第二章『王子様の策略とひとりの女の子』-07-
「さて、作戦会議といこうか」
学校も終わり、帰り際に鳴った携帯を見るとチャットアプリには『駅前のファーストフード店に集合』と萩原から連絡が入っていたので、いつも降りるバス停を通り過ぎて駅前まで行き指定された店内に入ると、ひと足先に到着していた王子様は珈琲を嗜みながら手招きをする。
席について買ってきたポテトを頬張りつつ、何故だが乗り気な萩原に疑問しか浮かばないのだが元々は自分から相談した案件なだけに素直に頷いた。
「とりあえず、中庭でも話したとは思うが鈴本が最初にする事は普通に女子と会話が出来るようになる事だな」
「……それは分かってる。だけど、俺は何をすればいいんだ?」
自分自身でもこの拒絶反応は厄介だと思う。
当初は裏切られてフラれたという事実から少し大袈裟に過剰反応しているだけだと思っていたのだが、女子と話していたりして相手の打算や嫉妬などそういった感情や意図ある行動を感じとってしまうと『気持ち悪い』という感情は抑えきれにほどに溢れ出てきてしまうのだ。
勿論、全てがそうではないだろうという萩原の主張も理屈的には理解出来るのだが、それを否定するという精神的な負担を放棄した時からきっと時間は止まっていたのだと思う。
「まずは女子と話して相手としっかり関わってみる所がスタートラインだと思うから、林間学校の班行動では積極的に相手を知ろうとして欲しい」
「……あまり気が進まないが」
「でも鈴本はその状態で仮に図書室の彼女とまた再開した時にちゃんと話す事は出来るのか?」
萩原の言葉にぐうの音も出ない凛太郎は眉を寄せてぐぬぬと唇を結ぶ。
「……分かった、そうしたら九条さんにーー」
「静香だ」
「……ん?」
「鈴本が最初に話す相手は九条さんじゃなくて静香だ」
凛太郎の言葉を遮って放たれた名前に何度か瞬きをして聞き返したがそれは幻聴でもなくどうやら現実らしい。
その名前を聞いて唖然とした凛太郎を見る萩原の表情は相変わらずの笑顔だが、こちらからすればその表情は悪役のそれにしか見えないくらいに恐怖しかない。
「いや、ちょっとまて急にラスボスと戦えっていうのか」
「そんなことはないだろ? 静香はかなり話しやすいと思うけよ」
「それはお前のスペックがあっての話だろうが」
「じゃあこの話は無かった事にーー」
席を立とうとする萩原の肩を咄嗟に掴むと、そうする事は分かっていたかの様ににんまりとした笑みを溢した萩原はゆっくりと腰を下ろす。
「本性でやがったな」と小声で呟いた凛太郎に「今、なにか?」とすぐ様反応する萩原に引きつった笑顔だけ返すと、いつもの王子様スマイルを浮かべて話を続けた。
「とりあえず最初にするべきことは先ずはアプリでの連絡」
「……連絡って特に話すことなんてないけどな」
「それを言ったら始まらないだろ? 先ずは挨拶でもして林間学校の話題でもなんでもいい。アプリで話をするのは毎日してもらって勿論学校でもなるべく話す」
「毎日……じゃないとダメなのか?」
「うん、じゃあこの話はーー」
「善処する」
納得は行ってない感も満載ながらも半ば強制的に受け入れることを余儀なくされた凛太郎に、満足そうに珈琲を一口飲んで笑顔で頷くと萩原は更に続ける。
「日々の連絡はあくまでも通過点で最終的には静香の恋愛相談に乗ってあげて欲しい」
「ーーはい?」
「多分だけど静香は好きな人いると思うからその相談相手になることが最終目標だね」
王子様スマイルで掲げられた最終ミッションに開いた口は塞がらない。
そもそもクラス内でも存在感のある陽気なギャルという段階で、今の凛太郎からすれば初期装備のまま魔王と戦いに行くようなものだ。
それがギャル+恋愛相談なんて鬼に金棒どころの騒ぎではない。
なによりも女性のそういった恋愛感情や利己的な部分が感じ取れてしまう状況に対して拒絶反応が出てしまうのに、これじゃあ自分で爆弾を抱えたまま戦地に突っ走っていく様なものだ。
「いやーー」
「大丈夫。“まだ”リハビリみたいなものだし、どちらにせよこの部分の偏見を治さない事には先に進めないだろ?」
表情は相変わらずの爽やかな笑顔なのだが、有無を言わさない圧を感じるのは気のせいではないだろう。
段々と目の前にいる同級生が鬼教官に思えてきたが、当の本人は「リハビリだから」と繰り返す。
何よりも恐ろしく感じたのは先程の発言の中で『まだ』という二文字があった事だが、それに関してつっこむ勇気と度胸は現状持ち合わせてはいなかった。
「……わかった。とりあえずやれるだけやってみる」
「よろしい。林間学校まであと一週間あるから頑張れよ?」
残った珈琲を飲み干した萩原はトレーを持って立ち上がると「この後予定あるからお先に」と席を後にする。
そんな萩原に歪な笑顔で片手を力無く振って挨拶を返すと一人テーブルに残された凛太郎は重いため息を落としてぐしゃっと掌で頭をかいた。




