第36話 胡草
夕暮れ、東側第二支部の庭先で一人の男が枯れた水仙を摘み取っていた。
「小父さま。のりとし様がお見えです」
若いギルド員の娘が、腰を曲げているその男に向かって縁側から声をかける。
「そうか、お通しして」
男がそう言うと娘は「はい」、と言い廊下を歩いていった。
男は縁側へ上がり、雪見障子を開けると奥の座敷へと入り腰を下ろした。
少しして先ほどの娘が障子越しに声をかけると、後ろから九間が現れ、座敷へと入ってきた。
「突然すまない」
そう言って向かいへ座ると男は居ずまいを正しながら娘の方を見て、今日はもういい、と言った。
「ここは大変みたいだな」
九間がそう言うと、男は枯れた水仙の花を畳の上に置きながら言った。
「はい、みんな枯れました。もうしばらくは続くでしょう。あの子は親戚の娘ですが国もとを離れ、わざわざ来てくれました」
「……加勢は目を覚ましたか」
「いえ、私にも知らせはありません。衰えを知らない方ですから、ついていくのが大変です」
「九番を相手にする力などない。無謀にも程がある。加勢まで失ったらどうするつもりだったのか」
「しかし、おかげで一つよい知らせがありました」
「よい知らせ? 何だ?」
「藪の森の中で昨日、胡草が見つかりました」
「胡草が?」
「はい。枯れた草木の中で傷一つない姿がすぐ目に留まったそうです」
胡草は寂箱の材料となることで知られている。非常に生命力の強い草で舞鶴のある場所でしか群生はしていない。
「胡草は人を選ぶ草だ。だからあの男のそばでしか育たないはずだが」
「それはどういうことです?」
「胡草は非常に古い気燃に反応するのだ。確かお前のところにスキル持ちの若い手合がいたな」
「六麻ですか? あれに古代種の血はないはずですが。まだ十五です。彼の登用と胡草の生育時期は確かに重なりますが」
九間はそれを聞いて話す決心がついたかのように、懐から小さな石を取り出して畳に置いて見せた。
「……これは何です?」
「滅紫石だ。色を失っているからわからないが、つい今朝までは紫だった」
「まさか……。色が消えるなんて聞いたことない。使い切ったということですか?」
「いや、一度も使っていない。おそらく消されたのだろう」
男は疑うような目で石を手に取り、間近で眺めてみるがどこから見てもただの石のようにしか見えなかった。
「九間様。もしかして、手配者をご存知なのでは」
「俺のところにいる」
男はそれを聞くとため息をついて石を畳の上に戻した。
「どうなさるおつもりです」
九間は石を拾い、懐へと仕舞うと何も言わず目を閉じた。
第二支部の長である小暮は自分も緒月の側から外されたことを理由に黙ることにした。
娘が入ってくると静かに茶を置いた。水仙の花を見ている。
「ああ、それも捨てていいよ」
「はい」、と言って娘は花がらを盆に乗せると、そのまま部屋を去っていった。
外には冬枯れの景色が広がっている。
来年はどれほどの草木が緑を取り戻すかわからない。
枯れた後に、見たことのない葉叢が一瞬、映ったような気がした。
九間はただ素直に、時代の移り変わりを受け入れることにした。




