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71話 よくある 聖女様との面会

 僕は大聖堂を見上げた。

 聖なる人が祭られている建物なのに重圧が感じられる。建物の最上部には、金色の円の中心からいくつもの線が輝きを表すように描かれたものが飾られている。

 そういえば、聖女様から届いた手紙が入っていた木箱にも同じものが。

 もしかすると、紋章とかそういった類のものなのだろうか? 

「ギル。どうしました。行きましょう」

 マックドルガ神官長の呼びかけにハッとして彼のあとを追いかけた。

 正面に見えていた大きな木の扉は、貴族様たちが祈りや儀式を行う時に出入りに使うものらしい。大聖堂の入り口は別にあるようだ。

 建物を回り込み、別の扉を目指す。扉にたどり着き、扉をくぐると赤い絨毯が敷かれた上を歩んで行く。しばらく進むと子供たちが柱や窓、床を磨いている姿が見えた。

 青い衣を着た子供たちが僕たちに跪いて挨拶をしてくれる。

 小さな子供もいれば僕と同じ年ぐらいの青年もいる。

 僕は会釈しながら歩みを進めるが、マックドルガ神官長は凛として絨毯の上を進んでいく。

 二階へ階段を進むとそこは神官たちの部屋になっているらしい。再び廊下を進んでいくと壁に埋め込まれているドアの前に白いローブを着た女性神官が立っていた。

 マックドルガ神官長と挨拶を交わすと僕へ目を配る。

「マックドルガ。彼が聖女様から面会に呼ばれた方ですか?」

 その発言に驚いた。女性は見るからに三十代だろう。白髪頭の神官長より若いのに敬称がなかったのだから。

「あとはわたくしが引き継ぎます。下がりなさい」

「はい」

 そう返事して神官長は来た廊下を戻って行ってしまった。

「名前と聖女様からの手紙を拝見させてもらってもよろしいですか?」

 女性に言われ、僕はカバンから木箱を取り出し中身の手紙を差し出す。

「ギルと申します。よろしくお願いします」

 胸に手を当て、手紙に目を通す彼女へ挨拶をした。

「確認いたしました。確かに聖女様からの文ですね。手紙と木箱は預かります」

 と、彼女は木箱に手紙を片付け、手にしている指輪をドアへ近づける。

 カチッと開錠の音を耳にした。

「これより先は認められたものしか通ることが出来ません。故にこれより先のことは口外を禁止しています」

 僕は固唾を呑み、はい、と返事した。

 ドアの先は壁が白く人が一人通れるほどの幅で、僕が先に進むように促された。

 おそらく後ろから襲われないように、更には変な動きも見逃さないためだろう。

 施錠の音はしたけれど、僕は振り返らず前へ進んだ。

 しばらく進むと左右に分かれる通路に差しかかり足を止めた。どちらにもドアがある。たぶん鍵がかかっていると思われる。僕は指示を待つことにした。

「ギル様。ゆっくりと前へ進んでください」

 後ろからの声に、さすがに振り返る。左右に進むのではなく、直進? 

「あのう、行き止まりなのですが」

「はい。わかっています。ゆっくりと前へ」

 疑心のまま仕方なく足を進める。すると顔の横からスッと腕が伸びてきたのだ。

 カチリと開錠の音がしたと思えば、壁がクルリと反転したのだ。

 どうぞ、と言う背後の声に驚愕を隠せない僕は前進する。

 壁の奥は、扉も窓のない小さな部屋のようになっていた。ランプの暖かい光が白い壁を照らしている。

「これより先は聖女様の館になります。そこで、ここでのことを少し話させていただきます」

 その説明は出発の前日、シャマルさんから聞いたものと類似していた。

 代弁者以外誰も口を利かないこと。全員、名前がなく、同じ格好をしていること。一定の距離を保つこと。そう述べられる。

「それでは足元の線の上に立ち、しばらくお待ちください」

 そう言って彼女は名も告げず来た道を戻ってしまった。

 僕は部屋の中央に記された線の上に立ち、しばらくジッとしていた。

 体幹で六分一、四分一の刻を経っただろうか? 一向に人が現れる気配がない。

 探索魔術を使うのは、あとあと咎められるかもしれないので、大きく深呼吸をし、覇気を探ってみることにした。

 正面の壁の向こうに人の覇気が――三人? いや六人ほどの覇気が感じられる。でも、一向にこちらへ姿を見せない。なぜ? そう首を捻った。

 しばらく覇気を感じ取ったまま待つことにする。すると覇気の人数が減ったのを感じ取った。残った者は一人となった。

 現れる! そう思うと同時に壁がクルリと回転したのだった。


 姿を見せたのは白い衣を着込んだ人だった。シャマルさんが言っていたように白い手袋をはめ、白いヴェールで顔も頭も見えない。どんな人なのかわからない。

 背丈は僕よりやや低く、華奢な身体をしていることぐらいしかわからない。

「ワタクシは聖女様の代弁者です。これから聖女様のもとへ案内いたしますが、今のこの距離を保ってください。近すぎますと処罰の対象となります」

 女性の声なのは確かだけど、なんだか口籠ったように聞こえる。もしかすると口をなにかで覆って声を聴き取りにくくしているのだろうか? 

