③ 涙
「酷いのはお前の方だ」
泣き出したクリスティンにコーリーは気不味そうに視線を逸らす。
「泣かないでよ……本当の事を言っただけなのに、まるで僕が悪いことをしているみたいじゃないか」
「……っ」
その言葉にイワンはコーリーに「よく言った」と言って肩を叩く。
クリスティンの縋るような視線を振り払うようにオーロラの手を取り、背を向けて歩き出す。
そしてクリスティンを置いて去っていく姿を見ながら呆然としていた。
(何で…どうして、こんな事になってしまったの……?)
あんなに優しかったコーリーは変わってしまった。
もうコーリーの人生にクリスティンは必要ないのだ。
描いていた幸せな未来は、ガラガラと音を立てて崩れてしまった。
*
教室に戻れずに、トイレに篭って涙を流した。
(わたくしには、もう何もないのよ)
コーリーとの温かな記憶だけが、残ったものだった。
クリスティンは涙を拭い教室へと足を進めた。
その後、どうやって学園で過ごしていたのか覚えていない。
いつもとは違う様子に気付いたのはジョエルだけだった。
腫れて赤くなった目がバレないように、いつものように微笑んだ。
不思議な程に怒りの気持ちは湧いてこなかった。
あまりにも傷ついた心では見返してやろうとか、もっといい男を捕まえようなんて、とても思えなかった。
自分にも悪い部分があったと分かっていたからだ。
ただ、どうしてコーリーの為に変わる事が出来なかったのか。
どうして自分はこんな風になってしまったのかと悔やむばかりだ。
邸に帰るとコーリーの言う通り、父であるトビアスにコーリーと婚約破棄をしたいと申し出た。
コーリーの幸せを思って何も言わなかった。
それがクリスティンがコーリーの為に出来る最後の事だったからだ。
憔悴するクリスティンの様子に家族は寄り添ってくれたが、立ち直る事が出来なかった。
その日から自室に引き篭もった。
食べては涙を流して、食べては後悔してを繰り返していた。
食べ物をいくら食べても満たされない事は分かっていたが、食べるのを止めてしまえば、またあの辛い気持ちが蘇ってくると思うと手が止まらなかった。
食べ物に縋るしか悲しみが癒えないような気がしたのだ。
ジョエルがクリスティンに会いたいと何度も屋敷を訪ねてきた。
すっかり自信と明るさを無くしたクリスティンは、ジョエルと会いたくないと言って初めて会う事を拒絶した。
母であるエラは必死に励ましてくれた。
父であるトビアスも毎日ドア越しに語りかけてくれる。
家族がこんなにも気にかけてくれるけれど、何も返す事が出来ない。
逃げる事しか出来ない自分が大嫌いになった。
恥ずかしくて仕方なかった。
こんな弱くて役に立たない自分など消えてしまえと。
(ーーー変わりたいッ!変わりたいのに、わたくしは…!!)
そう強く願っているのに、何度も変わる事に失敗している。
真っ暗な部屋の中で毎晩啜り泣いた。
そんなある日、何も考えたくなくて、お菓子を口に運び続けた。
「ーーーンッ!?」
砂糖がたっぷり練り込まれたチョコチップクッキーと濃厚なブラウニーを口一杯に頬張りすぎて飲み込めなくなった。
あまりの苦しさに何度も胸を叩いた。
詰め込みすぎたお菓子が気道に詰まってしまったのだ。
そして、叫ぶことも出来ずにクリスティンは倒れ込んだ。
(こんな人生………もう嫌)