マリオネット
そよそよと吹く、心地良い風を感じる。
けたたましい蝉の鳴き声に合わさって聞こえる、草木の葉が擦れる音と、遠くに聞こえるカラスの鳴き声。
「……ん…。」
ぼんやりとしていた意識がはっきりしてきて、夕焼け色に染まった光景が目に映った。
あれ?ここって…。
見覚えのある遊具で遊ぶ子供はいない。
学校から家までの通り道にある、小さな公園。
7月の熱い日差しの中を歩くのに耐えかねて、木の下に置かれた背もたれのあるベンチで少し休憩をしようと思ったんだっけ。
公園の中心に建てられた時計塔を見れば、丁度針が18時30分を刺したところだった。
授業の体育で疲れていたとはいえ、こんなに寝ちゃったなんてと、横に置かれていたカバンを取ってゆっくりと立ち上がる。
昼間の強い日差しよりは少し弱まって、日の下でもいくらかは歩きやすくなっていた。
そのまま公園を出ようとし出入り口に向かって歩き出した私の目に、倒れた人の姿が映る。
昼間凄く暑かったから、人が倒れちゃうことも…。
て、
「だ、大丈夫ですか!?」
人が倒れてるところを見るのは初めて。
突然のことも動揺しながらも駆け寄り、一度呼び掛ければ、倒れていたのは老人だった。
小さな唸り声が聞こえる。
「み、水…。」
消えかかりそうな掠れた声。
急いで鞄から運良く入っていたお茶のペットボトルを取り出して、伸ばされた弱々しい手に渡した。
薄手の白いTシャツに黒いぶかぶかの長ズボン。
細身で白髪を生やしたその老人は焦ったように半分以上残っていたペットボトルのお茶を一気に飲み干し、空いたそれを私に手渡してきた。
どっこいせと上半身を起き上がらせる。
「あの…大丈夫ですか?
救急車呼びましょうか?」
「ううん、大丈夫。
助けてくれてありがとう。」
声は思ったより若くて、口調も軽い。
姿さえ見なければ若い男性と勘違いしてしまいそうだったけれど、目に映るのは顔のシワも深い推定75歳程度の老人だ。
「そんなことより、はい、これ。」
「…これは?」
「これは?って、君のでしょ。」
「いえ、私の物では無いです。」
老人がポケットから取り出し、私の目の前に出してきたのはネックレスだった。
夕暮れの中でも分かる、綺麗な水色の丸い石がついたシンプルな物。
このおじいちゃんとは会ったこともないし、誰かと勘違いしてるのかも…。
認知症の人なら、もしかして救急車じゃなくて、警察を呼んだ方がいいのかな?
「ううん、君のだよ。
落としてるの見たもん。」
「落としてなんか…。」
「君の大切な、願いの叶うネックレスでしょ?」
「願いが叶う…ですか?」
「そう、本気の願いが5つ叶う。」
「は、はあ…。」
怪しい。完全に怪しい老人。
でも、どうしてだろう?
そのネックレスを見たこともないはずなのに、老人が再度私に向かって差し出せば、何故だか自分の物だったような気がしてきて…。
自然とそれを受け取ってしまった。
「美味しいお茶ありがとう。
それじゃあね〜。」
「え?…あ、大丈夫なんですか?
家とか分かります?」
思ったよりも軽やかに立ち上がった老人は、焦る私にははっと笑って、ちゃんと帰れるから大丈夫だよと、そのまま公園を出て行ってしまった。
呆気に取られた私は、老人からもらったネックレスをじっと見つめる。
ガラス玉か鉱物かは分からないけど、深い色味をしていて、もしかして高価なものかも?なんて気持ちが湧き上がってくる。
さっきは変な気持ちになっちゃったけど、やっぱり私はこれを持つのは初めてだ。
そう思い直して急いで公園を飛び出る。
「…あれ…?」
ほんの数秒間目を離しただけだった。
それなのに不思議と、公園を出たその先の道路には、もう老人の姿は無かった。