③⑨ バトル
ジョエルは上手く切り返しているが、完全に此方のペースである。
いつも感情を見せないジョエルをブンブン振り回すのも悪くない。
「ははっ………猛毒、ね」
「わたくしにとって薬か毒か分からないもの」
「……心外だなぁ。僕はこんなにクリスティンの事を思って動いているのに」
「そうね。でも核心には触れさせないでしょう?」
「知ったら戻れない……君の意思を勝手に奪うような真似をしたくないんだ」
「………」
ジョエルは静かに紅茶を口に含む。
珍しく何かを考え込む様子を見せた。
(戻れない、意思を奪う……?どんだけ危険なのよ)
予想に反した不穏な言葉が並んだ為、ジョエルの様子を伺う為に黙り込む。
漂う空気は緊張感のあるものだ。
しかしそんな中、ジョエルは何事もなかったように口を開いた。
「それよりも誤魔化さないでよ?僕は彼と君がどんな関係なのかを知りたいんだけど」
「……」
今はジョエル自身の秘密を暴くよりも、目の前の事に集中した方がいいだろう。
(二兎を追う者は一兎をも得ず、よ)
嫉妬とも取れるような発言は上手くいっている証拠だろう。
後は確実にジョエルの口からどう思っているのか聞き出す必要がある。
ジョエルは婚約を申し込む訳でもなく、一定の関係を保ったまま必要以上に近付いて来ない。
今日は珍しくジョエルの方から距離を詰めて来た。
このチャンスを逃してはならない。
(……もう一押しかしら)
クリスティンになる前までは毎日が駆け引きだった為、この手のやり取りは慣れているが、ジョエルの場合は感情の起伏が極端に少ない。
世界が違えば考え方や常識も違うというが、やはり貴族の世界は常に探り探られ、揚げ足の取り合いである。
故に隙を見せないように幼い頃から仕込まれているのだろう。
今も言葉に若干の動きがあっただけで、実際は優雅に笑顔を浮かべたままだ。
「どうしてわたくしのことが気になるのかしら?」
「どうして…?本当は気付いているんでしょう?」
「えぇ、勿論」
「……」
「でもわたくし、遠回しの言葉は好きじゃないの」
訴えかけるような視線を柔かな笑顔で躱した。
今か今かとジョエルからの明確な意思を含んだ言葉を待っていた。
互いに一歩も引かずに視線も逸らす事はなかった。
ここで引いたら負けるような気がしたからだ。
するとジョエルはフッと短く息を吐き出して、困ったように微笑みながら視線を逸らした。
「はぁ……降参。僕の負けだ」
小さく両手を上げた。
再びジョエルと会うようになってから、こうした応戦は度々行われていた。
けれど話を逸らしたり、上手く防いでいたのである。
そしてクリスティンも探りを入れたり、言葉を引き出そうとしたりと、互いに気持ちが分かっているのにも関わらず不毛なバトルを繰り返していたのである。
「もう焦らすのはやめたの?」
「君相手には逆効果だろう?嫌われたくはないし余所見をしてほしくないんだ……今みたいにね」
「……」
「それに僕も、君が僕に何を求めているかはちゃんと分かっていたよ」
「そうだと思っていたわ」
「やはり女性は明確な言葉を欲するものなのかな」
「そうみたいね」
「……ならクリスティンは僕のこと、どう思ってる?」
今まで頑なに拒まれていたが、やっと動きそうな展開に心は躍っていた。
しかし想いを先に知りたいという気持ちが透けて見える。
いまいちジョエルが踏み込んでこない理由が気になるところだが…。
(何故、そんなに不安そうなの?)
ジョエルの瞳が微かに揺れている。
「その質問には答えたくないわ。先に貴方から言って欲しいの」
「クリスティン…」
「ジョエルはわたくしのことを、どう思っているの?」
「……僕は」




