第7話 夜想の王
東の都、月影。
そのギルド本部の一室で一人の男が書架で何かを探していた。
“おい、アサダ。辺境で欠番が出たらしいな”
その男に向かって誰かが声をかける。
しかし、周りには誰もいない。
「緒虎。あまり勘ぐるな。上に知られると面倒なことになる」
誰もいないはずの部屋に向かって男が言う。部屋にあるのはたくさんの本と一台の机とその上に置いてある一振りの黒檀刀だけだ。声はどうやらその木刀から出されているようだった。
“どうせ内地には大した魔物はいない。よほど古い老いぼれか力の弱い下っ端だろうな”
部屋の外をギルドの事務員と思われる人影が通りすぎていく。どうやら声はその男にしか聞こえてはいないようだった。
「緒虎、そうでもないみたいだ。だから今こうして調べている」
男は本棚から一冊の本を見つけ、手に取った。
題名には「東、魔物一覧」と書かれている。その中からある魔物の見当をつけて頁を繰って探し始めた。
しかし、見当たらない。
「ないな。もっとよく調べる必要がある」
“何を探してるんだ”
「九尾の霊獣だ。確か東部に生息していたはずだ」
“神獣じゃないか。俺より強いことになるな”
「お前だって神獣だろう。やはり央都の書庫にでも行かなければ見つからないな」
“同じ神獣でも格が違う。もし本当なら欠番も理解できるが”
「とにかく私は央都に向かう。一月ほどで戻るよ」
男は本を閉じて棚に戻すと、机の方を見ながらそう言った。
“別に構わないが、人間は戦える期間が短い。少しでも悪魔を減らした方がいいんじゃないのか?”
「いや、あの現場にこれが落ちていた。この件は大事に扱わなくてはならない」
“滅紫石か。お前も大変だな”
「では留守を頼むよ」
そういうと男は部屋を後にした。
部屋のドアには「三番隊長、浅田影郎」という木札が貼られていた。
「よお、浅田。最近落ち着かないな。俺一人でまとめんの大変なんだが」
部屋の外に出ると廊下で男に声をかけられた。他のギルドの事務員たちとは違う雰囲気を放っている。自分も目の前の男もギルド職員であることを示す制服を着ているが、この男はそれを随分とだらしなく着ていた。
しかし目付きは鋭い。制服の胸ポケットにボールペンのようなものが挟んであり、そこから異様なオーラが湧き出している。どうやら暗器の一種のようだ。
「桐生。すまないが、もうしばらくまとめておいてくれ。これから央都へ向かう」
「俺一人だとまたあぶれるぞ。辺境送りはもうたくさんだろう。それでなくても最近増える一方だ」
二人が廊下で話していると、それを見つけて事務員と思われる少女がやってきた。
「浅田さん、桐生さん。今入ったギルド長からの伝令で、今晩二十四時、暗黒滞留の解放予定だそうです」
暗黒滞留――つまり、悪魔のことだ。二人は聞いていないと抗議の声を上げるが、すぐに準備に入るようにと言われた。時刻は十九時を回ったところだった。
「何番をやるんだ?」
桐生が尋ねる。表情が曇っている。嫌な予感がしたからだ。
それを察知したように少女が同じく小声で言う。
「……十七、五、それと、六番です」
――六番。
三体だけでも信じがたい内容だったが、よりによって六番が解かれる。
「俺たちに死ねってのか?」
桐生が思わず少女に向かって言葉を漏らす。
しかし、それを慰めるように最後の伝令内容を少女は伝えた。
「大丈夫です、今晩はギルド長も参戦します。それも――」
――夜想刀、携帯。
ギルド長が夜想刀を持って参戦するという。
異例のことだった。
ギルド本部の長は退魔戦線の最後の砦だ。
自ら前線に立つことはほとんどない。
しかし、いざその力を振るえば殺せない悪魔はまずいないと言われる。
それなら同時三体も理解できる。
二人はすぐに準備に取りかかった。
しかしこのとき――。
浅田影郎は心の隅で一人だけ、どこか得体の知れない胸騒ぎを感じていた。
不安と恐怖。
退魔を生業とする冒険者には御法度とされる二つの感情。
しかし、このときそれをどこかで拭ってくれたのは、長年付き従ってきた組織の長ではなく、先日出会ったばかりの名も知らぬあの少年の姿だった。




