚みが無い

 ……ええと、服などの布とはいえ厚みがあるものはそういう器の様な感じだろうか」

「もしかして……」

「何か考えがあるのか? そうだな、君はどう思うんだい」

「ええと、今聞いた部分を足してから想像すると、近いと思うのは立体映像でしょうか」

「ああ、同感だ。

 だが、映像装置は無いだろう。 あればあいつらが見つけているかもな」

「だとすると、宇宙人の仕業とか考えちゃいますが、そうすると、今度はなんで僕?

 いや、この場所ってなります」

「そうだな。

 君の素性は当然調査されているだろうから、場所だろうな。

 ただ、地理的条件としても調べてわかるレベルでは無さそうだ。

 ちなみに、霊的にも単なるパワースポットとしても全く意味の無い場所だ。 我々の単位でだが」

「はい?」

「つまり、やっぱりなんもわからんとなる」

 コルナは立ち上がりながらお手上げのポーズを取る。

「残念です。

 じゃ、やっぱりネットに上げるかな。 情報収集するためだけど……」

「では、別な感じに加工しましょうか?

 分析されて、妙な話になっては困ってしまう」

 友人Bの提案だ。

「そうだね。 このこの情報を得られる何かか……」

「無駄だ。 あいつらの調査はそんなにやわじゃない。ここに来たやつらは、動いてる人数の末端だぞ。

 だから、一般人の情報を得たとしても、新しそうでも真偽の扱いの方がたいへんだ。

 結果として、無意味に君たちが罵声を浴びる可能性が高い」

「では、どうすれば?」

「時間を掛けるしかないだろう。

 何か動きがあるか、別なアイデアが浮かぶまでか……。

 期限は、あいつらが諦めるまでかな。

 その後は、ネットと言わず、もう一般公開でもいいんじゃないか?」

「僕の部屋ですけどね……」

「確かにそうですね。あ、一般公開の方。

 もしそれが困るなら、その時に何かしら起きるかもしれませんし」

 友人Bも考えていたのだろう。

「そういうことね。

 じゃぁ……ええと、どうすればいいのん?」

「おい、それどころじゃない」

 コルナが少女の方を指さしながら言う。

「あっ」

 友人Bがその意味に気付いた。

「えっ?」

 部屋主が、驚きの声を上げる。

「なにっ?」

 友人Aも同様だ。

「まさか、一般公開を嫌った?」

 部屋主が、皆が思っただろう感想を口にした。

「いや、それでは、やはり目的がさっぱりわからん。

 そもそも記録映像、情報はとられてるんだからな。

 それでも、消えたことはヒント程度にはなるか……」

「消えた瞬間の映像って見せてもらえないかな?」

 部屋主が提案する。

「そうだな、もう一度行ってみるか……。

 おい、今から行く、待っててくれ。

 お前は残って再度出現しないか見張っててくれ」

 コルナは、カメラに向かって頼む旨の言葉を発し、すぐに出口に向かいながら、着いて来ようとした友人Aにも指示を出す。



 駐車場につくと、あの女性が車外で待っていた 。やっぱりかなりラフだが既に服を着ている。

「いったい何が起こったのです?」

 女性は急かす様に聞く。表情には焦りを浮かべている。

「こっちも知りたいんだ」

 コルナが応じる。

 女性は、その答えには期待していなかっただろう、鼻息も荒く自分の状況を話し始めた。

「なるほど、正直に話します。

 突然、変化を示すアラームが鳴ったのです。

 モニターを見たら、消えていました。

 慌てて録画データを確認したのですが、何の前触れも後の変化も見つけられていません。

 この後、データを詳細に分析してみれば何かあるかもしれませんが」

「そうか。 とりあえず”一般公開”の台詞のある会話部分を見せてくれないか?」

 ビデオを確認すると、消えたタイミングは、残念ながら?一般公開についての会話よりも少しだけ前であることがわかった。

 わずかな可能性だったトリガー要素さえも、白紙に戻ってしまった。

「これも違うのか、タイミング的には関係ありそうだったのだが……」

「正確な出現時間がわかれば……あ、いえなんでもないです」

「やはり、お前たちも自然発生的では無いという見識なのだな」

「可能性ですからね」

「だとすると、異星人の仕業しか無いと思うが……。

 そうか、そういうことか。

 あたしを呼んだ日本政府はアホなのか」

「どうでしょうね。

 結局、何かできたのはあなただけですから」

「ははは、怪我の功名か、あんたお世辞も言えるんだな。まぁ、ありがとう」

「……このままでは、当方にはなんの成果も……」

 女性は、コルナの返答にも意味が無いと言うように呟く。

「なるほど、近い時間軸では他所での関連現象も無しか……」

