第15話 孤独の誇り
ギルドに保管されている退魔関連記録書「地獄録」によると、悪魔は解放状態の現状報告と段階移行を終えた有機体の二つの形態に分かれることが知られている。
基本的にどちらも殺傷能力は持っていない。
つまり人間を害するという方向性は実は悪魔にはないのだ。
しかし、それは何もしなければの話である。
悪魔はリアクションで形態を変える。恐怖を持てばそれを与える存在になる。
しかし、悪魔の最初の姿を目にして恐怖しない者はまずいない。放っておくと加速度的に脅威を増していくことになる。だから排除する。
しかし殺そうとすれば殺される。
怖いと思えば封が外れる。そして、恐怖の対象となる。絶対外れないとされる封も外してしまうのだ。それは悪魔の力というよりも、人間の念の力といってもいい。
人間は弱い。
そして悪魔は膨張する。
それを食い止めるためには、誰かが対処しなくてはならない。
私がやらなければ――。
それが悪魔を発展させない最初の一歩になる。
たった一人の男にいつまでも被らせるわけにはいかない。
加勢は言葉が話せない。
森羅万象の力と引き換えに加勢は喋れなくなった。
意思の伝達は数名の隊士だけが行うことができた。
死なせない――。
八番隊長、花筏芽衣はその場で咄嗟に夜想刀を展開させた。
夜行スキル【八面裁ち】。
しかし、宿魔もろともそれは貫かれた。
あまりの攻撃の重さに自分が立っている場所より後方の部分しか守ることができなかった。
加勢を含め、かなりの隊士がその範囲よりも外側に立っていた。
――終わったかと思った。
悪魔のスキルが場の全てを範囲に収めていたからだ。多くの隊士がそれに包まれたのがわかった。
しかし、彼らは無傷だった。
スキル【第九実弥】。
それが悪魔がそのときに放ったスキルだった。
九番――。
この悪魔は九番を放つことがわかっていた。
だから手の施しようがなかった。
ところが、悪魔が放ったのは物を壊すだけのスキルだった。
威力が別次元になるといわれる九番スキルだが、範囲は月影全土に及んだものの、効果は建物を破壊するのみだった。
月影には木造家屋しかない。
何故、悪魔に殺気を向けてはいけないか。
それは悪魔が全てを反映させるからだ。
殺そうとすれば殺される――。
しかし、その悪魔も掴むことのできない詳細不明の気燃がある。悪魔はそれに反応ができない。
月影には、まだそれを使える者は誰もいない。
その筈だった。
しかし、浦丸の気燃がどうやら土壇場でそれに近づいたようだ。
攻撃は防がれたが間違いなく放ったのは殺戮の気燃だった。
悪魔が中途半端な反応をした――。
だが殺しには、まだ至らない。
こちらの威力が低い。どうやらまだ振りきれていないようだ。
浦丸は即座に殺しの態勢から足止めに力を切り替えた。
そうせざるを得なかった。
現時点でこれを殺せる可能性があるのは自分しかいない。しかし、まだ届かない。
再封印するしかない――。
夜想刀に重みが乗る。
叩き込んだ鍬を寸前で止め、そのまま掴み取り、重心を安定させたように見えた。
動作が荒れていない――。
人間のレベルを遥かに超えた身体操作の光景に場が凍りつく。
一刻も早く封印しなければならない。
浦丸はスキル発動の余勢で一瞬だけ悪魔の番力を上回り、離れかけた場を奪い返した。
――ズシ
段階を上げ、人型となった六番をそのまま崩れ掛けた天井に叩きつけた。
夜行スキル【天地返し】。
蛇羅米土が雄叫びを上げる。
以後、封が再び完成するまでの間、部屋に獣の咆哮が鳴り続ける。同時に浦丸は天井に張り付いた六番を睨み続けることになる。
しかし、結局それは封の完成を待たずに途切れることになる。
今より約五十時間後のことだ。
事態が変わるのは二日後の未明。
爆圧石を手にした夏目胡桃は、ギルド第三支部より報告を受ける。
第三支部の定置石が四つともエネルギーが一瞬で満タンになったとのことだった。
定置石に触った者はその日、誰もいない。
接触せずに満たせるとしたら、それは宿魔だけだ――。
しかし、定置石を一瞬で四つも満たす宿魔など聞いたこともない。
一つの定置石は、満タンの状態で国中の外灯石を一度だけ再充填できる。
胡桃は微かな望みを感じ、携帯用の爆圧石の反応だけを頼りにそれを辿ることにした。




