第30話 追憶
「右門さん」
壁を見つめる右門に雲海が後ろから声をかけた。
床に座りそのままかばんを下ろし、中から小さな紙包みを二つ取り出した。
そしてその片方を持って言った。
「あの、これ地下街のお店で買ったんです。もしよかったら」
右門は振り返ると雲海の方を向いてそれを受け取った。
中には野菜を刻んだものを油で揚げた、揚げ菓子が入っていた。
一つ摘まんで口に入れてみる。初めて食べるものだった。
「……うまい」
雲海はそれを見て少しだけ安心して言った。
「量り売りしてたものを頭領のギルドポイントで買ったんですよ。わたしは、あそこにあるものは買えるもの少なくて……」
ギルドポイントは冒険者だけでなく、ギルドの管理業務に携わる者なら誰でも持つことができる。
雲海はうつむき加減にそう言うと、手書きの地図を眺めながら何かを思い出していた。
「気にすることはないよ」
右門はそう言うと壁に背を向けて座った。
雲海と洞窟の外で出会ったときから何となく感じていた。
姉の方とは対照的な容姿や、ここまでの過ごしてきた中でそれは何度も出かかった言葉だった。
右門は菓子を見ながら遠い記憶にしまい込んでいた、昔の自分の面影を微かに思い出した。
「子どもの頃、村から出されそうになったことがあった」
今までの姿からはとても想像つかないような、右門のか細い声だった。
雲海はただ黙ってそれを聞いていた。
父親が村をでた後、母は段々と体が弱り、右門も塞ぎがちになった。
心配になった村の者が訪れても、伸び放題の髪にうな垂れる右門が戸口に立って出てくると、誰もが気味悪がって家には寄り付かなくなった。
冬牙村は気候も厳しい。もう少し住みよい場所で療養した方がいいと村長も考えるようになった。
そんなとき、水を汲みにだけ外に出てくる右門を見て、ただ一人だけ声をかけてくる子どもがいた。
右門より少しだけ年下の村の子どもだった。その子どもは親を狩場で亡くした子どもだった。
いつも下を向いている右門に、彼だけが近寄って声をかけた。
右門はわかっていた。父はもう戻ってこないことも、母も先が長くないことも。
消えかけていった何かをとどめた、その子どもの言葉は、他愛もないものばかりだった。
「またね」、と言って別れ際に笑う姿や、「おはよう」、や「おやすみ」、などの些細な言葉に、右門は少しずつ応えられるようになっていった。
――最強の名折り。
父親が置いていった、その重しから救ってくれた、ただ一人の子どもだった。
「まだわからないことばかりなんだ。この先もたのむよ」
右門はそう言って雲海の手に紙包みを返した。
「はい。またあとで渡しますね」
橙色の燃石のそばで、二人は少しだけ冒険者であることを忘れた。
ここにいるだけでいい――。
それを教えてくれるのが目の前の誰かなのだろうか。