「あっ、ずるいですね」

「あたしが何を知っても意味が無いさ。

 霊が関わって無ければ専門外の一般人だ」

「そういうことにしておきましょう」

「また会うことも無いと思うが、あんたみたいなのは好きだよ。

 では、邪魔したな」

「わたしも、あなたのこと素直で好きですよ。

 また、どこかで会えるといいですね」

「あの~、また出てくるかもしれませんし……」

 部屋主は、なんとなくフォローしたかった様だが、タイミングを逃したうえに歯切れの悪い言葉しか出てこなかった。

「そうだといいがな……いや、良くは無いな……お前ら、戻るぞっ」

 コルナの号令に従うように部屋主と友人Bはその場を離れた。すでに子分の状態だが、当人らは望んでそうしているのだろう。それに、コルナもそんな空気を読んだ上なのかもしれない。



 四人は、とりあえず部屋でお茶を飲んでいた。

「あの、僕の意見を言っていいですか?」

 友人Bが恐る恐るといった感じで言う。

「どうした?」

 コルナが応じる。

「やっぱり、これ宇宙人の仕業ではないですかね」

 宇宙人の仕業とは、イコール”宇宙人の存在の肯定”、さらに地球に関わって来ていることの肯定と同義だ。

「誰かが意図的にやったとしたら、誰かはそうかもな」

「他の答えって無いですよ。

 しかも、あんな人たちが幽霊調べに来るなんて思えないでしょ」

 友人Bは今度は力説した。

 幽霊でないのはコルナが最初に指摘していた。それが今、腑に落ちたのだろう。

「幽霊調査で無いのはその通りだ。

 さて、この宇宙に条件がそろう星があれば生物は生まれるだろう。

 だが、進化はどうだろうか?

 絶滅前に対応できる進化ができなかったら、そこまでだ。

 その試練を何度も乗り越えたのが地球だ。

 さらに、知的生命が発生していたとして、その存在期間の重複はとても怪しい。

 だからあたしは、宇宙人はいない、もしくは来ないと思っている。

 だが、宇宙は一つでは無いはずだ。もっと違う何かもあるかもしれん。

 それもパターンは無限にあるとも想像できる。

 宇宙に知的生命体の居る確率はそうとうに低いが、ゼロでは無いのは我々が証明している。であれば、無限を掛ければどれほどの確立になるだろう。

 だったら、時間も空間も次元も越える、そういう生物が居る所があるかもしれん」

「異世界人ってことですか?」

「そんな感じだ。宇宙人と大して変わらんか。ははは。

 まぁ、未来の人類が一番の候補なんだがな、UFOやUAPがそうだと言うやつも居るしな。

 ……あ、すまん。意味の無いことを言ったな」

 オカルト系の職業であるのに、SF的なものにも興味があるのだろうか。

「でも、やっぱりなんで?」

 部屋主が、無意味に問い返す。

「ああ、どのみち目的はわからん。

 だから、次の動きを待つしかない……。

 時間感覚が、人のそれと大差なければいいが、そうでないと、十年とか百年単位で待つことになるかもな」

「光年単位の奴とかかぁ」

「っていうか、それ忘れた頃かもやん、まさに」

「俺たちもう生きて無いかもな」

「珍しい体験ができたと思えばいい。

 じゃ、あとはあいつらの判断に任せよう。

 あたしは帰るよ。

 何かあれば呼んでくれていい」

 コルナは、ロフトの方を見ながらそう言うと、電話をかけつつ出口へ向かう。

「お世話になりました。おかげで、確かによい想い出になりました」

「ありがとうございました、僕は楽しかったです」

「愛してます。あなたに出会えたことだけでおつりがくる。 今度お茶でも~」

「ははは。 じゃぁ、またな」

 コルナは、楽しそうに笑いながら部屋を出て行った。

 その時、部屋主は、なんとなくロフトの方を眺めていた。

「じゃ、俺も帰るな」

「僕も」

「ああ、いろいろ世話になったね。

 何か変化があればお前らにも知らせるよ。

 次があってもまた同じだと厳しいかもだけどね」

「僕は、終わってないと思います」

「俺は期待して待ってるぜ。

 コルナ様に、またお会いしたいしな」

 友人Aは口に出すが、三人とも同じ思いだった。

 だが、三人の期待は外れ、それ以降、少女が現れることは無かった。しかし、コルナとはまた会うことになる、だがそれはまた別のお話。

 そして、調査用の機材もひと月ほどで撤収された。

 部屋主は、幾らかの手数料を受け取り、結果としては得した気分で事態は終了した。



 帰り道、コルナは電話をしていた。

 先に迎えの車を呼ぶために掛けて、その次に別な者へと掛けなおしている。

「何一つ掴めなかったのはまずいな、もしもだ……、

 ……これが異星人の仕業としよう。

 目的は、地球人の反応を見ることか?

