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三話

琴葉と千早が一緒に下校する。

そんなとき、嫌な悪寒を感じて琴葉が振り向こうとすると、何かに襲われる。

千早と一緒に逃げる。

千早曰く、それはフチガミというまつろわぬ神様。

「琴葉の血を吸わせて」

その願いに頷き、千早に血を吸わせると、彼女は銀髪に身を変えて、化け物を倒したのだった──。

「おはよう、千早」

「おはよう、琴葉」

 翌日、二人は自転車を押して学校までの坂を登っていく。

 琴葉は千早の顔色が悪い事に気がつく。

「千早、体調良くない?」

「んー、ちょっと寝不足なだけ。琴葉こそ大丈夫だった? 何も起きてない?」

「うん。私は平気。元気なのが取り柄だしね」

「ならよかったわ。今日も一緒に帰りましょうね」

「うん。じゃあ今日は私が千早のナイト様になるわ。送っていってあげる」

「私は大丈夫よ、私なんて襲わないだろうし」

「えー、そんな事ないよ。千早めちゃくちゃ美人なんだから不審者に狙われるかもしれないよ?」

「私なんて普通よ」

「ううん。千早はめっちゃ美人。リピートアフターミー、千早はめっちゃ美人」

「琴葉はとっても美人」

「あー、もうからかわないでよー」

「からかってなんてないわ。あなたは本当に素敵よ。思わず見惚れちゃうくらいにね」

 千早が微笑みながらウィンクする。思わず琴葉は見惚れてしまう。

「ず、ずるい──。ウィンクくらい私だってできるんだから。ほらっ、ほらっ──」

 琴葉がウィンクを連発する。

 千早がした時は何かエフェクトがかかっていた気がしたけれど、悲しいかな己のウィンクにそんなエフェクトがかかっている気はカケラもしなかった。

「ふふふ、琴葉は可愛いわね」

「むー、圧倒的な敗北感──」

 琴葉が項垂れる。

「ほら、もう学校よ。今日も一日頑張りましょう」


 そして一日が始まっていく。


   §


 ホームルームをして、授業を受けて、二人でご飯を食べて、また授業を受けて、最後にホームルームをして──何事もなく一日が過ぎていった。ただ一つ、休校者が増えていた。

 ホームルームでは繰り返しになる不審者への注意喚起がなされ、放課後は早く家に帰るように伝えられた。


「じゃあ、帰りましょうか」

「うん」

 琴葉と千早が自転車に乗って帰宅する。夕日は少し陰っていた。

 一日を振り返りながら、なんて事のない会話を楽しみながら二人が自転車を漕ぐ。林道近くの信号で赤信号待ちをする──その時だった。

 琴葉は昨日感じた薄寒い、嫌な気配と視線を感じる。

 振り返っちゃダメだ──直感がそう訴えかけている。

 しかし抗えずに振り向こうとする。

「危ない──!!」

 横から千早が琴葉を自転車ごと押し倒す。

「きゃっ──!?」

 琴葉が林道に倒れ込む。

 擦り傷まみれで立ちあがろうとした所で琴葉は自分の自転車がへしゃげているのを見る。

 正確には現在進行形で何か見えない巨大なものに握られていくように自転車がぐにゃぐにゃになっていく。

 ありえない光景に琴葉は身をすくめて固まってしまう。

「琴葉! 走るよ!」

 千早が琴葉の手を引いて林道の奥の方に向かって走り出す。

「待って! 待ってよ千早!」

 手を引かれるがままに琴葉も走り出す。

 後ろからは自転車の軋む音がする。ギシギシといって、そのあとは急に剛性を失ったかのように圧縮されたように捻じ曲がっていった。そして琴葉は再び薄気味悪い寒気と視線に追い立てられる。

