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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

夏のホラー2023

恋獄坂 〜河川敷で死体が出た日、僕は幼馴染みに告白された〜

 その日は、三限目で臨時休校になった。


 寄り道も禁止ということで、生真面目だけが売りの僕は、高校の担任の言いつけ通りまっすぐ家路についていた。


「あ! やっぱりそっちも休校(おやすみ)だよね」


 家の前まで続く、なだらかな坂道の途中。

 右手から合流するT字路で目ざとく僕を見つけ、駆け寄って右隣を歩きだしたセーラー服は、小中学校と何度か同じクラスだった本田さん。


 初夏の微風(そよかぜ)に乗って、仄かに柑橘系の芳香(いいにおい)がする。


「……さすがにね。市内の小中高はぜんぶだと思うよ」


 彼女のフルネームは本田(ほんだ)愛里(あいり)。くるくる変わる表情と過剰(オーバー)なリアクション、そのたびゆれるポニーテールがトレードマークの、小動物みたいに可愛らしい女の子だ。


「そっかあ。……ねえねえ、そんなことよりさ」


 家が近くて母親同士の仲もいい。

 我が家に母親と一緒にご飯を食べにくることもあった。

 まあ、いわゆる幼馴染(おさななじみ)というやつだ。


 昔は二人でゲームをして遊んだりしたものだけど、中学のころそれを同級生にからかわれて以来、部屋に閉じこもって勉強するふりでやり過ごしている。


「きみに聞きたいことがあるんだけど」


 ちなみに彼女の方はそもそも、バグり気味の距離感で接しては勘違いした男子に告白(コク)られる日常だったので、僕のそんな苦心など気にも止めていないようだ。


「うん?」


 素っ気なく返事をしながら、ちらりと彼女に視線を向ける。

 その反対側を黙って歩いているのが、中学のころに転校してきた白河(しらかわ)紗月( さつき )。物静かで、長い黒髪に色白のすらりとした美少女。


 話題を振られても、か細い声でぽつりぽつりとしか話さない彼女とは、同じクラスになったこともない。

 本田さんと通う女子高が一緒の彼女は、いつも連れ立って帰る。なので今日のようにたまたま時間がかぶって合流したときは、基本こんなふうに三人並んで家に帰るのだった。


「いま、好きな子とかいたりする?」


 で、そんな踏み込んだ質問を投げかけてくるのはもちろん本田さん。この距離感バグが、いたいけな少年たちを惑わすのである。


「……いない。そういうの興味ないから。受験もあるし」


 まっすぐ前を向いて歩きながら、生真面目な答えを返す。自室(こころ)の扉を閉ざす。そうしておけば、触れたくない話をしなくてもいい。


「ふーん。……でもわたし知ってるよ、きみの好きなひと」

「いや、だからほんとにいないんだって」


 否定を重ねながら、再び彼女たちの方に視線を向ける。

 こちらを覗き込む本田さんのまぶしい笑顔越し、白河紗月の青白く美しい横顔は、関心なさそうに前を向いていた。


「えー、そんなわけないけどな。あ、でもたしかに、いないって言えばもういないか」


 急に何か納得したらしい彼女は、片手でスマホを操作しはじめる。

 歩きスマホはよくないと思うけど、注意したところで「そういうマジメなところが好き」とかなんとか誤魔化されるので、やめておく。


「ほら、例の事件の」


 いまこの町で「例の事件」と言えば、臨時休校の理由でもあるあれ(・・)しかないだろう。


 今朝のことだ。

 町はずれの河川敷で、十代と見られる若い女性の変死体が発見された。

 下着姿で腹部には無数の刺し傷があり、頭部は身元がわからないほど焼けただれていた。──脱がせた衣服を、顔の上で燃やしたらしい。


「あれがそうだよ。だから、もうこの世にいない(・・・)のはたしか」


 僕は困惑した。

 彼女は、いったい何を言い出すんだろう。

 実際に同世代の女性が亡くなったというのに、冗談にしてはあまりに不謹慎で、まったく笑えない。

 たしかに距離感はじめ多少デリカシーに欠ける面もあるけど、とはいえ人の死をネタにするような子ではなかったはず。


「……自分がなに言ってるか、わかってる?」

「うん。あれ(・・)が、きみの好きな女の子──白河紗月だって言ってるの」


 ──は?


