第26話 屋根の下で
玄関を出ると宿の主人に呼び止められた。
「客には必ず渡している」、といって魔道具【回復薬】を一つ渡してくれた。
この世界において最も高度なスキルは【回復系】だといわれている。性能に限界があるからだ。
治癒魔法は、効果の最も弱い【一】に繋いだときしか使えない。効果の高い回復スキルを使えるものは、それ以外では宿魔持ちだけになる。
回復薬はその治癒魔法を込めたものだ。渡されたのはどうやら野草の和え物のようだった。
治癒魔法は何もない状態で使える者はあまりいない。衣類の修繕や料理などの手仕事で魔法を込めて行う場合が多い。
裏で奥さんが食事の支度をしている音が聞こえる。きっとあそこで作られたのだろう。
右門は礼を言って外に出た。
朝になって予定通りダンジョンへと向かう。
短剣とカードと、先ほどの紙包みを懐に仕舞い、通りに出ると外はまだ薄暗かった。
空はもう明るい。しかし窪地のようなこの場所にはまだ日が差してこないようだった。風はないけれど寒い。外灯石がこれだけ出回っているのだから、燃石もそこそこはあるのだろう。通りを歩く人影はまだまばらだった。
歩きながら周囲の様子を見ると、日が差している向きで方角が思い出せた。どうやらダンジョンは北側の方角のようだ。昨日から気になっていたあの巨大な洞窟は月影の町がある北の方に向かって続いているようだ。右門が降りてきた階段はちょうど南側で自分が歩いてきた道筋もそれを見て何となく思い出すことができた。
洞窟の入り口の真下に差し掛かった辺りでギルドの制服を着た人が出入りしている建物があった。念のためそこで話を聞くことにした。
「あの、すみません。ダンジョンというのはこちらでよろしいのでしょうか」
何かの用具の手入れをしている女性に声をかけた。
女性は「ちょっと待って下さいね」、と言ったまま振り向きもせず手元に夢中のようだった。
辺りを見回しても冒険者と思われるような格好をした者は誰もいない。
たまに見える人影はどう見てもそこで生活をしている町人にしか見えなかった。
女性が作業を終えて立ち上がると、右門の方を振り向きながら何かのメモを見て言ってきた。
「赤山右門さんですか? ダンジョン探索のお供をしますものです。よろしくお願いします~」
眼鏡をかけたまだ若いギルド員のようだった。栗色の髪をお下げにしている、どこか幼さの残るようなその顔立ちにはどこかで見覚えがあった。
しかし、思い出せない。
目の前で微笑むその女性を前に突然の色んなことに圧倒されていると、奥から男の声が聞こえてきた。
「おい、雲海。早く行け。お前たちが一番最後なんだから」
――雲海。
そうだ、あのときのギルドの事務員だ。
どうりで似ていると思った。姉妹だろうか。
後ろからの声に追いたてられるように雲海と呼ばれた女性は声のする建物の中に戻ると、すぐにまた大きな鞄を背負って出てきた。
雲海優菜。
月影では国外の冒険者は特殊町民と呼ばれ、任務には支援専門のギルド員がつく場合がある。
右門はもう成り行きに任せるしかないような気持ちになった。ここにいればいるほど、わからないことが増えていく。
少しずつ、理解していくしかない。
目の前ではにかむ突然の同伴者に、ただ笑って返事を返した。
外は少しずつ日が当たり始めてきた。
遥か上には洞窟の屋根がちょうどここから伸び始めるのが見える。
奥は行くほど暗くなっている。
今できることはここを進むだけだ。
誰かが並んで歩く。
右門はそれすらも初めてのことだった。




