第38話 小道に咲いた花
桜は目を開けて死んでいた。
いつも澄んだその目は暗く、天井を仰いでいた。
もう二度と何も映ることのないその目を見て、俺は世界が終わったことを悟った。
俺はただ、妹のとなりにすがりついて身動き一つできずにいた。
この森がどこにあるのか、この家が何なのか、化粧台の上の髪留めと、あやとりの紐が何の道具なのか、段々わからなくなってくるようだった。
――このまま、俺も死ぬ。
心でそう思ったけれど、できなかった。指一本動かすことはできなかった。
俺はしばらくの間、妹を抱いたまま呻いていた。
やがて夜が明けると、ほとんど何も考えられないまま、森の奥にある丘のところまで三人の亡がらを寝莚に包んで運んでいた。
桜のことは抱き起こして背負ってやれると思ったけれど、体がもうかたくなっていてできなかった。
俺は丘のふもとの辺りの土のやわらかそうな場所を見つけて、そこに三人の亡がらを埋めた。
すぐ近くに、一つの小さな墓があった。
俺はそれを見て、またしばらくの間、ひざをついたまま体は動かなくなった。
来る途中には目に入らなかった小道の脇に雪柳が咲いていた。
うさぎがありがとう、って言ってるよ――。
冬が終わってこの花が咲いたら、となりにいる桜に言ってやろうと思っていた言葉だった。
冬が来る前のある日、家の前にうさぎが一羽、死んでいた。その日、たまたま早く起きた桜がそれを見つけ、俺を起こしに来た。
動物が死ぬところをおそらく初めて見たのだろう。桜はそれからしばらくの間、口数が少なくなった。
墓をつくってやることになり、家からは少し離れた丘のところに埋めてやろうということになった。そこは日のあたる小道の先にある、桜も一人でよく行く遊び場所でもあった。
二人で穴を掘り、うさぎをそこに寝かせると、桜はしばらくのあいだ横たわったうさぎを見つめていた。やがて立ち上がると、すぐそばの小川から水を汲んできて、穴の中のうさぎに垂らした。
生き物が死ぬ、ということを初めて見て、ずいぶん悩んでいる様子だった。
うさぎを埋めた後は何も言わず、俺のあとをついて帰った。
それからも幾度となく、桜はあの丘へと一人で行ってはしばらくのあいだうさぎの墓の前に座り込んでいた。
俺が近づくとようやくそこから離れ、しがみつくように俺の手をにぎりながら帰った。
うさぎは天国に行ったんだ――。
俺がそう言っても、あいつはわからないようだった。
いつかわかるときが来るだろう。
それまでは、ずっとそばにいる。
それが俺の最後の、世界に残った景色だった。