 僕は絶句して、足を止めていた。


 いろいろある。

 自分が白河紗月に向けていたひそかな好意を、見抜かれていたこと。

 それを紗月本人の目の前でバラされたこと。

 しかも、親友のはずの彼女を猟奇殺人事件の犠牲者扱いしていること。

 紗月本人がこの場にいるというのに。

 

「本田さん、ちょっとおかしいよ。なにかあった?」


 どうにか平静を装う僕の鼻先に、返答のかわりにぐいと突き付けられるスマホの画面。映っていたのは、草むらの上に仰向けに寝かされた下着姿の少女の写真。


 なまめかしい曲線を描く腹部を中心に、紅い血の色が青白い素肌の上を侵蝕するように拡がって、鮮やかな対比(コントラスト)を成している。ぽつぽつと点在するどす黒い赤の模様は、刺し傷の痕なのだろう。

 おへその辺りには黒い棒状のものが生えて(・・・)いて、我が家にある果物ナイフの()と似ている気がした。


「きれいでしょ。記念に撮っちゃった」


 画面をスライドさせ、再び目の前に突き付けてきたのは上半身のアップ。

 顔は紗月のものに見えた。白いレースに飾られたささやかな胸のふくらみに、半開きの唇と虚ろな目はどこか恍惚の表情のようで、思わず見惚れてしまう。


「いや、だって白河さんは」


 たぶん、はやりの画像生成AIでも使ったのだろう。そうに決まってる。きっと僕はこの二人にからかわれているのだ。


 でなければ、もし本当に事件の犠牲者が紗月なら、犯人は自動的に本田さんということになる。いやそもそも、いま一緒にいる白河紗月はなんだ。幽霊だとでも言いたいのか。


「そこに、いるじゃないか」

「えっ……?」


 しかし本田さんは僕の言葉を聞いて、絵に描いたようなきょとん(・・・・)とした表情を浮かべた。それから、嬉しそうに微笑んだ。


「そっか。──()えるんだね、きみにも」



 ◇ ◇ ◇



 今度は僕がきょとん顔をする番だった。

 それじゃまるで……いや、そんなばかな。

 ありえないと思いつつも確認のため向けた視線の先。さっきまで本田さんの向こうを歩いていた白河紗月の姿は、あとかたなく消えていた。


 そして。


『愛里の言ってること、真実(ほんとう)だよ』


 声が囁いたのは左の耳元──というよりもっと奥の、鼓膜のそばまで挿入された管の先から響くようだった。寒気と同時に襲う心地よいこそばゆさが、ぞわぞわとさざ波のように全身に拡がっていく。


「なッ……!?」


 慌てて左耳を抑えながら、そちらに顔を向ける。息のかかりそうな至近距離で、白河紗月の美しい顔が微笑んでいた。微かに、なまぐさい匂いがした。


『ほら、見せてあげるから……』


 耳を塞いでいるのに、囁きは相変わらず耳穴の内側から響いた。なのに彼女の薄い唇は、微笑みを浮かべたままぴくりとも動いていない。


『よく見て』


 口を動かさず囁いて、彼女は片手でゆっくり焦らすように、セーラー服の(すそ)をたくし上げた。白河紗月はこんな性格(キャラ)では──違和感を覚えつつも本能(したごころ)には抗えず、目が釘付けになってしまう。


 露わになった青白いお腹には、紅い花弁(はなびら)みたいな模様がたくさん散っている。ナイフで刺された傷痕から覗く、彼女の血と肉の色だ。


『きれいでしょ? 愛里がして(・・)くれたの。ほら、さわってみて』


 もう一方の手で僕の手首を掴み、お腹の方に導く。でも掴まれた感触はなくて、なのに腕が勝手に動く。それ以外の全身は、勉強しすぎた夜中の金縛りみたいに自由が利かない。声も出ない。

 