 後ろから圧迫感と共に何かが迫ってくる。

 その感覚に琴葉は背筋が粟立つ。

 しばらく走ると山小屋らしきものが見つかる。

「あれに入るわよ」

「う、うん──」

 そこは冬季の避難所にもなっている山小屋だった。十畳くらいで結構な広さがある。

 急いで中に入って鍵を閉める。

「はあ、はあ、はあ──」

 琴葉の身体から遅れたようにして汗が一気に湧き上がる。ぜえぜえと荒い息を吐きながら呼吸も絶え絶えに千早に問いかける。

「千早、さっきの、あれ、何──?」

「アレはフチガミ。この和渕のまつろわぬ神様よ」

 対する千早は息一つ切らしてはなかった。

「神様!?」

「そう。あなたを狙ってるの。さっきは咄嗟に庇えたけど。次も同じように出来るかは分からない」

 千早は顔色ひとつ変えていなかったが、琴葉を掴んでいなかった方の手がひしゃげている。

 まるでさっきの自転車のように。

「千早!? 私を庇って? どうしよう、どうしよう──痛いよね。どうすればいいんだろう? ああ、もう急なことで全然分かんないよ」

「大丈夫。琴葉、落ち着いて」

「落ち着いてなんていられないよ!」

「大丈夫。大丈夫だから──」

 千早が琴葉を抱きしめる。

 その時だった。山小屋の扉からミシミシという嫌な音が走り始まる。

「フチガミが来たわね」

 ドンドンと叩きつける音が繰り返し聞こえる。もう、扉が破られるまで僅かであった。

「どうしよう──どうしよう千早」

「落ち着いて。琴葉、お願いがあるの。あなたの血を吸わせて。それでこの場は凌げるから」

「血──!? なんでそんな──」

「お願い。もう間も無く扉が破られるわ。その前にあなたの血を吸わせて。そしたら私がやっつけてあげるから」

「本気──?」

 動揺する琴葉の目とは対照的に千早の瞳は凪いでいて真剣だった。

「お願い──琴葉」

「──分かった」

 琴葉が制服のブラウスのボタンを外して首筋を晒す。

「あんまり痛くしないようにするから──」

 そう言う千早の口元にはいつの間にか牙が伸びていた。

 千早が琴葉を抱きしめながら牙を突き立てる。

 琴葉の白磁のように滑らかな柔肌に細く赤い血の痕が流れていく。

 琴葉は一瞬痛みを感じたが、不思議と満たされるような、奇妙な安堵感を覚えた。

 まるでこの感覚を知っているみたいに──。

 一瞬とも無限とも思える時間をかけて千早は琴葉の血を愛おしそうに吸うのであった。

「──ありがとう。琴葉、大丈夫?」

「うん。ちょっとふらつくけど平気──それよりも千早、あなた髪が」

 千早の髪の毛は腰よりも長く伸びていて、真っ黒な艶髪は真っ白に、いや白銀に変わっていた。

「なるべく早く終わらせるから。琴葉は後ろに下がっていて」

 琴葉は状況を全く呑み込めていなかったが、千早を信じて、後ろに下がる。

「うん──気をつけてね」

 その時ミシミシという音が限界に達して扉が破られる。

 そこにいたのは白い大蛇だった。

 琴葉の体ほどの太さの五メートルはありそうな大蛇だった。

「これが──フチガミ」

「そう。その末端よ」

 シャーという鳴き声を発しながら大蛇がチロチロと舌を出し入れして様子見する。

 千早の姿が変質したことに警戒しているようだった。

「帰るのなら今のうちよ。私の琴葉には指一本触れさせないわ」

 千早が前傾姿勢で構える。

 その険しい顔は牙が覗いており、両手に構える指の爪も鈍色に光って伸びている。

 両者の睨みあいが続く。

 ジリジリと千早が間合いを詰めていく。

「シャー!!」

 静寂を先に打ち破ったのは大蛇だった。

 腹を引きずりながら移動して顎を大きく広げて千早に迫る。

 まるで牙で噛み砕くか、丸呑みするかのようだった。

「千早!」

 琴葉が思わず叫ぶ。

 しかし大蛇の一撃は空を切る。

「遅い──!!」

 高くジャンプした千早はその勢いで空中で身をくるりと回転させる。そのまま身を反転させて天井を踏み台にして勢いよく大蛇に飛びかかる。

「はあっ──!!」

 目にも止まらぬ速さで大蛇の脇を通り過ぎる。

 遅れて大蛇の身体から赤い血飛沫が上がった。

「シャー!!」

 大蛇が痛みに耐えかねてのたうち回る。

「まだまだ!」

 千早が連撃を繰り出す。

 何度も爪で切り裂いていく。見る間もなく辺りは血まみれになっていた。

 大蛇が逃げるようにうねる。

 爪を避けるように、室内を縦横無尽に動き回り、ふとした瞬間その尻尾が琴葉の元へと伸びた──。

「琴葉!」

「きゃっ──」

 千早が勢いよく飛びかかり身を挺して大蛇の尻尾から琴葉を庇う。

 グシャリと鈍い音がした。

 まるで骨が砕けたような、そんな生理的に不快感を催す音だった。

 琴葉はまるで時が止まったかのように感じた。

 琴葉に覆い被さっていた千早が膝をつく。

「ゲホッ──」

 硬直する琴葉の目の前で千早が鮮血を吐く。

「琴葉──よかった」

「千早! 血が──いっぱい血が!?」

 大蛇がお構いなしに尻尾で千早の背中を叩き続ける。

 その度にミシミシと嫌な音が室内に響く。

「あはは、カッコ悪いところ見せちゃったわね──」

「もうやめて! よく分からないけど私が目的なんでしょ? 私が食べられれば──」

 琴葉が懇願するように千早を見つめる。

「それはダメ」

「なんでよ!」

「だって私が琴葉を守りたいから──ちょっと泥臭くなるけどごめんね。なるべく後ろに下がっていて」

 すると千早は振り向きざまに殴打していた大蛇の尻尾を掴む。

 大蛇が力を込めて振り解こうとするが深々と爪が立てられ、万力のように締め上げた指がそれを許さない。何度か試した大蛇は諦めると千早を頭から飲み込むように口を開いて襲い掛かる。

