④ 意味が分からない
(はぁ…最悪なんだけど。悪夢で目が覚めるなんて)
息が吸いづらいと感じて何度か深呼吸を繰り返す。
クッキーとブラウニーがまだ喉の奥に残っているような気がした。
(おえ……気持ち悪い)
まだ詰まっているような感覚が拭えずに何度か咳払いをする。
今日は妙に鮮明な夢を見た気がすると溜息を一つ。
何故か鉛のように手足が重たい。
(相当浮腫んでるわ……やっぱり昨日お風呂に浸かってから寝ればよかった)
いつも閉めっぱなしの筈のカーテンが何故か開いている。
朝日の光が直接視界に入ってきて眩しさに眉を顰めた。
「ん……もう朝か、流石に飲み過ぎたわ」
溜まっているLINEを返そうと枕元に手を這わすが、スマホを探しても見つからない。
「チッ……めっちゃ頭が痛いんだけど」
昨日は酷く酔っ払っていたから、自分の家に帰ってきたことすら記憶に無い。
頭をガシガシと掻きながら、トイレに行くかと立ち上がった時だった。
やけに重い体に愕然とした。
「え………」
(なんで自分の足が見えないの?何でこんなに手が肉厚なの?どうしてこんなに体が重いの…??)
余りの出来事に思考が停止してしまった。
ゆっくりと首を動かして辺りを見渡すと、自分の家じゃない事に気付く。
(こっわ……もしかして拉致?それとも監禁!?)
それはないかと笑い飛ばす。
黒服が手に負えなくて何処かのホテルに突っ込んだにしては高級な部屋である。
(スイートルームしか空いてなかったとか?)
店の近くのホテルだろうか?
豪華な装飾にやけに広いベッド……上品でいかにも女の子らしい部屋の壁を視線で辿ると壁掛けの全身鏡を見つけて、浮腫んだ顔でも見るかと移動した。
そして、鏡の中の自分と目が合った瞬間ーー
「ーーーギャアアアァアッ!!!」
まるで殺人事件のような悲鳴に、建物が震えた。
叫び声を上げたのは鏡に映ったぽっちゃりとした女の子。
鏡餅のような体に、肉が積み重なった首をペタペタと触る。
「だ、誰ッ…!?」
そこには自分じゃない誰かが鏡に映っていた。
ーーークリスティン・アインホルン(12) 75kg
頭の中にフッと名前が浮かび上がる。
「クリスティン…?アインホルンって、何の冗談よッ!!スマホは?テレビは…?私の服もアクセサリーもない!!?」
今日は武田さんと同伴して、出勤前にマツエクの予約もしていたのに。
楽しみにしていた新しいドレスは今日届くはずでは?
あんなに頑張って準備してきた二週間後のバースデーイベントはどうなるのだ。
(こんな事になるなら、シャンパンを浴びるほど飲まなきゃ良かった…!!!)
そういえば先程の夢の中に出てきた女の子もクリスティンと言わなかっただろうか?
何度頬をつねっても、目を閉じても、髪を引いてみても痛みがちゃんとある。
感覚は自分の体から伝わるものだし、ここが間違いなく現実で、自分がクリスティンなのだと思い知らされる。
(か、体が重い!!脂肪に包まれてる!意味わかんないッ…!)
お気に入りの指輪もピアスも化粧品もバッグも見当たらない。
パニックで部屋中を駆け回っていると、全く見た事ないものばかりなのに知っているという、頭の中がバラバラに引き千切られるような感覚に座り込んだ。
この国はマーリナルト王国であり、此処がアインホルン家のクリスティンの部屋であるという自分が知らない筈の記憶が流れ込む。
(一体、何が起こったの!?私が一生懸命磨き上げた体を返しなさいよぉお!!)
時間を作ってジムに通い、なるべく昼間はバランスの良い食事を心がけて、エステと小顔マッサージに美容外科でのビタミン注射に美容院でのヘアケアと高級化粧品によるホームケア。
数えきれない程の努力と金は一体、何処に消えてしまったのだろうか。