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夜想人  作者: 小作
第二章 冒険者の町
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第11話 回天の石

 冒険者ダンジョン――。

 各都市に一つ、存在するといわれる巨大な地下施設のことを人々はそう呼ぶ。というよりも、それぞれの都市が、遥か昔に発見されたこの巨大地下遺跡の真上に発展していったという方が正しいかもしれない。人々はその地下遺跡の調査、探索を進めながら地上でも領土を広げてきた。

 地下遺跡の内部には大量の魔道具や魔道石が散りばめられており、いつでも熱や光がたたえられ、大規模な資源の発掘現場もあり、人が住んでいたと思われる痕跡さえあった。そして何より、その地下遺跡の真上はどこも気候は温暖で、自然災害も少なく、生活に必要な水源や資源なども豊富に存在している場所でもあった。だから人々は未開地開拓の際には必ずこの地下遺跡の有無も調べるようになった。

 地下遺跡は大体が、どの都市でも未開地開拓を担当する冒険者ギルドがそれを調査、管理するようになっていた。

 現在、世界では五つの巨大地下遺跡が発見されている。

 最も大きな央都【舞鶴(まいづる)】の巨大遺跡を中心に、その周辺に四つの都市がそれぞれの遺跡を持ち存在している。

 冒険者ダンジョンは、正確にはその遺跡の一部を訓練、探索用に作り替えた部分ということになる。



 右門は町から離れた森の中にあるという、そのダンジョンの入り口を探していた。

 かばんや風呂敷を抱えた町の人たちの後をついていけば着くだろう、と思っていたのだが、彼らはみな森の中にある木の小屋が集まっている場所で荷物を下ろし、止まってしまった。どうやらそこは町から離れた別荘地のようだった。

 道に迷ってしまった――。

 かなり森の奥まで入り、行く先がわからず往生していると、後ろからきた一人の少女に突然声をかけられた。


「おい、冒険者。何してんねんここで」


 振り向くと、そこには同じ年くらいの黒い服に身を包んだ黒髪の少女が帯刀して立っている姿があった。赤い差し色がある黒の羽織を着ている。明らかに生活用の衣服ではないことがわかる。


「ダンジョンに行く途中で道に迷いました」


 右門が正直に言うと、少女は渡り者であることを確認するかのように上から下へと視線を這わせてから、再び右門の方を見て言った。


「案内したる」


 そしてそのまま返事も待たずに少女は森のさらに奥の方へと歩き始めた。

 右門は慌ててその後をつけた。


 横風な喋り方のわりには随分整った品のいい歩き方をする。綺麗に揃えられた切り下げ髪が歩くのに合わせて揺れて見える。手には巾着を提げていた。

 右門は少女の腰に差してある刀を見た。どうやらこれもただの刀ではないように見える。一体何者だろう。


 そうして二人とも無言のまま歩いていると、いつの間にか森を抜け、気がつくと少し広い空き地のような場所に出ていた。ダンジョンの入り口のようなものはどこにも見えない。

 少女が立ち止まり、右門の方を振り返りながら言う。


「あたしは夏目胡桃(なつめくるみ)。退魔特装隊、第八花筏(はないかだ)隊の隊士や。おまえのそれ、夜想刀。ただの短剣やない。お前何者や」


 そう言って突然、自己紹介をされた。どうやらこの町のギルドの戦闘要員のような肩書きだが右門にはまだ何のことだかわからない。

 しかしギルドの職員よりは深く事情を知っていそうだと思った。


「赤山右門といいます。地方の冒険者です。あの、夜想刀というのは……」


 そう言って尋ねると、少女は右門の手にある短剣を掴もうとしておもむろに右手を伸ばしてきた。何だか様子がおかしい。冷静な状態には見えなかった。すると――。


“さわらないで”


 ――声が聞こえた。

 少女の腰にある刀からそれが聞こえたようだった。しかし右門には聞こえていない。


「……」


 少女は手を引っ込め、刀の柄に手を当てた。

 どうやら相手の魔物は位が違うようだ。自分の刀がそれを伝えてきた。

 やはり、この男はただの冒険者ではない。

 そう思った、次の瞬間――。


 バチッ!


 突然、何かを打つような激しい音が鳴り、その衝撃で少女は左手に持っていた巾着を地面に落とした。

 中に入っていたのは何かの石のようだった。少女は慌ててそれを取り出す。


「……隊長。そんな、こんなときに」


 少女の顔が青い。衝撃はどうやらこの石から出たようだった。事情がよくわからないが、あまりよくないことが起きているようだ。うずくまる少女の姿にいたたまれず、右門がそっと手を伸ばす。

 石はどうやら魔道具のようだ。それを掴もうとして触れると――。


 バリイッ!!


「ぐっ」


 激しい音と衝撃が石から伝わってきた。

 かなりの強さで触れた手が痺れた。


 一体何だ――。


 少女は何かに怯えるような目で見ている。

 ただの石を見る目ではない。場が悪い方へ傾きかけている。


 この感じは気燃だ――。


 どうやら遠隔の力を秘めた魔道具のようだ。この先で何かが起きている。

 右門はもう一度その石を掴んだ。



 感覚の先に、たくさんの人の気配。消えそうなのもある。

 そして、その遠くで微かに淀んだ気配を感じた。



 これは、あのときと同じだ――。


 右門の中で、また何かが疼く。

 激しい衝動が込み上げた。一体これは何なんだ。

 しかし、今は考えている暇はない。


 右門は意識をそこに集めた。大気が熱を帯び始める。

 周囲の森が風と共に葉擦れの音を鳴り止ませた。


 空間が準備を始める。



“さあ、人間――。思う存分、爆発させろ”



 遠くで、何かを受け取る音がした。


 森羅万象、殺戮の気燃――。



 やがて水色の炎が視界を覆した。

 森の風景が消え、爆炎が上がる。


 その先に少女は、懐かしい上官の背中を見た。

 あの忌まわしい気配と、大事な人を失うという不安と恐怖は、眼前の炎と共に跡形もなく心が消し去っていた。


 男の声――。


 追い風のように、それがいつまでも空に鳴り響いた。




 陰に咲く 彼岸の青に 褪せる闇

 いつかかすれて 透き通るまで




「オオオオオオオオオオッ!!!!」



 その日、遠くの空で悪魔の断末魔が上がった。


 月影はあろうことか、自国存亡のために切り捨てざるを得なかった、名も無き辺境出身のその少年の手によって、全てを救われることになるのだった。

 しかし、それを知る者はまだ誰もいない。


 少女の目にはいつまでも、青い炎を纏う一頭の獣と異国の男の姿が映り込んでいた。

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