③⑧ 毒か薬か
そんなコーリーを見てニンマリと笑みを浮かべた後に、ジョエルには聞こえないように耳元に、そっと唇を寄せて囁いた。
「コーリー、こんな些細な事で照れていたら怒られちゃうわよ?」
そう言ってコーリーから顔を離す。
(もし、あの子に見られていたら怒られちゃうわね…)
しかし、今はジョエルの反応を見る為に必要な事なのだ。
「コーリー、顔が真っ赤よ?」
「ク、クリスティン!揶揄うのはよしてくれ」
「だって…コーリーの反応が可愛いんだもの」
「僕がこういうの苦手だって知ってるでしょう!?はぁ……クリスティンには一生敵いそうにないよ」
「ウフフ、当たり前でしょう?」
資料と生地のサンプルを片付けながら笑いあった。
「オクターバ侯爵夫人達に宜しく伝えてね」
「勿論だよ。ではジョエル様、貴重なお時間をありがとうございました」
「………あぁ」
「失礼致します!またね、クリスティン」
「えぇ、コーリー!またね」
そう言って綺麗にお辞儀すると、嬉しそうに去って行った。
いつも猫背で吃りながら話していたコーリーとはまるで別人のようだ。
以前のコーリーならばジョエルと面と向かって話すことなど出来なかっただろう。
「……随分と、仲が良いんだね」
「えぇ、コーリーはとても素晴らしい人よ。人一倍努力家で、今もわたくしの為に一生懸命動いてくれるわ」
「そう、それは凄いね」
コーリーの今までの努力を褒め称えていると、暫く話を聞いていたジョエルの持っていたカップが珍しくカチャリと音を立てた。
「そういえば、聞きたいことがあったんだけど…」
「どうしたの?」
「クリスティン、君はとても綺麗になったよね」
「当たり前ですわ!努力してますもの」
「何か…きっかけがあったのかな。アインホルン家は皆、とても大きな変化があったようだしね」
「……それは、乙女の秘密です」
シャンパンを飲み過ぎて酔っ払って潰れて起きたらクリスティンになっていたなんて言えるわけもなく…。
そしてクリスティンとしての記憶は持っているが、全くの別人である……なんて更に言えるわけもない。
「もしかして、誰かの為に変わろうと思ったの?」
「……」
珍しく感情を表に出したジョエルを見て、敢えて焦らすように何も答えずに、カップを持ち上げて紅茶をゆっくりと飲み込んだ。
ジョエルはじっと此方を見つめたまま動かない。
ジョエルの言葉を単純に解釈すれば、クリスティンとコーリーとの関係を気にしているように聞こえるではないか。
(フフッ、大成功!)
この時間に、わざわざコーリーが来るように仕組んだ甲斐があったというものだ。
「さっきの彼の事が好きなの…?君に僕よりも親密な男が居るとは思わなかった」
「……彼?」
「コーリー・オクターバの事だよ」
いつもより少し低くなったジョエルの声。
予想に反してストレートに問いかけた事に驚きを隠せない。
けれど動揺を少しでも表に出してしまえば…。
(折角、得ることが出来た会話の主導権を奪われたくないわ)
「……どうかしら」
「意地悪だな、クリスティンは」
「貴方にだけは言われたくないけれど」
最近、ペースが掴めずにジョエルに振り回されていたが、どうやら今日に限っては挑発に乗ってくれるようだ。
「まるで僕が意地悪だとでも言いたげだね」
「わたくし……お腹が真っ黒で意地悪な殿方よりも、素直で従順な可愛い殿方の方が好きなの」
「…そう?素直すぎても詰まらないんじゃない?少しくらい毒があった方が楽しめるかもよ」
「オホホ……得体の知れない方は御免よ?もし猛毒だったら大変だもの」




