⑦⓪ 最終話
実際、クリスティンの前ではエンジェルともコーリーとも普通に接していたからだ。
けれど頻繁に社交界でジョエルを見ることが多いエンジェルから見たら、こんなに分かりやすい好意はないという。
それにジョエルは令嬢達やアリアからの誘いを「ずっと昔から好きな人がいるから」という理由で断り続けたらしい。
そんなジョエルは、クリスティン以外の前だと「雪の王子様」と言われているように、静かに淡々と対応しているのだそうだ。
そんなエンジェルの話を聞いていたにも関わらず、笑い飛ばしたのだった。
今までの経験上、自分の事はどうにでもなると思っていたからだ。
周囲の情報収集とマーリナルト王国の貴族を見返すこと。
アインホルン家の次々に起こる問題を片付けるのに忙しく動き回っていた為、ジョエルの訳あり事情など、すっかりどうでも良くなってしまっていたのである。
「クリスティン、今まで隠しててごめんね……?正式な発表が出来るまでは内情を明かす訳にはいかなくて」
「………」
「怒ってる?」
「怒ってはいないわ。不服ではあるけれど」
「それに、名前と立場と住む場所が変わるだけだったから……本当は"王太子"になる予定はなかったんだけどね」
「……そうでしょうね」
「けれど状況が変わった。アインホルン辺境伯、ヘルマン公爵、そして僕の養父であるルカーナ公爵にこういう選択肢もあるから覚悟しておいた方がいいと言われていたんだ」
徐々に明らかになるヨルダンの悪事。
それを国王へと報告する前にトビアスは、ヘルマン公爵とルカーナ公爵に事実を伝え、情報を集める手伝いと今後のマーリナルト王国について話をしていたのだ。
何故ならばローレンスが王になる頃には自分達の子供が彼を支えなければならない。
つまり皆、ローレンスの今の現状に不満を抱いていた。
それに加えてヨルダンとローレンスの深い関係。
国の今後を憂うには十分だった。
そこでジョエルを王太子に持ち上げようという話が出たのだ。
「僕はクリスティンの理想の王子様になれたかな……?」
ジョエルが足元に跪く。
「改めて……貴女を心から愛しています」
そして手を取り、手の甲に口付ける。
「僕と一緒に国を支えていってくれませんか?」
「………」
「けれどもう婚約しているし……どうしようか?」
ジョエルはこうなる事が分かっていたからクリスティンとの婚約を先に押し進めたのだろう。
そして面倒事を嫌っているのを分かった上で、逃げられないように上手く立ち回ったのだ。
目的を把握して、逃げ道を塞ぎつつ、トビアスやシルを静かに取り込んだ。
そして国王や王妃の前でのジョエルの発言は意図的なものを感じる。
この半年間、従順で可愛いフリをしていたと思ったら最後の最後でまさかの逆転。
未来を見通しているような立ち回り。
どうやら相当の策士のようだ。
「ごめんね、クリスティン」
「は……随分と誠意のこもっていない謝罪ね」
「少し強引だったけど、このくらいしないとね」
「………」
「ああ、もし嫌だったら僕から逃げてもいいから」
「ーー!?」
「君には選択する権利があるからね」
「………なんですって?」
ジョエルの言葉に愕然とした。
この男は此方の性格を分かった上で、敢えてこういう言い回しをしているのだろう。
(このわたくしに"逃げてもいい"ですって……?)
陳腐な挑発だとしても、ここは絶対に譲れない。
プライドが許さないからだ。
「クリスティン、どうする?」
例え仕組まれたことだとしても、必ずそれを超えて圧倒してみせる。
「…………その勝負、受けて立つわ」
「君ならそう言ってくれると思っていたよ」
「ジョエル殿下……数年後はヒィヒィ言いながらわたくしに跪いていることになるわよ?」
「もう君に夢中過ぎて、随分とヒィヒィしてるんだけどな」
「……今回は出し抜かれたけど、次はそうはいかないわ」
「楽しみにしているよ。これからも宜しくね……クリスティン」
「ええ、勿論………お覚悟は宜しくて?」
end
全70話、完結いたしました!
ここまで読んで下さった皆様、ありがとうございます
この後は番外編となります
学園に通う彼等の姿を、乙女ゲームの主人公と共にお楽しみくださいませ!




