03 こころの靄-1-
第一章
「あーーウチらここだよね?よろしくー」
ペアとなる女子とのくじ引きが終わると各グループ事に班長決めがあるということで机を四角に付けての話し合いの時間になる。
くじ引きは男女ともに代表者が引いた番号が同じだったもの通しがペアになるというシンプルな方式であったが、女子たちの視線が萩原がいることによって集まるのは必至なので「悪いけど頼んだ」と一言伝えると萩原は笑顔で頷き教壇へ向かった。
クラス内の女子の名前すら今だに一人も覚えていないだけに誰が来ても一緒というイメージではあったのだが、声をかけられた方に視線を滑らせると凛太郎は眉尻を下げて口をつぐんだ。
片手をひらひらと振って軽い挨拶してきた彼女は、ロングヘアーに明るめの薄茶色な髪色。毛先は軽めにカールされており、恐らく付け睫であろう長い睫毛は目元を大きく強調する様に重力に逆らっている、要するにギャルという生き物だ。
もう一人のペアの女子生徒に関しては黒髪ショートにメガネを付けており、この季節だが真冬かの様な肌の白さの文芸部に居そうな物静かな雰囲気の女の子でギャルの一歩後ろから「よろしくお願いします」と会釈をした。
あまりにも分かりやすく正反対のタイプに葛城の徹底具合が伺える采配に凛太郎は苦笑を溢す。
「よろしくね佐伯さん」
「んー静香でいいよ? みんなからそう呼ばれてるし」
「分かった。 九条さんもよろしく」
既に滞りなく場を回し始めている萩原が上手い事二人に挨拶してくれたおかげで名前を聞かなくて済んだことに安堵の息を漏らす。
流石に入学してから二ヶ月で大半のクラスメートは名前くらいは皆覚えているのだがクラス内でも男子生徒の数人しか認識していない凛太郎としては少人数での班内で名前も分からないのはどうしたもんかと頭を悩ませていたからだ。
「あ、あの、鈴本さんもよろしくお願いします」
「きららは真面目だねー。鈴本もよろ!」
凛太郎に視線を映した九条が会釈をすると、その姿を見た静香も同様に声を投げかける。
そんな二人に片手をあげて「よろしく」と一言、挨拶を返した。
明らかに賑やかそうなギャルの名前が静香で、大人しく礼儀正しい子がきららという如何にもギャル受けしそうなキラキラネームという現実に名前反対じゃないのか?と思わずツッコミたくなったは頭の中に留めておいた。
班決めに関しては授業の残り時間の20分程度と時間の猶予はかなりあったのだが、この班に関しては静香の「萩原でよくない?」の一言であっさりと決定した。
こういう時のギャルの遠慮のなさは正直助かるし、その提案に対しても嫌な顔ひとつせずに二つ返事で笑顔で返す萩原の対応力も素直に凄いと思う。
そんなこんなで他の班よりも遥かに早く班長決めが終了しただけに時間も余り萩原は今度行く林間学校の話など会話を繋げているのだが静香は凛太郎に対して瞳を眇めながらやたらとじっと視線を向けてくると、ハッとした表情を見せるや口を開いた。
「……あっ!やっと思い出した! 鈴本って昔、あいなと付き合ってたよね?」
「ーーーーっ」
その言葉を聞いた瞬間に金縛りにあったかのように身体は固まり動悸は早くなる。
「なんか、ずっと引っかかってたんだよねー私、あいなとは中学の時に同じ塾で仲良くなってさ? 夏祭りの時に少し話したことあるけど覚えてないかー」
静香が悪気があってこの会話をしたのではないことは理解出来ている。
それでも、心の中で鍵をかけていた扉を無理やりこじ開けられた感覚で、その中から漏れ出す感情はとても暗く重い記憶。
心と体の回線を急に切られた様な感覚に上手く返事も出来なければ動悸が止まらない。
今自分はどんな表情をしているのだろうか? 萩原の様に笑顔ではいられないけれど、いつも通りに普通に出来ているのだろうか?
考えれば考えるほどに胸の奥は沈み気持ち悪いという感情が思考を一杯にする。
いち早くこの会話を終わらせたいので何かしら応えようにも声が出ないし呼吸は上手く出来ない。
「鈴本、そういえばさっきのくじ引きの時に葛木先生に林間学校のプリントを職員室に取りに行くように頼まれたんだけど付き合ってくれないか?」
俯いて動けなくなっている中、突如席を立った萩原は凛太郎の肩に手を置いて笑顔で問いかける。
その声に小さく頷いた凛太郎も同様に席を立つと萩原は残された二人に「ちょっと行ってくるね」と告げると目配せで外に出る合図を送ってきた。
凛太郎としては願ってもない提案で、今この場に留まるのは冷静な状態を保てる自信がなかっただけに呼吸はまだ浅いままだがそっと吐息を落とす。
教室出口付近まで足を進めた萩原は教壇に向かい「行ってきます」とだけ伝えると葛木は早めに頼むぞと返ってきたので二人は教室を出て職員室へと向かった。




