②⓪ 女は度胸
ヘルマン公爵夫人への苦手意識からなのか、手の平にはじんわりと汗が滲んでいた。
けれど、ヘルマン公爵夫人に聞かなければならない事がある。
「ヘルマン公爵夫人、お伺いしたい事があるのですが…」
「ク、クリスティン!?夫人はお忙しいのよ!!今、そのような話は…!」
「いいわ……何かしら」
ヘルマン公爵夫人は静かに片手を上げ、エラを制すように小さく頷いた。
それを見たエラは一歩後ろに下がると隣でプルプルと震えている。
ヘルマン公爵夫人の値踏みをするような鋭い視線が突き刺さる。
(この圧力、気の抜けない感じ……小雪ママを思い出すわ)
銀座で一流クラブのオーナーママだった小雪ママ。
一時期、接客に悩んでいる時に小雪ママの元でホステスとして鍛えてもらった事がある。
とても厳しいが、小雪ママの下で働けばホステスとしてステップアップ出来ると有名であった。
(キチンとマナーを守って粗相をしなければ大丈夫。堂々とするのよ、クリスティン)
柔かな笑みを浮かべながらヘルマン公爵夫人に問いかける。
「最近、王都の税が値上りしたのはいつですか?」
「……税?三年ほど前に少しだけ上がったけれど、それはアインホルン家も同じはずよ」
「そうなのですね、勉強不足で恥ずかしい限りです」
「………」
「あと王都の物価は如何でしょうか?アインホルン家の輸入したものはどのくらい出回っておりますか?」
「物価は特に変わらないわ……マーレ王国の野菜やスーレス国の干し肉も王都で見ない日はないわね」
「……そうですか」
「何故そのような政事に貴女が興味を持っているのかしら‥?」
「最近、アインホルン領の役に立ちたいと色々と勉強しているのです。他の方々にも伺ってみたのですが、女や子供である事を理由に取り合ってもらえませんでした」
「………」
「夫人は聡明でいらっしゃるので王都の事に詳しいかと」
「…そう」
「ヘルマン公爵夫人ならば、色々と教えて下さると思っていたので助かりますわ」
それからいくつか必要な情報を引き出しつつ、ヘルマン公爵夫人と雑談を織り交ぜながら話しを進めていく。
ヘルマン公爵夫人は思った通り、王都の情勢に詳しく、難なく欲しい情報をゲット出来た。
エラはそんな様子をポカンと口を開けて見ていた。
「やはりそうなのですね…!ヘルマン公爵夫人、ありがとうございました」
「お役に立てたかしら」
「えぇ…!とても参考になりました!それに有意義な時間を過ごさせて頂きましたわ」
「貴女、クリスティンと言ったかしら…」
「はい。クリスティン・アインホルンです」
ヘルマン公爵夫人が鋭い視線を向ける。
エラは何か粗相をしてしまったのではないかと慌てているが、微笑んだままヘルマン公爵夫人から目を逸らさない。
「アインホルン辺境伯夫人」
「……は、は、はいぃ」
「素晴らしい心がけですね」
「………あ、りがとうございます?」
「娘にも見習わせたいくらいだわ。とても勉強熱心なのね」
「恐れ入ります」
「では、わたくしはここで失礼するわ。楽しんで」
「はい、ありがとうございました」
そのままお辞儀をしながら、先程よりも機嫌が良くなったヘルマン公爵夫人を見送った。
隣を見るとエラが目を見開いてドレスをちょこんと掴んでいる。
どうやら今の発言の数々に冷や冷やさせられたらしく、エラは「クリスティン、いきなりどうしちゃったの…?呼吸が止まったわ」と涙目で訴えていた。




