①⑧ カウンター
「わたくしったら、イワン様には何を教えても無駄なのに……気づかずに申し訳ございません」
反撃が余りにも予想外だったのかポカンと口を開き、唖然としたまま此方を見つめている。
けれど、だんだんと言葉の意味が分かってきたのか、イワンは顔を歪めて怒りを示している。
今にも掴み掛かりそうな勢いのイワンが此方に近付いてくる。
どうやら怒りの導火線が相当短いようだ。
笑って受け流すという選択肢はイワンの中には無いのだろう。
「……おい、今なんて言ったんだ?もう一度言ってみろ」
「もしかして、イワン様は…」
「…あ゛ぁ?」
「………わたくしの事が好きなのですか?」
クリスティンは恥ずかしそうに下を向き、頬をほんのりと赤く染めた。
「イワン様ったら……言ってくだされば、わたくしだってイワン様の事を真剣に考えましたのに!!」
「!?!?」
周囲に聞こえるように大きな声を出す。
すると、次第にクリスティンとイワンに集まる視線。
上擦った甘い声に、ザワザワと辺りは騒ぎ出す。
「イワン様は毎年毎年、わたくしのことを気にかけて声を掛けてくれますものね…!」
「…ッ!!」
「わたくしに触れたいからって、そんなに近付いてくるなんて……あぁん、困りますわ」
大袈裟に頬を押さえながらクネクネと腰を動かしていると、イワンはドン引きしているのか何も言えずに、指と頬がピクピクと動いている。
「今までイワン様の気持ちに気付かなくて申し訳ございませんでした!」
「ッ!?」
「イワン様のわたくしへのお気持ちは嬉しいのですが、まだお互いのことをよく知らないですから、そんなに積極的に責められても困ります…」
「………な、なにを」
「婚約の申し込みなら、わたくしではなくお父様に直接お願い致しますわ…!」
「ーーはっ、はぁ!?なっ…!」
「では、わたくしはお花を摘みに行って参ります!失礼致しますわ…オホホホ」
「ちょっ…!おい、待て!!」
言い逃げをする為に急いでその場を去る。
そして男性が入れない女性用トイレに素早く駆け込む。
少し様子を見ていたが、どうやらイワンは追いかけては来ていない様だ。
先程、噂好きの御令嬢が何人か居たので、上手くいけば"イワンがクリスティンを好き"だという噂が広まるだろう。
イワンの行動を逆手に取った反撃である。
(アハハハ、ざまぁないわ!)
これでイワンは下手に近付いてこれないだろう。
何故ならば、近付けば近付くほどに本当にクリスティンの事が好きなのだと周囲に示す事になるからだ。
もしまた此方を咎める為にやって来たのなら「そんなにわたくしのことを?」「照れ隠しはやめてください」とでも言えば、イワンは激しく否定するだろう。
だが否定すればするほど、逆にそうなのではないかと思うのが人間の心理である。
以前ならばニコニコしてやり過ごしていただけだろうが、今回はそんな事をしてやるつもりはない。
まさか反撃を喰らうとは夢にも思っていなかったであろうイワンの反応は最高であった。
辺りを警戒しながら会場を覗くと、イワンが必死に言い訳をしている。
プライドが高いイワンにとっては"あのクリスティン"に好意を寄せているという事実が許せないのだろう。
先程、周囲に居た人達にクリスティンの文句を一生懸命言っているようだが、令嬢達もイワンの勢いに困惑気味である。
(ハッ…!自分から墓穴を掘ってるわ)
イワンに見つからないように、なるべく人が多い場所へと潜り込んだ。