 それで、向こうが得た今回の結果はなんだ?

 どんな技術かも不明だが、関係した者を把握している可能性は当然ある。

 今後、向こうの意図の範囲外の行動を取れば、一般人であっても消されるのでは無いのか?

 …………いいのか?

 あたしは知らないぞ……いや、できれば守ってやりたいと思っているさ。

 …………そうか、その言葉、充てにさせてもらうぞ」

 コルナは、微笑してから電話を切った。




 その後、部屋主たちは、やはり放置できずに、少女の写真を探し人”仮名:レイ”としてネットに公開し情報を募った。

 もし生者であれば、配慮されない個人情報や肖像権など問題になるかもしれないが、彼女が自分との関りがあるのなら、それは不問としてくれるのでは無いかと考えたのだ。

 とはいえ、ただの探し人の情報などネットで広がるわけでも無く、得られた情報は皆無であった。

 合わせて、自分たちで撮っていた写真やビデオを使って独自に解析も続けた。

 この件については、もう警察も動くことは無い。だが、どうしても放っては置けなかったのだ。

 その容姿になんらかの感情を持っていたのかもしれない。それとも専門家が関わっても未知に終わったことへの興味が大きかったもしれない。

 宇宙人に何かされる覚悟を興味本位とバカにされるかも知れないが、彼らは真面目だった。


 そして、ある日、三人宛にメールが届いた。

 タイトルは”--ありがとう--”。

 送信先アドレスは不明だが、差出人は”レイ”となっていた。

 内容も”ありがとう”のみだった。

 調査に来ていた機関へは知らせるか迷ったが、自分たちにだけ届いたのだとしたら本件について終息させてくれたのだと感じたからだ。

 以降、本件についての進展は何も無いのだが、部屋主たちはメールが来たことで彼女が無事であると想像することで確かに気持ちに決着を付けることができていた。



 ――――――――――



 二十二世紀の謀年謀月某日。研究所の様な施設の一室。

 周りを囲む機械類が二十一世紀のものにどこか似ているのは、人体用のインターフェイスの概念自体が近いのかもしれない。

 そんな部屋に二人の男が居た。

「じゃぁ、行って、来いっ」

 一人が、独り言の様にそう言いながら何かのインターフェイスのキーに触れた。

「さて、じゃ結果を見ますかね」

 もう一人が待っていたように応じる。

「ああ、やっと調べられるよ。

 実行するまでに知ってしまう状況は起こり得ないが、それは起こさないが大前提だからね」

「早く結果を見せてくれ」

 どこかにあるスピーカから了解と音声が流れると、目の前のディスプレイ画面いっぱいに文字列や画像が表示された。

「おや?」

「表示が進まない」

「どういうことだ?」

「これだけってことかな」

「あの時節では、心霊現象があれば、インターネット上に公開して広くアピールするはずだという分析だった。

 空に単純な光の点が動いてるだけでも大騒ぎするというのに……。

 ノイズとして省かれたデータにたまたま該当していたのか。

 リアル過ぎたか? いや、中の状態を見ればそうは思わないだろう。 五十万秒が短かったか? 位置が悪かったか?家具に重なる程度は想定したが、いっそ床や壁、天井等に少し埋まっていた方がその方面向けにはよかっただろうか……もっとも、座標はほとんど変えられないが……(今のこの研究所の場所なのだ)

