第39話 月の灯
日が暮れかけたころ、俺はようやく家に戻った。墓をつくった後も心の置きどころがわからず、俺はしばらく森の中にいたようだった。
家にはまだ息絶えたままの二人の男の姿があった。俺は必要なものだけを取り出してこの家を捨てることを決めた。父さんと母さんと桜の面影だけがいつまでも部屋の中に残っていて俺の身動きを重くした。気が付くと桜の髪留めを一つだけ荷物の中に仕舞っていた。
家の外はもう暗くなりかけており、火を放つと木造の小屋は勢いよく燃えた。薄暗い空に煙を上げて立ちのぼる炎が、いつまでも森の中に浮かび上がっていた。
これで全部終わりだ――。
行く先が何も見えないまま、俺は暗い森の中を歩きだした。
しばらくして、家の明かりがまばらに見える村の入り口へとたどり着いた。顔見知りの家がいくつかある、今夜はそこへ行こう、と思って村の中へと入ると、七輪で魚を炙っている村の宿の女将に呼び止められた。
「あれ? 六麻。旅支度して、どこへ行くの?」
このとき初めて、自分の服が返り血で汚れていることに気づいた。しかし女将はそれには気を留めず、赤く腫れ上がった顔を見て思わず駆け寄った。
「ちょっと、あんたこれ。いったいどうしたの」
あの男に刺された顔の傷が、手当てをせずに悪化したようだった。宿の部屋へと連れていかれ、女将に応急手当を施された。
「痛いでしょう。顔の傷はこれでいいけど、目の方がひどいから、お医者さんへ行った方がいいわ」
「大丈夫ですよ、これで十分です」
「だめよ。今ちょうどお国から来てるお客さんがいるから、明日頼んでみるわ」
そう言うと、空き部屋だったらしい座敷に布団を敷き、奥の台所へと戻っていった。すぐに若い女中が余り物らしき食事を膳に乗せて持ってきた。
心配そうな顔でお召し物も洗いましょうか、と尋ねてきたが、替えがないからいいと断った。
障子の向こうには、春になって緑の目立ち始めた庭に雪見灯篭が灯っているのが見える。
滅多に見ることのなかった人里の風景に、また桜のことが思い浮かんだ。あいつにもいつか見せてやりたい――。もう叶わない願いだけが、心の中を通り過ぎた。
夜も深くなり始めた頃、外の明かりをただぼんやりと眺めていると、廊下を歩く足音が近づいてくるのが聞こえてきた。
顔を上げてそちらの方を見ると、袴姿の一人の男が立っていた。男は障子のところで六麻を見据えると、そのまま腰を下ろして話しかけた。
「女将から話を聞いた。俺は本国の幕臣だ。ある下手人を追ってこの村に来ていた。お前に少し聞きたいことがある」
六麻は、家普請から狩りまでを何でもこなす父の姿を間近で見てきたため、この手の風格を備えた男の器量はすぐに理解できた。
どうやら昨夜殺めた二人の男は、国が密かに探していた他国の間者のようだった。
男は月影本国の対人防災役、式部上弦の者だと言った。
灯篭はおぼろげに男の影を伸ばしていた。
生きる理由を失っていた六麻に、男の差す刀刃を拒む理由はどこにもなかった。




