⑥⑥ エンジェルの逆転劇(2)
「はぁ………エンジェル、ワシから謝罪しよう」
「あんなに頑張ってくれていたエンジェルになんて事を…!ああ、ヘルマン公爵夫人に顔向けできないわ」
「いいえ、国王陛下、王妃殿下……謝罪の必要はございませんわ。ローレンス様にそう言われて疑問を抱いたからこそ、わたくしは新しい自分を見つけて、心から愛する人と大切な友人に出会えたのです」
「……エンジェル」
「もしそうでなければ、自分を偽って苦しみ続けていましたから……」
「そうか」
「それにわたくしには、ローレンス殿下と結婚するメリットは何も御座いません」
「っ、なんだと!?」
エンジェルの言葉にローレンスは納得いかないのか怒りを滲ませている。
勢いよく立ち上がると、わなわなと震えている。
「ダイアン様、わたくしの為に色々とご配慮いただきましたこと心より感謝申し上げます」
「いいのよ。エンジェル……私達は貴女に色々と頼りすぎてしまっていたのかもしれないわ」
「王妃殿下やお母様の御期待に添えず申し訳ありませんが、やはりわたくしには荷が重すぎました」
「今まで辛い思いをさせて本当にごめんなさいね」
「………母上!?何故こんな女の味方をするのです!?僕は納得出来ませんッ」
「ーー黙りなさい、ローレンス!!それ以上エンジェルを侮辱する言葉は私が許さないわッ」
「…っ!!」
「貴女はエンジェルがどれだけ王家と貴方の為に力を尽くし、努力したのかを知らないでしょう!?」
ローレンスがダイアンの言葉に怯んで口を閉じる。
悔しそうに此方を睨みつけているローレンスを冷めた目で見たエンジェルは溜息を吐く。
「今日はローレンス殿下の婚約者候補の正式な辞退を報告しに参りました」
「なっ…!?」
「ああ、構わぬ」
国王と王妃は静かに頷いた。
「そして、オクターバ侯爵の次男であるコーリー・オクターバと婚約する事をお知らせに…」
「嘘をつくな!!僕とあんなに婚約したいと言っていたくせに!」
「チッ……言っておりませんわ」
「僕じゃなければダメだと言ったじゃないかッ」
エンジェルは天使のような輝く笑顔でローレンスの前に立つ。
ほんのりと頬を染めるローレンスにしか聞こえないように耳元でボソリと呟く。
「いい加減にしろよ?このクソ野郎が……!」
「……っ!?」
皆に見放され怒られて涙するローレンスを鼻で笑ったエンジェルは此方に堂々と歩いてくる。
その顔はとてもスッキリしているように思えた。
「長年の恨みは晴らせたかしら?」
「いいえ、全っ然足りないわ……!」
「ふふ……確かに貴女に聞いた以上に手強そうだわ」
「けれど貴女のお陰で明るい未来を歩めそうよ!ありがとう、クリスティン…………あの時、貴女に声を掛けてもらって本当に良かったわ」
ーーー二年前、舞踏会の後
エンジェルはコーリーと同じように、驚くほどのスピードでクリスティンの元を訪ねてきた。
今の状況を尋ねると、エンジェルは涙ながらに自分の抱えている想いを語ったのだった。
評判が良くない王太子、ローレンスの婚約者候補筆頭になって不満だったが、喜ぶ両親の顔を見ているとなかなか言い出せなかったこと。
そして周囲に期待を寄せられて逃げられなくなってしまったこと。
ローレンスの機嫌を取りながら関係を続けていたが、望まない交友関係を作り上げていくうちに次第に辛くなっていったエンジェルは、自分を強く見せようとあのような格好で武装していなければ皆の前で立っていられなかったようだ。
ハンカチがびしょびしょになるまで語り尽くしたエンジェルは、肩を揺らしながら助けを求めた。
「貴女の言う通りだと思ったの!わたくしに待ち受けるのは破滅よッ!破滅!!」




