第23話 無の祈り
ギルド本部の三階奥の間。
舞鶴のギルド長の部屋には二人のギルド員だけが出入りしている。
事務報告をする者と小間使いがそれぞれ一人いるだけだ。
彼女らは一般のギルド員で休暇を取るときは他の者が代わりをする。
しかし、前任のギルド長の頃と一つだけ違う点がある。それはこの二人には必ず女が選ばれるということだ。
来須は魔の眼を持っている。
魔の眼は元々、古代種が未開の外地で生きていくためのものだ。それは外敵や脅威に対する防衛反応であり、同族の異性に放つことはない。
退魔の記録書、地獄録によると悪魔が持つ特性には【鸚鵡返し】という名前がついている。
少しでも恐怖や殺意を放つとそれに応じたかたちに姿を変えるというものだ。
来須の気燃はそれと同じ性質を持っており、近寄って言葉を交わすことができるのは、それらの感情を持たない者か、あるいはそれ以上の気燃を纏ったものだけに限られる。
これを犯すとその場で現状離脱を起こしてしまう。だから来須の周りには女か子どもしか近寄れない。
EAT細胞は、古代人の体からつくられている――。
夢幻が得た情報だ。
こうして新馬は、来須が悪魔と同じ性質を持つ、全ての厄災の元であるという噂を流布させた。
古代人の存在が叫ばれ始めたのは来須が初めてではない。
未踏の外地には古代人と思われるような者と出会ったという報告も度々出ている。
また、外地から戻らずに消息を絶つ冒険者の数も実は少なくはない。
外地の開拓はまだまだ未完全だ。
まるで悪魔がそれらの遂行を妨げているかのようだ――。
人々は外地への進出をあきらめかけようとした。
そんなとき、央都の中心で九番の一つが何者かによって持ち去られる事件が起きた。
そのすぐ後で封が解かれる気配があり、それを追ってたどり着いた先で当時の隊士たちは信じられない光景を見た。
至るところで黒煙の上がる、その向こうで悪魔が木の根元で死んでいた。
そばで一人の男が背を向けて立っている姿があった。
そこはとある商家の貨物倉庫だった。
どこから生えたのかわからないその木は屋根を貫き、夜の街並みに異様な影を伸ばしていた。
誰もがそれを見上げる。
男は異国の服を着ており、少しだけ振り向くと一言だけ言った。
――もう、大丈夫だ。
小さな外灯石が一つだけある、その部屋で来須はゆっくりと目を開けた。
突き抜けるような空に、まるで天井のようにぶつかる、ある言葉に考えを巡らせていた。
あの日、遠くの空で悪魔の死を確認した。
その少し前に、一人の男の悲しむ声が聞こえた。
無の祈り。
人は何故、生きるのだろうか。
人は何故、いるのだろうか。
これを言葉で埋めることのできるものはいない。
来須はずっとそう思っていた。
これに対する答えはないからだ。
だからすべての答えが答えにはならない。
しかし、あのときの声に、来須は違うといえなかった。
それはおそらく、誰もがもっている祈りだったからだ。
それをかたちにした、ただ一つの声だったからだ。
来須はその言葉に、何も言うことができなかった。




