第31話 邂逅
広間をあとにした二人は細い通路に戻り、元の外周を目指した。
来るときは気づかなかったが、人が一人だけ通れるほどの幅のその通路には両方の壁に苔が僅かに生えているのが見えた。後ろの広間からの明かりでそれが確認できた。そういえば部屋の中にも僅かに緑があったような気がする。
洞窟内に植物が生えるはずはない。どうやらあの外灯石には何か特殊な気燃が宿っているようだ。細い通路を抜けていくにつれて自分の気燃もいつも通りになっていくのを感じて右門はそう思った。
後ろを歩いてくる雲海にはとくに変わった様子は見られない。おそらく自分たちよりも遥かに質の異なる気燃のようだ。
「靴、濡れてしまったな」
小さな川の通路を抜けて外周へと上がると、探索用のズボンを膝の辺りまで上げてついてきた雲海の足もとを見て右門が言った。
「平気ですよ、これくらい」
雲海はそう言うと水浸しの足袋だけ取って、靴を履き直した。
鞄から外周区の地図をもう一度取り出し、この先の通路の長さのだいたいの見当をつけるようにして前方を見た。
「右門さん、この先をずっと行くと東側の出口に着くと思います。今日の任務に関してはもう十分だと思うのですが、どうなさいます?」
右門は雲海が照らした通路の先を見て、ダンジョン探索という与えられていた任務のことを思い出した。
ここまで見る限りこの辺りのダンジョンはもうほとんど探索済みのようだ。住民も避難は済んでいるようだった。
泥まみれになった雲海の探索ズボンを見て、右門は引き返すことを決めた。
「今日は帰ろう」
そう言って振り返り、元の通路を戻ろうとした、そのとき――。
――ッダン。
ズズズ。
背後から突然、何かが飛んできた。
振り向くとそこには獣の死骸が地面に倒れ込んでいるのが見えた。
口を開けて死んでいる。イタチのような獣だった。
しかし、それにしては手足が長い。
「洞窟鼬です……」
雲海が表面を撫で、死んでいることを確認して言った。
――――魔物。
どうやらこれが魔物のようだ。おそらく小型の魔物なのだろう。
右門は飛んできた通路の先を見ながら、異様な気配がそこに潜んでいるのを感じた。
薄っすらとした暗がりの向こうから誰かが歩いてくる。
「右門さん、冒険者です」
雲海はそう言うと、向かってくる人影に道を譲るように獣の死骸から離れた。
抜き身の刀を握り、袴姿の男がそこには立っていた。
腰に鞘を付けていない。
男は右門の正面で一瞥したあと、足元の獣を拾い上げ、そのまま振り向いて去っていった。
獣の倒れていた場所には血の跡がなかった。
しかし男の刀には僅かに血が付いていた。
右門は暗闇にゆっくりと消えていったその後ろ姿を見遣ったあと、外灯石を持つ雲海の手を取り、疲れたような声で言った。
「さあ帰ろう」
雲海はうなずくと、地図を仕舞い、持っていた外灯石も右門に預けて帰途へとついた。
洞窟を出ると、外はすっかりと暗くなっていた。
二人は最初に出会った宿舎で別れると、雲海は頭領の九間のもとで改めて右門の探索支援者としての登録をした。
十二月の中旬。
右門はようやく、その目で初めて魔物を見ることができた。
そして初めて出会ったこの町での自分以外の冒険者。
暗がりでよくは見えなかったが、隻眼の、年も同じほどだった。
自分はまだ何も知らない――。
宿に戻ると、主人と奥さんが出迎えてくれた。
この町で少しずつやっていこう――。
開け放たれた部屋の月明かりの下。
こうして右門は、地下街での二日目の夜を迎えた。




