⑨ 見返す為には
そして今日は一年に一度、王城で開かれる舞踏会の日だった。
マーリナルト王国の全貴族が集められる、とても大きなパーティーは夜通し行われる。
アインホルン家も勿論、全員招待されている訳なのだが……。
「はぁ……」
「………」
「…………」
王都に向かう馬車の中は、まるで世界の終わりのように暗くどんよりとしていた。
何故ならば、ここぞとばかりに嫌味やら暴言を浴びせられるからである。
それでも舞踏会が終われば二日ほどで忘れてしまう。
アインホルン家の無駄に鍛え上げられたメンタルは鉄のようである。
見目が重要視されるマーリナルト王国の貴族社会において、アインホルン家の体型は恰好の標的である。
故に舞踏会やパーティーやお茶会が嫌い、もしくは苦手意識を持っている。
しかし以前のクリスティンだけは毎年開かれる舞踏会を楽しみにしていた。
何故ならば、いつか素敵な王子様がクリスティンを迎えに来てくれると信じていたからだ。
常に出会いを求める夢見る乙女なのである。
運命の相手を探すといって毎年張り切っていたところに、学園デビューして婚約破棄を言い渡された男と出会うのだ。
何度も言うが、あの男と再び婚約するのは勿体ない。
当分クリスティンの婚約者探しは後回しである。
あと数年で良い女に仕上げれば、何もしなくても婚約してくれと跪いてくるだろう。
それに今は婚約者を探している場合ではない。
ダイエットに対する情熱は留まる所を知らない。
「そんな悲しい顔をしないでくださいませ」
「しかしクリスティン…我々は毎年毎年酷い目に遭うじゃないか」
「この日の事を考えると、ホールケーキを何個も食べたくなったわ!」
「……お腹空いた。まだ着かないの?」
各々気落ちしているのか、ふっくらしている頬がゲッソリしているように見える。
馬車の中には空腹を知らせるお腹の音が大合唱。
ぐおんぐおんと鳴り響いている。
そんな中、空気を変えるように咳払いをする。
「今日は、敢えてパーティーに参加するのです」
そう、今回は作戦があった。
痩せて周囲を驚かすだけなんて詰まらない。
周囲に態度をコロリと変えられるのも腹が立つ。
そして人の良い両親は、今までの扱いを忘れてアッサリと許してしまうだろう。
そんな生温い事をするつもりは毛頭ないのである。
ただ見返す為だけに痩せる…それでは意味がないのだ。
(そんな馬鹿な奴らにアインホルン家の重要性と恐ろしさを見せつけてから、今までの何倍にもして返してやるのよ!!)
クリスティンになって一年間、我が家の働きに対しての周囲の反応がおかしいのだ。
アインホルン家を蔑ろにして軽視している奴等に向けて、声を大にして言いたい。
食料自給率が低いマーリナルト王国で、国を支える程の食料を輸入出来るアインホルン家の存在は貴重ではないだろうか。
そもそもアインホルン家が居なければ、各国から碌に食料も得る事は出来ない。
正直、こんな国に留まって利益をもたらす必要などないと思っている。
この国でなくても爵位を貰える程の活躍は出来るだろう。
しかしそう思っていても、トビアスはマーリナルト王国の為に働くことを誇りに思っている。
国王とも学園時代からの友人らしい。
その分、寄せられている信頼も厚いのだそうだ。
でなければ"辺境伯"など任せられないだろうが。
さっさとこんな国捨ててしまえばいいのに…そう言ったクリスティンに、トビアスは笑いながら「有り得ないな」と首を振ったのだ。