 なすがまま導かれた僕の指先は、彼女のお腹のまんなかで縦に開いた傷痕に触れ──そのまま、なんの抵抗もなく体内にずぶずぶと、手首まで飲み込まれていく。


『ほうら。私、幽霊だから』 


 そして彼女は僕の手で、自分のお腹をぐるぐるとかきまぜて見せる。生温かい、ぬめりのある液体をかきまぜるような感触。おぞましい、けれど……気持ちいい……

 そうだ……僕はいま、大好きな女の子の体のなかを素手でまさぐっているのだ。よく考えてみたら、それはすごく幸せなことじゃ……


「──こらっ、紗月!」


 唐突に反対側の耳に飛び込んできた本田さんの声で、僕は我に返った。体の自由も──掴まれたままの左腕以外は──戻っている。

 忘れていた呼吸を取り戻すように、深く息を吐いて吸った。


「ねえ紗月、なんかやらしいことしてない?」

「ご……ごめん……彼、なかなか愛里のはなし、信じないから……」


 こんどは唇を動かして、いつも通りのか細い声で答える彼女。それは僕の耳の内側には響かない。どうやらあの囁きは、僕にしか聞こえないようだ。

 

「そっか、じゃあ許してあげる」


 あっさり許可した本田さんは、僕の左側を覗き込むと「紗月ばっかずるい」と呟いて、スマホと逆の手で僕の右手を握りしめてきた。あたたかくて柔らかい、人間の女の子の手の感触に心がなごむ。


 ──ただし、それはおそらく白河紗月の命を奪った手。 


「ちょっと……ちょっと待って、いろいろと理解できない……」


 出せるようになった声で僕は、当然の主張をする。


「ごめんごめん。紗月はね、私の告白(・・)の応援に来てくれたの。……あっどうしよう、告白って言っちゃった」


 本田さんはくりくりの目を見開いて、それから恥ずかしそうに伏せる。そうじゃなく、もっと根本的なことが理解不能なのだけど……告白? いったい、何を……。


「えっと、ちゃんと言うから。私……」


 僕を左右から挟んだ二人の少女。右側では、珍しくかしこまった様子の本田さんが、僕の手をぎゅっと握りしめる。


『わたし、あなたに感謝してるの。だって……』


 同時に左側、僕の手をお腹に(うず)めたまま、白河紗月の妖しい囁きが鼓膜にまとわりつく。


『「ずっと、好きだったの』」


 そして二人の声は同じ言葉で唱和(シンクロ)した。


「きみのことが」『愛里のことが』

「すごくすごく。でもね」

『それは叶わぬ恋だってわかってた』


 左右から、二人の声が僕の脳を(なぶ)りまわす。頭がおかしくなりそうだ。いや、とっくにおかしくなっているかも知れない。


「私はきみが好きで、きみは紗月が好きで、紗月は私が好きだった」

『だけどね、愛里はちゃんと(・・・・)わたしを殺してくれた』

「紗月がいなくなれば、きみは愛里(わたし)を見てくれると思ったの。だから」


『かたいナイフに気持ちを込めて、わたしのからだを何度も突き刺して』

「紗月も最初は痛そうだったけど、途中から喜んでくれて」

『だって、それってもうセックスと同じことじゃない……?』


 ──ああ。このとき僕は唐突に理解した。


 いや、経緯はどうにか理解できたけれど、彼女たちの内面(こころ)はなにひとつ理解できなかった。理解は不可能だと、理解した。


『あなたのおかげで、わたしは永遠に愛里のものになれたの。たぶん、守護霊ってやつかも』

「ね、昔みたいに愛里ちゃんって呼んでほしい。いっしょにお風呂もはいりたい。あとねあとね──」


 もう二人の戯言(ことば)は聞き流すことにした。どうせ聞くだけ無駄だ。紗月への気持ちも萎えつつある。僕が好きなのは、気が弱くて何でも言いなりにできそうな女だ。


『だからわたし、こんどは愛里の望みを叶えてあげたいの。それって、すごくあたりまえのことでしょ?』

「──私をお嫁さんにする約束も、守ってほしい」


 理解を放棄したことで急激に冷静になった僕は、この異常な二人(?)からどう逃れるべきかを考え始めた。

 とりあえず本田さん──愛里に掴まれた腕のほうは、全力を出せば振り払えるだろう。逆の手にはスマホを持っているから、もし彼女が凶器を持ち歩いていたとしても、すぐには取り出せないはずだ。


 確認のため視線を落とした僕は、そこで愛里の手のスマホが、いつものピンクのカバー付きの愛用品でないことに気付く。そしてそれは、しばらく前に紛失した僕のスマホと同じ機種に見えた。


