89話 よくある 忖度する戦姫 その⑧
リリー視点になっています。
平和な今、領地に住む魔術使いは身分や地位を上げるため魔力硬度を求める。そのためには大金でも払う。異性でもあてがう。魔力のためならどんなものでも糸目がないのだ。
だけどギルが王都へ来た理由。それはポーションと魔術陣を学ぶためだ。しかも彼はそのためだけに魔力硬度を上げていたのだ。彼は魔力に身分や地位、それに強さを求めていない。つまりは魔力に無欲なのだ。それに比べて貴族は欲望の塊だ。
「ということはリリー様? 魔力に無欲で向き合えば」
「ユーディー様はどうですか? 魔力に欲はありますか?」
「……欲ですか? ……」
目を逸らし言いづらそうにする。当たり前か。見え張りで周りの視線ばかり気にするのが貴族なのだから。
「すみません。聞いたことが無粋でした」
「いえ……あります。わたくしはその欲望のためにギル様やリリー様に迷惑をかけたのですから」
しっかりと自分の過ちと向き合うその姿勢。まったくこの人は――そう感心する。
「では、その欲望を取り除いて魔力と向き合うことが出来ますか?」
「やってみます」
「でもあくまでも可能性なのですよ」
「可能性が零でない限りやってみる価値はあると思います。ダメでしたらまた次を考えてみましょう」
なんとも逞しいことやら。わたしの知っているユーディー様とは本当に正反対だ。
ユーディー様はすくっと立ち上がり自身の机へ向かう。そしてガラスの箱を開けハイポーションを取り出し「始めましょう」と決意した目を向けてきた。
額にハイポーションを当てて祈るような仕草を見せ、ゆっくりと大きく息を吐きだし、瞑想の準備を整えるユーディー様。
「いいですか。一の刻が経てば身体を揺すります。無茶せず必ず戻ってきてください」
ローテーブルに置いたからくり時計を指し念を押す。
「一の刻半にしましょう。いつも一の刻と思って四分三しかできないので」
「わかりました。くれぐれも無茶はしないでください」
彼女は頷くとゆっくりと瞼を閉じた。
開始から少しして、ユーディー様を眺めているだけのわたしは部屋の中へと視線を逸らした。しばなくは変化はないだろう。そう手持ち無沙汰になったのだ。
調度品とかはわたしの部屋とはあまり変わらないけれど、細工などがされていない簡素な品々だ。このあたりは第三婦人の娘だからだろうか? もう少しよいものを贈与されても、と思う。弱々しい彼女はわたしなんかと違って女性ぽいのだから。
西の領地でユーディー様がどのように扱われているか、エザベルから報告は受けている。あまりよい処遇ではない。とくに自領では、第一、第二婦人の娘たちが魔力を持っていないから、目の敵のように扱われているらしい。
もし、ガーネシリア領で生を受けいたなら重宝されていただろう。
不憫に思う反面、ないものねだりはするだけ虚しいものだ、と考えることをやめた。
からくり時計に目を向けてみる。半刻を回ったけれど、ユーディー様の容姿に問題は起こっていない。
それからしばらくして、四分の三の刻を刺した時計と彼女を見比べてみたけど、なにも変わりなく瞑想が続いている。
一の刻を過ぎた時、他人事なのに思わず「やった!」と握り拳を作り喜んでしまった。
もしかしたら、このままいけるのでは。
そう思った時、ユーディー様の眉が動いた。少し苦しそうだ。残りあと半刻弱もある。もう少し様子を見て異常を感じたら呼びかけよう。そう見守ることにする。
ん? ――ふとしばらくして彼女の顔を覗き込む。
汗? 額から珠のようなものが流れ出していた。からくり時計ではあと五刻みで一の刻と半。
どうする? いや迷ってはいけない。
わたしはユーディー様を呼びかけ、肩を――掴む前に、熱い、と思わず手を引っ込めてしまった。
「なに?」
そう手を差し伸べてみると、彼女の周りだけが熱を持っていたのだ。
マズい。気づかない間に非常にマズい事態になっていたようだ。
「ユーディー様! ユーディー様!」
何度も連呼し身体を揺する。でも、一向に目を覚まさない。しかも気づけば彼女は汗だくになっていた。
顔から首筋から、ブラウスは汗で肌が透けてしまっている。
どうしよう。そう顔を覗き込んだ時、息が荒いことに気づいた。
水! 苦しそうな彼女を見て立ち上がり、タンスを上段からひっくり返すように探る。見つけたハンカチを手に風呂場で桶に水を張る。
ユーディー様の口に水を含ませたハンカチを当て、水分を取らす。すると彼女の肩がビクッとし始める。なにかに弾かれているかのように何度も。
