第22話 不幻
央都、南側国境付近。
森林地帯に高くそびえる塔が見える。
周囲の建造物と比べるとあまりにも似つかわしくないその石造りの塔は、舞鶴の最も南端に位置する、古代遺跡の一部が地上に出たものだ。
これより先が南国【新馬】領となる。
悪魔がこの世に現れ始めてから、各国はその討伐処理を専門とする戦闘集団を擁するようになった。
央都、舞鶴に【退魔特別装備隊】が最初にでき、月影もそれにならい、隊長八名が率いる八部隊が編成された。
他の国もそれぞれが独自の退魔戦力を持っている。
南国、新馬にあるのは【夢幻】と呼ばれる戦闘集団だ。
新馬だけは、ギルドではなく、【夢幻教団】と呼ばれる集団がそれを従えている。
世界の中心に、諸悪の根源あり――。
いつからか、彼らは舞鶴の中枢を狙うようになった。
EAT細胞――。それは遥か昔、古代の民が作り出したものだ。
そして、現在舞鶴で全ての指揮を取る彼の男は、古代の民の末裔である。
それらが真実であることを、各国の民は否が応でも知ることになる。
【魔の眼】、と呼ばれる一部の魔物が持つ眼がある。
古代種だけが持つとされているその眼は、視線を向けた相手を、ただそれだけで殺すことができてしまう。
それは来須の殺しとも一致する。
来須は武器を持たない。それどころか戦場でも身動き一つ取ることはないといわれている。
そして、彼は誰とも目を合わせることをしようとしない。
おとぎ話だとばかり思われていた、そんな悪魔の目を持つ男が実際に現れた。
人々の矛先はやがて悪魔から来須へと向くようになった。
来須を倒せば全てが終わる。
新馬に応じるかたちで西側の【備前】が舞鶴との国交を閉ざし、戦の準備を始めた。
世界はこうして人間同士の争いへとその姿を変えていこうとしていた。
その日、南の空から放たれた投擲物を塔の上で一人の若い男が叩き落としていた。
不破守。
舞鶴の三番隊、隊長。浅黒い体に一瞬、蒸気のようなオーラが湧くと、狼の咆哮と同時に天空が燃え盛るように力を漲らせた。
ズドオ――
何かの手応えのあと、投擲物が止まり、それまで落としていた黒い物体も崩れて炭のようになっていった。
投擲物は文字のようだった。
「お」や「ご」などの巨大な黒い塊は、落としていくうちにやがて「ひ」や「あ」に変わり、大きさも小さくなった。
専門家の分析に任せることになるが、おそらくこれは悪魔による攻撃で間違いない。
どういう方法を使っているのかはわからないが、どうやら新馬には悪魔を操作できるものがいるようだ。
悪魔のスキルは必ず拡散になる。
ある一点を狙うということは悪魔のスキルでは起こり得ない。
不破は南の空を見ながら、もう攻撃が来ないことを確認してそのまま壁にもたれて眠ってしまった。
悪魔のスキルは三段までなら特に問題はない。
四段を使うものは【九番】と呼ばれる悪魔になる。
特殊な気燃を持つ者しか対処することはできない。
日が沈んだ空に月が上った。
石造りの床に月明かりが差し、青白く染まっている。
塔には他に誰もいない。
辺りにはひっそりとした暗闇と森が広がっている。
彼は不幻の狼として恐れられている。
全てあちら側が名付けたものに過ぎない。
夜の風がときどき入ってくる。
それしかない、この日も静かな夜だった。