 ──まさか、そんな。


 パスワードロックはかけていたが、彼女らの前で何度か解除したこともある。こいつら(・・・・)なら、盗み見て覚えるくらい平気でやりそうだ。


 だとしたら、とてもまずい。


 僕のスマホのなかに紗月の死体の画像がある、というだけじゃない。カレンダーアプリには、偶然を装って一緒に帰るため、待ち伏せして作った帰宅時間予測のメモがある。

 一緒に歩いている紗月の盗撮画像は、もちろん大量にある。

 さらに隠しフォルダには、家まで尾けたときたまたま部屋のカーテンの合間から見えた着替えや、たまたまバスルームの窓の隙間から覗けたシャワー中の動画もある。


 いつか動画(それ)をネタに脅迫して、言いなりしてやろうと画策していた。けど……あれは本当にたまたま(・・・・)だったのか……?


「──また、逃げるの?」

『逃げられるものなら、逃げてみなさい』


 内心を見透かすような囁きと同時に、二人は掴んでいた僕の両腕を手離した。まるで突き放すように。

 ぞっとするほど(おそろ)しい二つの笑顔を見比べながら、僕はよろよろと後ずさる。


 ──車道のほうへ。


 横合いからのすさまじい衝撃で体がふわりと浮かび、意識が暗転したのは、その直後だった。



 ◇ ◇ ◇



「──もう、それは言わないって約束したじゃないですか」


 なだらかな坂道の途中で足を止め、彼女はハンズフリー会話の相手を、優しくたしなめる。つば広の白い帽子にノースリーブのワンピースがよく似合う、洗練された大人の女性だ。


 坂には特に名前はないが、いつのころからか恋告坂──「こいつげざか」または「れんこくざか」と呼ばれるようになっていた。坂道の途中で告白すれば、必ず上手くいくのだとか。


「あの事故は、たしかに彼が私を(かば)ってくれたようなもの(・・・・・)だけど。それを負い目に思って、一緒にいるわけじゃないんです」


 彼女は傍らを通り過ぎた乗用車を、目で追った。恋告坂は傾斜がなだらかなぶん、無意識にスピードを出しすぎてしまうドライバーも多い。


「それに、あの事件……紗月のことだって、私は彼が犯人じゃないって信じてる。スマホの中の写真も、誰かがでっちあげたに決まってる。だからお母様も、自分の息子(こども)のこと信じてあげて」


 話しながら彼女はゆっくり屈みこんで、押していた車椅子の前を覗き込む。座っているのは、小ぎれいなシャツを着せられて、虚ろな目で空中の一点を見つめる青年。


「……あら、また(よだれ)……」


 彼の半開きの口元に、ひとすじこぼれた液体を、自分の親指で優しく拭う。その指を自分の紅い唇にはこんで、舌で(ねぶ)りまわす。恍惚の表情を浮かべながら。


「……ううん、なんでもない、大丈夫。それにね、彼が命だけ(・・)でも助かったのは、きっと紗月(あのこ)が守ってくれたからだと思うんです」


 彼女は──すっかり大人の女性になった本田愛里は、長い黒髪を左手でそっと耳にかけた。薬指で、清楚なデザインのリングがきらりと輝いた。


「明日でちょうど十年になるのだし、もう泣かないでお母様。だって私たち(・・・)は、これが幸せなんだから」


 ほどなく数年ぶりの実家に着くことを伝えて通話を終えた彼女は、何もない空中の一点を見詰めながら、やわらかく微笑む。


「ぜんぶあなたの計画通り(いうとおり)に、上手くいったね。──ありがとう紗月、大好きだよ」


 初夏の微風(そよかぜ)が彼女の頬を、(いと)しむようにふわりと撫でていった。


お読みいただき誠にまことにありがとうございます!

その上で厚かましいお願いですが、広告↓下から★の数にて作品をご評価いただけますと、作者のモチベになりまくりますので何卒!

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― 新着の感想 ―
[良い点] 3人とも等しく狂人!かつサイコとホラーの絡まったざわざわする良作ですね。愛理の独り勝ちぽい感じはしますが、沙月の幸せ具合は測れないですよね。僕は大外れ… 最後のサイコパス愛理の大好きだよも…
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