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騎士王伝説  作者: メサイア
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第一章『少女』 第一部「出会い」 第二話 エラジュリア

 エラジュリア・ファンセネーラ・フォン・アバスティアは、アバスティア侯爵家の令嬢である。

 アバスティア侯爵家は、エトラント王国で王家、公爵家の次に権力のある侯爵家のひとつである。

 侯爵家の中ではあまり権力があるとは言えないが、王国内の公爵家・侯爵家共に第二王子と同じ年頃の娘がおらず、エラジュリアは婚約者候補に上がっているため、発言力が強まりつつある家である。

 そんなわけで生活は何一つ不自由がないはずだが、エラジュリアが唯一受けることのできないものもあった。


 それが、母の愛である。


 侯爵夫人は二年前に病で亡くなり、兄弟はいないため、エラジュリアの家族は父であるアバスティア侯爵だけである。

 母を失った当時四歳だったエラジュリアは、もう母の存在を朧気にしか覚えていない。

 しかし、父の愛情と使用人たちの優しさをしっかりと受け取り、エラジュリアはすくすくと成長していた。

 侯爵は後妻を迎えるつもりがないため、エラジュリアは侯爵家の跡取りとして大切に育てられている。


「アリアナ、今日はお庭を見て回りたいわ」

「かしこまりましたお嬢様。しばしお待ちください、馬車の手配と支度をさせていただきます」


 エラジュリア付きのメイドであるアリアナは優しく微笑み、ベルを鳴らして別のメイドに馬車の手配を命じた。その間にエラジュリアは柔らかい毛布がかけられたベッドから降りた。


 お父様はいつ私が見てもいいように、お庭を綺麗にしてくれているのね。そうでなければ急にこう言いだしてすぐ手配されるはずがないもの。

 エラジュリアは、窓の外の空を見上げながら顔をほころばせた。


 程なくして朝食が運ばれてきて、食べ終わると着替えが始まる。身支度が整うと、エラジュリアは部屋を出て四階にある侯爵の執務室に向かった。

 エラジュリアの寝室は彼女の幼さもあり、二階という低い位置にある。食堂などは基本的に一、二階にあるから、生活には困らないはずなのだ。しかし、日課である侯爵への朝の挨拶には三階分もの上り下りが発生する。

 そのため、幼年期限定でエラジュリアの足として上り下りを代わる者がいる。


「ハリハルト、お父様のところに行きたいわ」

「はい、お任せくださいお嬢様」


 その足となる使用人、ハリハルトは布をかけた腕をエラジュリアに差し出す。幼いとは言え貴族令嬢がそのまま男性に抱えられるのは如何なものかというアドナウス執事の意見から、一応布をかけておけばいいだろうという結論に至ったのである。

