第25話 夜の憧憬
宿の二階に上がると、座敷の窓から月が見えていた。
薄明りのついた町並みも見下ろせる。通りを歩いていく人の姿も見える。
冬牙の村には二階まである建物は僅かしかなかった。
そこで夜まで過ごすということもなかった。子どもの頃のような気持ちになり、疲れをすっかり忘れて眺めていた。
夜の暗がりにぼんやりと浮かぶ外灯石が通り沿いの建物から漏れている。道を歩く若い娘が一人、右門の姿に気づいて二階を見上げた。その様子をしばらく肘掛け窓に寄りかかって見ていた。娘は右門を見上げたまま宿の下を通り過ぎると、そのまま背を向けて通りを去っていった。
娘の後ろ姿に右門は昼間のあの少女のことを思い出した。
不思議な恰好をしていた。知らない魔道具を持っていた。自分のしたことはどんな意味があったのか、右門はあのあとも何度もそれを考えた。少女はいくつか質問をしてきた。右門はそのどれにも答えられなかった。何を言っているかわからなかったからだ。
最後に一緒に来てほしいと言われたが、右門は断った。まずその場をすぐ離れたかった。
何故あのような行動を取ったのか。そこではわからなかった。
少女の姿を見て、反射的に動いたからだった。
右門はもう一度夜の町並みを見つめた。方角がぼんやりとしてわからない。どこをどう歩いてここまで来たのかも、もうよく覚えていなかった。
ぼんやりと町の様子を眺めていると、腰付き障子が開けられ、宿の仲居が食事を持ってきた。
膳を運び終えると、仲居は右門の疲れた様子を見て何も言わずそのまま出ていった。
明日はあの洞窟の先のダンジョンに行くことになっている。
手持ちは短剣と貨幣とギルドカードくらいだ。元々たいしたものは持ってきていない。
部屋の隅に外灯石が小さく灯っている。何かの刻印があるが読めない。
右門はしばらくのあいだ窓から外を眺めていた。今はそれが一番休まるような気がした。
ほんの数日しかまだここで過ごしていないのに、たくさんのことが起きた。
冬牙村の人たちはどうしているだろうか。子どもたちは元気でいるだろうか。
故郷が、遠く離れて少しだけ寂しくなった。
父も母もいない。もうあそこしかそれを慰めてくれる場所はない。
――いつか帰る。
懐かしい景色が風景の中で通り過ぎた。
右門はまだ彼らのためにやらなければいけないことがある。
夜の町並みに、冒険者が今の自分の姿であることを思い出させられた。




