04 こころの靄-2-
「失礼します、葛木先生のデスクから林間学校のプリント持っていきます」
職員室に入り葛城の机の上に用意してあったプリント用紙を手に取ると室内に居た教員に会釈をしてその場を後にする。
荻原の手に持たれているプリント用紙は想像していた量とは異なり、片手で十分に持てるだけの量だけになぜ自分が手伝ってくれと言われたのかと疑問が浮かんだが、理由を悟るのに時間はそう長くは必要なかった。
「少しは落ち着いたか?」
教室から職員室までの間は特に会話もなく歩いていたのだが、プリントを受け取ってからの帰り道に前を歩く萩原から投げかけられた言葉に一瞬歩みを止めた凛太郎は重い口を開く。
「……ん、まあ」
「そうか、ならよかった。聞かれたくないこともあるよな」
振り返ることはないまま返答を返す萩原の言葉に相槌程度ではあるが返答をして口をつぐむ。
萩原があの短い静香との会話の中でどれだけを理解して、何を感じ取ったのかは分からないが助けてもらったという感覚は凛太郎の中では明確な真実で、上手く言葉には出来ないがそれでも素直に萩原の問いに対して肯定出来たのは感謝の気持ちからだろう。
クラスはもちろん学年で見ても人気者で容姿端麗、成績優秀、運動神経も良くその上で空気を読んでそこまで親しくもない自分をさらっと助けてしまうってどんな完璧なやつなんだよと前を歩く萩原の背を見ながら苦笑を溢してしまったが嫌な気は一切しなかった。
「戻りました。プリント教壇の上に置いておきます」
教室に戻りプリントを渡すと教室に戻ってきたのに気付いた静香がこちらを見て軽く手を降る。
会話の続きをされるのではないかと内心ひやひやしたのだがそれ以降静香は先程の話題には触れることもなく他愛無い話を少しした所で授業終了を知らせるチャイムが鳴り凛太郎は安堵の吐息を吐いた。
四角にくっつけられた机を元の配置に戻すと各々が自分の席に戻っていく中で「まあ、楽しもうな」と声をかけてきた萩原の笑みはいつもの爽やか全開な笑顔とは少し違って、どこか人間味を感じるものだった。
「ただいま」
学校もその後は問題なく終わり帰宅をすると、部屋から出て来たところで帰宅に気づいた沙由は立ち止まり目線を数秒だけ送ってくると片手に持った麦茶を一口飲んで無言でリビングへ向かう。
無視なら無視で構わないのだが、止まってこちらをみたのであれば一言おかえりがあってもいいのでは? なんて事を思いつつ小さくため息を溢した。
早めのシャワーと食事を済ませて今日は色々あっただけにアニメ三昧にしようと心に決めて帰宅してから数時間後の深夜一時。
現状見ている作品の最終話まで見終わってキリがいいので今夜は就寝しようとタブレットの電源を落として真っ暗になる室内で布団を掛けて瞼を閉じる。
疲れもあり既に深夜一時という事もあるので、すんなりと眠りにつけると思っていたのだが瞼を閉じて頭の中に浮かんできたのは昼間に静香から発せられた名前。
どれだけ考えたとしても既に終わった出来事で意味のない事だというのは理解している。
それでも胸の奥から出てくる表現し難い苦しい感覚。ただ自分が落ちていくような締め付けられるような。
焦燥感と自分一人が世界に取り残されてしまったかのような孤独感に苛まれ体は疲れているのに頭だけはやたらと冴えていた。
久しく感じていなかった感覚だが、こうなってしまうと集中してアニメも見ることも出来ないのは自分自身が良く分かっている。
眠れないのでベットの縁に置かれている携帯を手に取ると画面にはブログの更新通知のバナーが表示されていた。
開いた彼女のブログはいつも通りの一枚の写真と今日という日に感じた事が綴られている。
純粋に思った感情をストレートにでも繊細に語られている文面に心に掛かった靄が少し薄れていく感覚になる。
自分自身でどれほど考えても解決出来ない感情で、誰の声も届かなかったのに何故かこの小さな画面に映し出されている文字は心を軽くしてくれる。
思い返せばこの時は相当参っていたのかもしれない。
何を言っても言い訳のようになってしまうし、後悔先に立たずとはよく言ったものだが、気づけばコメント欄をタップして今の思いを書き出していた。
勿論過去の出来事なんか話したりは出来ないし、このブログの彼女からすれば突如送られてきたコメントに困惑するのは分かっている。
それでも、この人に自分の心の中に居座るもどかしさを少しだけで良いから聞いて欲しかったのかもしれない。
翌朝、携帯から鳴る無機質な目覚ましの音に目を覚ます。
枕元に置かれた携帯のアラームを消して、ディスプレイに表情されているコメントを送信しましたという画面に、重いため息を吐くと掌で顔を覆った。
昨夜、感情のままにしてしまった自分の行動に後悔の念を激しく覚えつつも既にどうすることも出来ない現実なので諦める他ない。
そこから数日は特に変わったこともなく林間学校の話し合いなどは行われるも、持ち物の話や集合時間などの業務的な内容だけで女子グループとの関わりもないがあの日に呼び起こされた心の靄は晴れることはなく、ずっと胸の内に残ったままだった。
特にネガティブな出来事なんて起こってもいないのに落ち込むような感覚に苛まれながらも過ごす日々で、一度は克服したと思っていたのだが自分自身の弱さに嫌悪感すら覚えた。
「鈴本、林間学校の連絡を取りたいから携帯いいか?」
お昼休みに入るチャイムが鳴りいつものように鞄から登校の時に買ってきたパンの袋を取り出していると、背後からかけられた声に振り返る。
視線の先にいた笑顔の王子様は、携帯でアプリの画面を表示させ凛太郎の机に置いた。
静香発信らしいのだが林間学校での連絡のやり取りや、各班ごとにある課題の連絡のためにチャットアプリでのグループを形成してのやり取りをした方が効率が良いとの事で、その為に連絡先の交換をしたいらしい。
高校に入ってからは特に親しい交友関係もなく友人と個人間での交流はなかったのだが、特に断る理由もないのでその場でコードを表示して連絡先の交換をすると「ありがとな」と笑う萩原に軽く頷いて挨拶を返した。