「ちょっと。お願いですから戻ってきてくださいユーディー様!」
と、突然彼女の体温が下がり始めた。
「なによ? どうなっているの?」
止まることのない体温の低下に血色が無くなっていく。
「ダメ。お願いですから目を開けてください」
体温を下がらないようにユーディー様の身体にしがみつく。
「ユーディー様! ユーディー様!」
そう叫んでいた時、肩に手を添えられ、びっくりしてしまった。
「リリー様。苦しいです」
その一言のあと、ユーディー様はがくりと力を失くしてしまった。
わたしは彼女の胸に耳を当て、顔を覗き込み、大息をついた。
「よかった。生きている」
脳裏に浮かんだ最悪の事態が免れたことにホッと安堵したのだった。
汗をかいたブラウスと下着を取りユーディー様の身体を拭き、タンスから見つけた服に着替えさせる。念のために、棚にあった赤のポーションをゆっくりと口を湿らせるように飲ませた。あと出来ることといえば祈ることだけだ。
大事に備えて目を覚ますまで傍に付き添うことにした。そして寝息を立てている彼女がうっすらと瞼を開けたのは早朝三つの刻だった。
「リリー様どうして」
「どうしてではありません」
起き上がろうとしたユーディー様の肩を抑え、横になるように促す。
すみませんと言う彼女に瞑想に入ってからのことを説明した。
「そうでしたか」
「で、ユーディー様の方ではなにがあったのですか?」
そう訊ねると、ローテーブルにあるハイポーションを見つめた彼女がおもむろに話し始める。
一の刻を過ぎたころ、魔力の靄に飲み込まれたと言う。
「わたくしが今まで感じていたものは魔力の一部だったようです。今までと違い、魔力から遮られるものもなく、気圧されることもなかったのですが、靄がわたくしに近づいてきたのです。あっというまに靄の中に取り込まれ、急に暑さを感じました」
「それがわたしが慌てた時の熱ですね」
おそらく、とユーディー様が頷く。
靄の中は広く、出口もわからなくなり、暑さから逃げられなくなった彼女は、もがいたと言う。
「でも途中で思い出したのです。わたくしはこの魔力を抑え込むためにここへ来たのだと。そう思うとなぜだか自分が大きくなった感じがして、今度はわたくしが魔力の靄を飲み込んだ気がしまして」
「もしかしてそれで魔力を固められたのですか?」
ユーディー様の表情が緩み、軽く頷く。
「それでは成功したのですね」
「わかりません。途中意識が飛びそうになったので戻らなければと思い、リリー様の声がする方へと意識を向けたので」
「そうなのですか」
話を聞いているうちに自分の体が力んでいることに気づき、ふうっと息を吐く。
窓から見える闇の中、月が沈みかけているのが目につき、わたしは立ち上がった。
「一先ずわたしは部屋に戻り仮眠をしてきます」
「そうですね授業に差し障りますから。今日は付き合って頂きありがとう存じます」
そう起き上がろうとしたので、丁重に断り、わたしはユーディー様の部屋から退室する。
自室のベッドの前に立つと着替えもせず倒れこんだ。緊張から解き離れたかのような疲労に見舞われ、
長い一日だった
と、眠り込んでしまった。
目が覚めたのは朝八つの鐘の音を耳にした時だった。
重い瞼を擦り、陽の光に眉を顰めたそのあと、ハッとしてベッドから飛び上がり自室を出た。
「ユーディー様、起きていますか?」
そう彼女の部屋のドアをノックする。
「リリー様どうなされましたか?」
制服に着替えていた彼女を見て、ホッと息をついた。顔色もよく、いつも通りの彼女だ。
「いえ。起きて大丈夫でしたなら問題は……」
「もしかして心配して見に来てくれたのですか」
いらぬ心配だったと慌てていた自分が恥ずかしくなり、口篭ってしまう。
「気遣って頂きありがとう存じます」
「いえ。元気だったなら」
そう照れを隠そうと気丈に振舞い、部屋へ戻ろうとした。
「リリー様。本日の放課後、魔力と訓練室の利用許可を取ろうと思っているのですが、ご一緒にいかがでしょうか? 時間はございますか?」
「ええ。でも一緒に立ち会ってもいいのかしら」
「もちろんです。こちらがお願いしたいぐらいです」
「わかりました。放課後ご一緒させて頂きます」
そう返事して自室へ戻り、急いで湯船に湯を張り登校する準備を始めた。
誤字脱字ありましたら報告をお願いいたします。
ここまで読み進めていただきありがとうございました。