 設計したDNAパラメータに仮想の成長過程を加えて作ったモデルを使ったのがやりすぎか、ランダム抽出の平均法程度にすべきだったか……」

 理由をあれこれ考えるが、どれも当初から検討し最善な選択として承知の上だった内容だ。


「しかもだ、当時の各国の機密データベースの内容がほとんどで、民間の情報はほとんど無い……」

「まぁ、ゼロでは無いから実験という部分は成功はしたのだろう?」

「そんなわけあるか~。これではドッキリの企画にならんじゃ無いか。

 そういうおふざけだから許可が下りたと言うのに……」

「人類史上誰しもが確認してみたかったことだからね。

 そのうえで関連法令を仕上げるのにも今回のデータは期待されていたはず。

 まぁそれでも、たしかに結果は出せたんだ、それに合う様に企画内容と報告書をそれぞれ書き直させよう」

「そうだな。 結果が想定方向とは違っていても、ちゃんと次に繋がる様にはしたいな、いや、しなければ、だ」

「で、改定案はどれにしようか?」

「似たようなのが三つしか出てないから、お前の好みでいいよ」

 すでに書き直されたという企画内容と報告書が眼前に表示されている。

「いや、待て、やっぱり俺自身が書き直すよ。

 一つ思いついたことがあるんだ。

 この三人はまだ御存命の様だ……会いに行ってみないかい」

「いいね」

「申請はしてないけど、出先の特定できないデータのみならかまわんよな?」

「ほう?」

「三人にメールを送るのさ。

 報告書にあった”レイ”って名前を使ってね」

「メールが届いたなんて書いてなかったぞ?」

「ああ、たぶん誰にも公表してない」

「なるほど。

 でも、今の三人に送るんじゃないのか?」

「そっちに連絡する時に”合言葉”に使うのさ」

「ああ、そういうことか」

 この後二人は、もろもろ事後処理を行い、後日三人に面会した。


 ―――――

 二人は娯楽用のコンテンツを作っていた。

 あえて現代風に言うとドッキリというやつだ。

 彼らが想定していたのは、過去の人々に幽霊を見せてその反応を楽しむという企画だった。

 ゆえに準備段階では、過去人の反応に関しての情報収集を一切せずに実行し、その後に確認する。

 個人が一般者の利用できるネット上に好きな情報をほとんど無差別的に公開するという時代なら、ひと騒動起こるだろうと想定したのだ。

 また、それは瞬間的では無く、以降も継続的になんらかの形で引用され続けるのではないかと。

 そして、公開後から現時点の期間中の情報を分析し得られた内容から面白いものをピックアップしてさらに編集するというある意味単純なものだ。

 ただし、投影するのにはまだ技術的制約条件があった。

 投影範囲(大きさ)に制限があること、動画ではほんの少しだけ不自然にずれる可能性があるのだ。そのため、今回は小柄な人物で静止画像とすることとなった。


 超精緻な3Dモデルの制作と超高周波数立体映像化の技術は実現されていたため、この時代ではしばしばそういう悪戯が行われていた。

 もちろんこれらの技術、本来は別な目的に利用される。単純な広告だけでなく、映画的ストーリーものなどをリアル空間に3D表現した世界に入り込むなどなど娯楽的なものが主ではあったが。

 そんなおり、過去の時間に投影できるという技術が開発され公示された。しかし、その可用性を証明するためのテスト方法が無いとも言われていた。

 大げさなものや特定の誰かの利益になるような使い方はしたくないと思案していた開発者に、この企画でテストを兼ねる提案を持ち込んだのだ。

 世界的に影響を与える可能性のあるこの実験だ。当然、世界の主だった国々の承認を得ているし出資もされている。


 この時代、技術の超進化は、人の多くの仕事を担い、寿命を遥かに伸ばした。つまり、人類の暇つぶしが大きな課題となっていた。

 それでも娯楽コンテンツはいくらでもあった。

 アウトドアでは行楽施設の充実と交通機関の発達や安全管理の自動化により誰でも思う様に行動できた。

 インドアでは、数十年単位で蓄積されたデジタルコンテンツをただ見るだけではなく、それらに好みのアレンジを加えることも容易、本人のし好にあったものを自動で見せることもあたりまえの世界。

 皆自分にあったものを消費するのでも手一杯のはずだった。

 そんな中、新しいコンテンツを求める声が高まっていた。いくら豊富なコンテンツでもある意味でパターン化していると感じる者たちが増えてきたのだ。

 それが、過去に細工をするという、やってはいけないがやってみたい、そういう発想に基づくものだった

 ―――――



 約二か月後、関連法令が施行された。この時代では時間のかかった方だろう。

 その内容は、おおまかには、やってもいいけど下記を守ること。

 大型の生物が飛行するのは禁止。

 あまりにも物理法則の推測ができないものは禁止(UFOは半重力で飛ぶとか、宇宙人の技術だからでもOK)。

 人物像は、過去に実在した者、および遺伝子からの推測、肖像画などからの創造などは禁止。

 また、解像度の最低数値(投影先の時点の技術で判別不可能なレベルであること)及び画像をぼかすための規程が詳しく決められた。

 この時点より将来実現される可能性のある物理現象を伴うものは、過去の心霊現象(ポルターガイストとかラップ音とか)として解釈できるもの以外は禁止。

 意味の無い模様は良いが、図形や文字(どの言語も)は禁止。

 影響可能な時間範囲は千九百七十年一月一日から二千三十年十二月三十一日までのみとする。

 などなどだ……。

 そして、しばらくの期間、この大げさないたずらは大ブームとなった。

 特にUFO/UFAは人気で、いろんな意味でネット環境が整った二千二十年台はかっこうの的になった。

 しかし、すぐにそのブームは去り、そして数年後、物理現象の利用も実現可能となり再度ブームとなって、そしてまた終息した。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