 わかりました、と返事をすると女性がゆっくりと歩み始める。

 歩み進めて数歩。拳に力が入る。左の壁の向こうに誰かがいる。

 覇気を感じ取ることをやめていなかった僕の頬に汗が滴る。

 強い覇気。リリーほどではないけれど、攻撃的に感じる。おそらく代弁者さんと距離を縮めるとなにかしら仕掛けてくるのだろう。僕は前を歩く彼女との距離に気を配りながら、あとに続いた。

「一度止まります」

 代弁者さんが右手を上げ、足を止める。目の前には扉があった。

 開錠の音がし、扉が開くと広い廊下に出た。

 白い壁に艶々とした石造りの廊下。

「今から聖女様の間へ向かいます」

 そう言った彼女は再び歩き出す。と、ここでもう一人の覇気が途切れた。たぶん、代弁者の言葉は僕だけでなく、もう一人の人に告げたのだろう。僕たちがいなくなったら壁が回転でもして出てくるのかもしれない。角を曲がってそう思った。

 ふと窓へ目をやると同じ高さの建物が見えた。あれが『お姉さまの館』なんだろうか? 前聖女様の側仕えが暮らす建物があるとシャマルさんが言っていたことを思いだした。もしかすると最初に案内してくれた人は『お姉さま』と呼ばれている人だったのかも。だから名前を告げなかったのだろうか? そんなことを考えていると代弁者様が足を止めた。

「こちらが聖女様の間でございます」

 大きくて高い扉。すごく重そうだ。

「室内には線が引いてあります。それより前へ、聖女様へ近づくと側仕えたちが容赦しませんので気をつけてください」

 僕が頷くと、代弁者さんが扉を開ける。

 中には四人の側仕えが椅子に腰かけていた。左右に二人ずつ。姿は代弁者と同じ格好をしている。みんな肌を一つ出していない。

 ふと右側の手前にいる側仕えが気になった。彼女の覇気とさっき壁の中にいた人の覇気が同じように感じるのだ。

 僕たちより先に到着している――ということは近道があるということだ。

 この館自体がカラクリだらけなのか。襲撃に対する警戒がすごいと思う。

「それでは聖女様をお呼びいたしますのでしばらくお待ちください」

 代弁者さんはそう言って側仕えの後ろを通り、正面の豪奢な椅子へ向かって進むと、左手に曲り脇袖のカーテンの中へ姿を消した。

 しばしの沈黙の中、気が抜けない。側仕えの覇気は好戦的、いや交戦的という表現があっているかもしれない。

 座っている姿勢はまっすぐなのに長い衣の裾からは、足のつま先が見えない。つまり、いつでも飛びかかれる体制を取っているのだろう。左手を前に、右の利き手を袖口に入れていることも気にかかる。

 用心のため、足元の線から半歩後ろへ位置を取り直した。

「聖女様が入室いたします」

 そう代弁者さんの声がすると、脇袖のカーテンから同じ格好をした二人が出てきた。見た目にはわからないけれど、感じる覇気からは先頭が代弁者さんのようだ。

 思っていた通り、後ろの女性が豪奢な椅子に腰かける。

 彼女のところまで十歩程度の距離だろうか? 飛び掛かれそうな距離なのだが四人の側仕えに阻まれるだろう。微妙な距離感は、襲撃者には如何ともしがたい、もどかしさがあると思う。更には、側仕えたちの覇気が強まったこと。ヴェールで顔は見えないけれど、威圧さえ感じる。それほど警戒するなら衝立の一つでも置けばいいのに、と思う。

 代弁者さんが聖女様へ耳を近づけ、聖女様からの言葉を述べ始める。

「本日は無理な頼み事にも関わらず、お越しくださり感謝しています」

 そういう割には、聖女様からも強い覇気が感じられる。感謝というより、囚われたような気分だ。

「聖女様からのお呼び出しですので、早い方がよいかと思いまして」

 これはリリーから教わった台詞だ。

――くれぐれも、もっとわかりやすく書いてください。なんてことは言わないように、と。

 貴族様たちは基本、あまり本音を口にしないものらしい。足元を掬われないために。なんとも面倒くさい、そう思う。

 代弁者さんは聖女様の次の言葉を聞こうと耳を近づけるが、なにやら様子がおかしい。

 揉めている? と捉えられるように言い合いをしているみたいに見える。

 しばらくして話がついたようで、代弁者さんが一つ咳払いをする。

「ギル。大変申し訳ないのですが、ここにいらっしゃるお方は聖女様なので……コホン、なんと言いますか、恐縮ですが跪いていただけますか?」

 え? 突っ立っている僕は代弁者さんと聖女様、そして側仕えたちを交互に見まわし、そして気づく。

 最近学園では黒のケープのお陰で貴族様たちが道を譲ってくれるし、こそこそとすることもなくなっていた。身分の高低差をさほど気にすることもなくなっていて、すっかり自分の立場を忘れていた。

 申し訳ございません。そう慌てて跪く。すると、周りに立ち籠っていた覇気が弱まった。

 もしかして皆さま、突っ立っていた僕に怒っていたのかな? 

 出会い頭に粗相をしてしまったことに冷や汗が流れてきたのだった。

誤字脱字ありましたら報告をお願いいたします。


わかりづらい箇所などもありましたらコメントから報告をお願いいたします。


感想や評価も随時受け付けています。


ここまで読み進めていただきありがとうございました。

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