「させないわ!」

 千早が全身に力を入れると、大蛇の巨体が持ちあがる。そのまま小屋の外に向かって勢いよく投げたのだった。まるで紙屑をごみ箱に捨てるかのように無造作に投げられた大蛇は小屋を突き破って外に投げ出された。

 細腕からは信じられない怪力に琴葉は千早が何か超常じみた力の存在なのだとようやく理解したのだった。血を吸ったから?

 そんなことを考えていると千早が大蛇を追いかけて外に飛び出す。

 琴葉は逡巡するが意を決して千早の後を追う。

 倒壊しそうな小屋から琴葉が外へ出ると大蛇と千早の激しい攻防が始まっていた。

「はあっ──!!」

「シャー!!」

 千早が爪をふるい、大蛇が尻尾で受け止め、鮮血が辺りに散らばっていく。

 大蛇が対抗するように牙をふるい、尻尾を鞭のようにしならせて千早の身体を打とうとする。

 それをバックステップや跳躍で躱しながら何度となく爪を立てていく。

 大蛇の動きが少しずつ鈍くなってるように琴葉には見えた。

 と言うかなんでこんなにはっきりと千早と大蛇の戦う姿が視えるのだろう?

 琴葉は不思議に感じていた。二人は目にも止まらぬ速さで動いている。犬や猫の比じゃないスピードだ。それでも琴葉ははっきりと戦う姿を、戦況がどうなっているのかを観察することが出来た。運動神経が特別よかったわけでも、動体視力が特別よかった覚えもない。けれどもよく視えていた。琴葉の目にはひしゃげていたはずの千早の腕が治っていたのも見えていた。

 戦況は千早が優勢になっていた。

 大蛇は血を流し過ぎていた。

 けれど油断は出来ない。

 未だに大蛇は千早を倒そうと襲い掛かってくる。

 大蛇が勢いよく千早に突っ込んでくる。

「これでおしまい──!!」

 千早がすれすれで躱しながら大蛇の首元に己の牙を突き立てる。

 大蛇が振り解こうと藻掻くが徐々にその動きは小さくなり、そして大蛇の姿が薄くなっているように琴葉には見えた。千早が血を吸うごとに大蛇は透けていき、ついには消えてなくなってしまった。

 血だらけの地面の上に千早一人が立っている。

 辺りは凄惨な光景だったけど、その中に白銀の髪の毛をなびかせている千早の姿はとても美しくて、思わず琴葉は見惚れてしまった。

「ぺっ──美味しくないわね」

 千早が飲み切れなかった血を吐き出す。

 そしてそのままぷつんと糸が切れた人形のように倒れてしまった。

「千早!」

 琴葉が駆け寄る。

「千早! 大丈夫? 大丈夫じゃないよね? 痛いよね?」

「大丈夫。すぐに傷はふさがるわ。折れた骨も元通り、琴葉の血のおかげね」

「私の血のおかげ?」

「そう。詳しくは後で話すわ。今は少しだけ休ませて。少しだけ──」

 千早が目を閉じる。

「千早?」

 暫くすると静かな寝息が聴こえてきた。

「もう──なんなのよ」

 琴葉はようやく冷静になり始めて、状況を理解しようとしたが、無駄な事だと諦めてしまった。

「でも、ありがとう。千早──」

 ただ、身を挺して助けてくれた千早に対して感謝の念を込めて、優しく髪を撫でるのだった。


   §


 千早が目を覚ましたのは十分ほど経ってからだった。

 陽はとっぷりと沈んでいた。

 琴葉の膝枕の上で寝ていた千早がゆっくりと目を開ける。

「──琴葉。どのくらい寝てた?」

「たぶん十分くらい」

「そっか。膝枕──ありがとう。ずっとこうしていたいくらいだわ」

 千早が起き上がる。その制服は所々破けて血まみれだった。

「千早、その、血とかは大丈夫なの?」

「身体はめちゃくちゃ痛かったけど大丈夫。折れた骨も、流れた血も元通り。服は──マンションに戻って着替えないとね」

「ねえ、なんで──そんな身体なの?」

 琴葉が戸惑いがちに問いかける。

「まあ、歩きながら話しましょう。マンションまで近いし」

 千早が立ち上がる。

「うん」

 琴葉も立ち上がって、二人は歩き始めた。


三話です。

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