⑥ 危機感
(私ならあんなナヨナヨとした男はお断りだわ!目指すならもっと上でしょう??婚約者にするなら、あのジョエルとかいうイケメンでスペックがあり得ないくらい高い令息くらいじゃないと!!)
仲の良い友達といえば、偶にクリスティンに会いに来ては、自然を見ながら二人でのんびり話をしているジョエルのみ。
二人は男女のドキドキとした胸が高鳴る関係ではなく、まるで引退した老夫婦のような穏やかな雰囲気である。
そして見栄えやお洒落が大切な令嬢達からは、毛嫌いされているようだ。
(何で使えそうな女友達が一人も居ないの!?クリスティンは金持ってんだから、金目的の狡賢い女とか近付いて来ない訳!?)
ある意味、前向きなクリスティン達に感動しつつ、改めて家族を見渡す。
父であるトビアスはとにかく迫力満点。
食べっぷりも一番豪快である。
頭の回転も早く、何ヶ国語も話せるという素晴らしい特技があるのにも関わらず、そのでっぷりとしたお腹と汗臭い服からは、そうは見えないのが残念なところだ。
良い意味でも悪い意味でも大らかで、細かいことは気にしていない。
そして結婚したばかりの肖像画では、風が吹いたら飛んでいってしまいそうな程に細かった母であるエラは、アインホルン家に嫁いで来てから状況が一変した。
クリスティンとオスカーを出産したのをキッカケに、今では別人かのように何倍にも膨れ上がっている。
ドレスはオーダーで作っているので特に困った様子もない。
そして弟であるオスカーも中々に規格外。
オスカーは食べ物にしか興味がなく、令嬢よりも食べることが優先である。
常に何かを口にしており、今もフランスパンのようなものを丸齧りしている。
勿論、オスカーにも婚約者は居ない。
トビアスがオスカーの写真と共に婚約の申し込みをするものの、今のところ全滅している。
「まぁ、いつかは結婚出来るだろう」
「そうね~」
「どうにかなるだろう」
「そうね~」
何処までもマイペースなトビアスとエラ。
社交界にも殆ど顔を出さない為に情報に疎い。
どうにかなるだろうどころか、どうにもならない事に気付かせなければならない。
(争いがなくなりすぎて平和ボケしてるのかしら…)
クリスティンにもオスカーにも危機感など存在しない。
それ故に、学園で焦ることになったのだろう。
そして学園での環境の変化や婚約者の心変わり、無理な食事制限のせいで体重は減るどころか増え続けた。
記憶を見ても馬鹿にされ、罵られて嫌味を言われても、逆に言われることに慣れてしまっている悪循環。
本人たちは何も気にしていない。
何故ならば、今のままで幸せだから。
(ーーー私の人生、どうなっちゃうの!?)
「……いやあああぁっ!」
「クリスティンンンンッ!?!?」
クリスティン・アインホルンになる前までは華々しい世界で生きていた。
繁華街でキャバ嬢として、毎日忙しくお店に出勤していたのだ。
頭を使う駆け引きと水面下での争い。
夜景の見える高層マンションで過ごし、ストレスが溜まったら買い物に行って好きなものを買う事が出来た。
ドレスという戦闘服に着替えて毎晩、お客様を楽しませる……そんな仕事をしていたのに。
もしかして、これは今流行りの異世界転生というやつではないだろうか。
常連のお客さんの松島さんが詳しくて、よくそういう話をしてくれた。
悪役令嬢、聖女、チート、テンプレ…色々な用語を教えてくれたのだが、今のところクリスティンには何かの能力はない。
因みにこの世界には魔法もない。
戻る方法を探すにしても、夢から醒めるにしても、まずは今すぐにやらなければいけない事がある。