大事なところが抜けてる桃太郎の話
昔々あるところに、おじいさんとおばあさんがおったそうな。おじいさんは山へ芝刈りに、おばあさんは川へ洗濯に。それがいつもの彼らのルーティーンです。
しかしある日、おばあさんは思ったのです。毎日毎日毎日毎日、春も夏も秋も冬も川の水に晒されてアカギレだらけの両手を見つめて。
もしかして、自分ばっかり損してなーい?
夜まで悶々と悩んだ末、おばあさんはおじいさんに言いました。
「あたしー?芝刈りしてみたいんだけどー?」
おじいさんは驚いた顔をしましたが、即座に頷きました。
「なら明日は俺が洗濯やんよ!」
そうしてあくる朝、おじいさんは川へ洗濯に、おばあさんは山へ芝刈りに行きました。
おばあさんは山を登りながらニコニコでした。
「ふふふ、おじいさんも洗濯の大変さを知ればいいんじゃがー!」
一方、おじいさんも川へ向かいながらニコニコでした。実はおじいさんも同じ不満を持っていたのです。
もしかして、ばあさんの方が楽してねえ?
と。流石は年季の入った夫婦です。
そんな訳で、二人ともニコニコでそれぞれの本日の仕事場に到着しました。そしておばあさんは芝刈りを始めました。
「こんなもん、鎌を振り回してればええんじゃろがー!」
おばあさんは勢いよく鎌を地面に振り下ろしました。
一方おじいさんは、洗濯物を勢いよく川へと投げ込みました。
「こんなもん、水に浸けとけばええっきゃよー!」
お昼になりました。
おばあさんは舞い散る葉っぱと振り回す鎌に斬られボロボロになっていました。
「ひー、ひー、ひー、おじいさんは毎日こんな事やっとんのかーい!」
そして息も荒く草むらに倒れました。
その頃おじいさんは、当然のごとく流れていった洗濯物を必死に追いかけたおかげでびしょ濡れでした。
「フヒー、フヒー、フヒー、おばあさんはいっつもこんな事やっちょんのけー!」
そして川べりに倒れ込みました。ゴツゴツとした石が頭に当たり、川の水が口の中を流れていきます。
正に石に枕し流れに漱ぐです。
ボロボロになった二人は、夕方まで休んでなんとか体裁を整えてから家路につきました。
「帰ったどー!」
服が乾くのを待っていたおじいさんを、一足早く帰っていたおばあさんが出迎えます。
「遅かったじゃらなっきゃのー!」
おじいさんとおばあさんはお互いの顔を見て今日何があったかなんとなく察し、深くは聞かない事にしました。
「メシにすんじょー」
「せっきゃのー」
おばあさんが作った鍋を二人して啜ります。温かい汁が、慣れない仕事で疲れ切った体に沁みます。
「うんみゃーのー」
「だりゃーのー」
以降は黙々と食べ終わり、いつものようにおばあさんが後片付けをしておじいさんが寝床を敷きました。
「ほんだら寝るっきゃのー」
「みゃー」
灯りを消すと、疲れ果てていた二人は朝までぐっすりと眠りました。
翌朝、朝ごはんを済ませた二人は顔を見合わせて言いました。
「したら今日も頑張ろーかのー」
「にゃー」
何食わぬ顔でおじいさんは鎌を、おばあさんは洗濯物を手にしました。そしておじいさんは山へ芝刈りに、おばあさんは川へ洗濯へと向かいます。心の中でお互いへの感謝を捧げながら。
めでたし、めでたし!
※桃太郎の入った桃は、眠っているおじいさんの前を流れ去っていきました。