第40話 下弦式部
月影国、二の曲輪の西側に式部の建家であることを示す黒塀が並んでいる。二の曲輪内にはその他に北東に減魔、東に軍部と南側に覚代の建物が並んでいる。
六麻が式部の下部組織「下弦」の守護見習いになってから、一年が経った。あの後、式部の守護頭であるという男に請われ、月影へと渡った。男の話によると、今、月影国内で女を狙った人攫いが時折、起きているという。元服前の、ある特殊な力を持つ女子だけが狙われる、とのことだった。
まだ十五歳に満たない六麻は、無役のまま、詰所の掃除や雑用だけをして過ごしていた。
「よう、六麻。手が空いたから乱打ちするか」
納戸の片付けをしていた六麻に後ろから声をかける。振り向くと黒の羽織を着た男が木刀を握りながら立っていた。
二人は詰所の裏まで来ると、男は木刀の一本を投げ渡し、いつものように間合いを取って向き合った。六麻は作業着の姿のまま構える。
「陣気燃持ちが俺とお前だけっていうのもなあ。人材不足は亡国の危機だな」
男が言いながら打ち込んでくる。
六麻は木刀の柄元でそれを弾くと、手首を返し、袈裟に振り下ろした。
男は寸でのところで刀身でいなし、木刀を返しながら水平に狙いを定めると、右方から増幅させた陣気を刀身を介し、そこへ打ち込んだ。
剣術スキル【万国】――。
六麻は左からの払い切りを思い切り顔面に食らい、地面に倒れ込んだ。乾いた音を立てて、投げ出された木刀が地面に転がった。
「ははは、陣気がなければ頬が砕けていたぞ。まだまだだな」
見上げる男が笑っている。あの勢いで何故こうも衝撃を殺せるのか、六麻には不思議でならなかった。
下弦、第二守護班長、清水源太郎。
六麻の直属の上官でもあるこの男は、何故か一回り下の六麻に対し、出会った当初から旧知の学友のような振る舞いを取ってくる。ここに来てから剣の扱いも全てこの男に教わった。
「だが、お前は俺以上の陣気持ちだ。何たって森羅万象だからな」
男はそう言うと木刀を持ったまま長屋の方へと歩いていった。
式部の長だというあの男についてここに来たときは、間もなく十三になる頃だった。十三歳から冒険者ギルドの下働きができると知り、六麻はここに残った。
何故、桜は命を狙われなければならなかったのか。ただそれが知りたかった。しかし、その確たる理由を知っているのは、どうやら相手方の黒幕だけのようだった。
目の傷は思ったほど深くはなく、表面を傷つけられただけだと言われた。しかし、視力はほとんど失われ、冒険者としては不利だろうと言われた。
何のために生きているのかは、いまだにわからない。
ただ、桜を苦しめた後悔だけをどこにも収めることができずにいた。
あのとき死んでしまった景色は、時が経っても冷たく、六麻の心に残り続けていた。




