①⑨ 進め!
(さて……邪魔な奴は追い払ったわ)
柱の影へと身を寄せる。
令息の名前と情報はキチンと把握しているが、いまいち令嬢の名前がパッとしない。
クリスティンの頭の中で、新しい情報と過去の情報を擦り合わせていく。
クリスティンの過去の記憶や今の記憶。
そしてキャバ嬢として生きていた時の記憶。
三つの記憶が混在して、一年前までは混乱して上手くいかないこともあったが、今は上手く引き出せるようになった。
キャバクラで働いていた時には人の顔、名前やあだ名、会話の内容、その時どんな雰囲気だったのか。
好きなタバコの銘柄や生活習慣や職種を聞いて、性格に合わせた対応をしながらも店に来てもらえそうな日に連絡をする。
そこで以前話した会話の内容や楽しかった出来事を話せば、自分のことを覚えていてくれたのかと喜んでもらえるのだ。
毎日が駆け引きの連続である。
それからおねだりのタイミングを見極めてシャンパンを入れてもらったり、お触りやホテルへの誘いを上手く焦らしながら対応していく。
新規のお客様について指名客を増やしていくのも大切な事だ。
今のクリスティンにとっても充分、役に立つ能力と言えるだろう。
そして利用出来るものは全て利用する。
勿論、邪魔者を蹴散らすのも忘れない。
(さぁ、どんどん行くわよ!)
歩いていると、視界に入り込むエラの姿。
美味しそうなデザートを凝視していたエラにヘルマン公爵夫人が声をかける。
ずっとずっとこの時を待っていたのだ。
何かを話しているようだが、エラは細かくペコペコと頭を下げて苦笑いをしている。
(社交界の女帝、ヘルマン公爵夫人……娘であるエンジェルがどう動くかにもよるけれど、きっとお母様のいい味方になるわ!そう考えたらもう少し慎重に動くべきだったけど……まぁ、いいわ)
過ぎた事は悔いても仕方ない。
軌道修正はまだできるだろう。
ヘルマン公爵夫人の事を思い出すと、頭の中には『怖い』『恐ろしい』という言葉しか出てこない。
実際、ヘルマン公爵夫人を暫く観察していたところ、彼女は礼儀正しくマナーを重んじる淑女の鏡のような女性だった。
派手すぎず、地味すぎず、伝統を重んじつつも周囲から浮かない程度に流行を取り入れている。
ヘルマン公爵夫人とは違い、娘のエンジェルは何故あんなに派手なのかと疑問だが、この手のタイプは自分が厳しく育てられた為、娘には多少厳しく接しながらも自由にできる部分は許してあげる……そんな感じだろうと予想している。
そんな事を考えながら、エラとヘルマン公爵夫人の元へと近づいて行く。
エラは此方を見て、目を輝かせてから手招きをする。
ヘルマン公爵夫人に挨拶をする為に小さく腰を折る。
「ごきげんよう、お久しぶりでございます。ヘルマン公爵夫人」
「ごきげんよう、貴女達家族は……相変わらず何も変わりませんわね」
「…は、はい、申し訳ありません」
わたわたと焦りながら対応しているエラの後ろからその様子を見ていた。
「……。この国は貴方達に支えられている部分が大きいわ……もう少し胸を張りなさい。あとはその場に相応しい格好をした方がいいわ」
「は、はい…!」
(やっぱり…キチンと周りを見ているのね)
「少し努力をしたら如何かしら」
「がっ、頑張ります…!」
「それは昨年も聞いた台詞だわ」
「………」
ヘルマン公爵夫人は厳しい目で此方を見ている。
しかし冷静にヘルマン公爵夫人の言葉を聞いてみると、少々見た目の事に対しては辛口ではあるが、アインホルン家の事を正当に評価してくれているようだ。