 エラジュリアはハリハルトの腕に乗り、立ち上がったハリハルトの服をしっかりと掴んだ。


「ねぇハリハルト、あなたは今日どんな夢を見たのかしら?」

「夢ですか?そうですねぇ、市場で何かを買ったような気がします。果物だったかな…おいしいものだったことは覚えてますよ」

「あら、いいわね!」

「ええ。お嬢様も何か夢を見たんですか?」

「ええ、素晴らしい夢だったわ。でも、一番最初に伝えるのはお父様がいいの」

「それはいい。侯爵様も聞きたいと思いますよ、お嬢様の素晴らしい夢」


 ハリハルトは侯爵の執務室前で止まり、エラジュリアを下ろした。

 エラジュリアはドアノッカーで音を出し、「お父様、エラジュリアです」と言った。

 中から「入っていいよ」と声が聞こえ、その声のすぐあと扉が開いた。

 エラジュリアはすぐに侯爵に駆け寄って抱きついた。抱きつかれた侯爵、エドウィナス・アクラトリエ・フォン・アバスティアは、エラジュリアを抱き上げて笑いかけた。


「私の愛しいエラジュリア、今朝はよく眠れたかい?」

「はい、お父様。今朝は手に積んだお花が私の周りを飛び回る夢を見ました。だから、今日はお庭を見るつもりなんです」


 エドウィナスはエラジュリアの頭を撫でた。


「そうか、素晴らしい夢だね。今は南の庭の花が咲いているはずだ。そこに行くといい」

「ありがとうございますお父様!」


 エラジュリアはエドウィナスの腕から降りて、部屋を出た。


 エラジュリアは再びハリハルトの腕に乗ると、ハリハルトに指示して階下に降り始めた。


「ハリハルト、今日は朝ご飯にお魚が出たの!」

「お嬢様はお魚がお好きなんですか?」

「ええ!マダムレニエルがお魚は"びよう"にいいって言っていたもの!」

「お嬢様がこれ以上美しくなられたら、どんな宝石で飾り立てようとも意味がなくなってしまいますよ」


 ハリハルトが笑いながらそう言うと、エラジュリアも口をおさえて笑った。


「ハリハルトったら、マダムレニエルと同じことを言ってるわ!」

「えぇ?お嬢様の家庭教師の?同じ名前のもっとロマンチストな人じゃないんですか?あの人がこんなこと言うとは思えない」

「そうね、普段とてもしっかりした人だもの」

「さあお嬢様、一階に着きましたよ」

「ありがとうハリハルト!それと、マダムレニエルは意外とお茶目な方よ?」


 エラジュリアはハリハルトの腕から降りるとそう言って、また笑った。


 エラジュリアは母譲りの波打つ美しい金髪と、父譲りの透き通るような輝く青い瞳を持つ。十二歳での社交界デビューが待ち遠しいと侯爵家の人々から言われるその容姿は、両親の子である証拠として彼女の誇りとなっていた。

 また、七歳の貴族の子女が受ける神殿での洗礼でも、神からの言葉はその賢さを称えられるものだろうと言われるほどに聡明でもあった。

 その聡明さのおかげか、誇りには思っても増長することはなく、誰に対しても心優しいところなど、六歳にして非常に謙虚であると侯爵邸内では評判だった。

 時に同じように幼い頃から聡明であったとされるエトラント王国の祖初代女王と同列に述べられたりすることもあった。



 そんなエラジュリアの母であるジャンバーネ・カリア・フォン・アバスティア侯爵夫人は、医者の言いつけを破って酒を飲んだ結果、愛する夫と娘を残して天へ旅立つのを早めた。

 エドウィナスにエラジュリアを託し、エラジュリアには最後まで最大の愛情を与えて亡くなっていったのだ。

 エドウィナスは母の死をまだ理解できなかったエラジュリアを抱き締めながら言った。


『ジャナはね、ドクターが酒は飲むなと言っていたのを破ってしまったんだ。でも、ジャナも苦しかったんだろうね。身体中が痛むのに、長く生きたくはなかったんだろう』


 そのときの父の表情がとても悲しそうだったから、エラジュリアは医者や家庭教師のマダムレニエルの言うことは守っている。父を一人にはさせたくなかった。

 肖像画でしか知らない母の面影を追うより、今を生きる自身と父を大切にしたのだ。



 玄関には、まだ朝日の色が残る光が差し込んでいた。まだ三の鐘(九時)が鳴る前だろうか。

 エラジュリアは玄関でアリアナにボンネットをつけてもらって、外出の準備を済ませた。


「午後はマダムレニエルの授業がありますので、疲れて寝てしまわないようにしてくださいね」

「分かったわアリアナ、私ももう五歳じゃないもの。お昼寝はしないわ」

「それでは行ってらっしゃいませ」


 エラジュリアは玄関先に用意されている馬車に乗り込み、御者に声をかけた。


「リゥレカ、南の庭の花が綺麗だとお父様から聞いたの。だから今日は南の庭に行きたいわ」

「はい、わかりましたよ」


 御者のリゥレカは、馬車につけられた白い馬を歩かせ始めた。

エラジュリアの登場です。もう一人の主人公というか、ヒロインというか…なんといえばいいのかわからないんですが、重要人物であることに他なりませんね。

お嬢様系を書くのは楽しいですね。無邪気でひねくれてない子供はほんとうに素晴らしいものです(子供好きが露呈する)。

こんな利口な六歳児がいてたまるかという思いもありますが、そこはまあ侯爵家の英才教育ですかね。

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