第10話 ダンジョンへ
宿は旅館の一室を間借りするようだった。
同じく南側の、大通りから少し奥へと入った路地の先にその入り口があった。宿の主人は骨董屋も営んでおり、珍しい魔道具が見つかれば鑑定しますよ、と言ってきた。宿の方はその奥さんに任されているようだった。二人ともまだ若い。
主人は昔は冒険者だったらしいが、怪我をして戦えなくなったという。確かに左手が少し不自由そうに見えた。
――冒険者。
世界を開き、数々の未知を既知へと変えてきた。その起源はとある魔物との人類の出会いだった。それによる心理的効果がその発端だった。
大昔、人々が居住場所を広げるために未開地帯を切り開いていたとき、偶然、とある魔物と遭遇した。それは野生の獣とは異なる、単色の毛に覆われた獣だった。
出会ったとき、人々はその姿に驚いた。それは大きさも桁違いで、真っ白だったその姿はまるで山を引き連れて歩いているかのように見えたからだ。人々が構えると獣は静かに歩みを止めた。
そして、その獣が視線を向けると、どういうわけかその途端、人々はその場で固まってしまったのだった。動くことができず、目を合わせることもできない。獣が通りすぎるとその拘束は自然と解かれた。
人々は神の使いだといって畏れた。開拓するどころか神の地を侵したといって境界線を戻してしまったのだった。
しかし、このままではいけない、そう言ってその獣に立ち向かう者たちが人々の中から現れた。彼らは未開地で決死の戦いの末、その獣を打ち倒すことに成功した。それが魔物と呼ばれる未開生物たちとの戦いの始まりだった。
その後も人々は彼らを崇める者と倒して切り開くもの、その二つに別れることになり、後者の方を冒険者と呼ぶようになった。
冒険者には二つの形態がある。
一つ目は自由冒険者。その土地で発行されたギルドカードを持ち、世界各地で冒険者として活動をすることができる。達成された仕事の報酬はもう一つの専属冒険者よりは少ないが、達成済みの印は土地のギルドにも入り、生まれ育った村のギルドにも貨幣が支払われる。
そしてもう一つの専属冒険者は、その町のギルドの直属となり、外で活動することはできない。国内の防衛、警察、未開地開拓にその戦力を振り分けられる町の守護職のようなものになる。
右門はもちろん自由冒険者だ。
冒険者登録に必要な条件は二つある。
一つは十五歳以上であること。そしてもう一つが、気燃と呼ばれる特別な力を持っていることだ。
気燃は場合によってはある日、突然覚醒することもあるが、大体は血で受け継がれるといわれている。気燃を持つ親の子には同じように気燃が宿る場合が多い。しかし、気燃の仕組みについてはまだよくわからない部分が多く、何故、血で継承されるのかもよくわかっていない。冒険者同士の間では、体質的なものではなく、気燃を持った親の元に長くいると、その生活環境や思想、精神のあり方などが似てくるからだと言われている。
気燃はスキルを使う際にも必要とされ、戦うときの根源的なエネルギー源にもなる。
気燃のある、なしではダメージの殺し方にも大きな差が出る。気燃を纏った状態だと、崖から転落しても衝撃で死ぬことはないといわれる。
気燃は血の繋がりで持つ確率が上がるため、身内に冒険者がいる場合は、それだけで仮登録をすることもできる。
仮登録の状態だと、任務の受託には制限がつくがギルドカードは発行される。
右門はスキルは一つも持っていないが、気燃は使えるため冒険者にはなれた。
気燃を手にしたその境ははっきりしていない。気がつくと力を持っていた。
右門の気燃は独特だった。
気燃はその力を持たないものには、それがどんな世界なのかを知ることはできないが、冒険者同士ではそれを感覚的にも、見た目にもはっきりと確認することができた。
彼らはオーラが出ているとよくいう。
そこまではっきりとわかる気燃はかなり強力なものだが、右門はどういうわけか水色のオーラを出すときがある、と村のものたちにも言われていた。
通常、気燃に色はつかない。
あとで知ったことだが右門の父親は青い気燃を持っていたという。狩りに出るときは必ず青い気燃が出ていたそうだ。
父親が何かを殺すところを右門は見たことがない。
一部の大人たちの話では父の殺しは場が高揚するという。
標的の獣すらも動きが鋭くなり、向かい合う様子は殺しの現場とは思えないほど周囲の者も目を引かれるそうだった。
――翌朝、右門はダンジョンへと向かった。
ダンジョンの知識はほとんどない。
その場で簡単な説明はされるそうだが、まさか自分がダンジョンに入るなど思いもしなかった。
荷物は短剣だけだ。
あなたはそれだけでいい――と言われた。
他に誰か一緒に入るのだろうか。
何もわからないまま、右門はダンジョンの入り口へと向かうのだった。




